第50話 王都決戦4

 はじめは、自分と息子は埒外と思って落ちついていた王太后は、自分も標的になっていることに気がついて、顔面蒼白になり、失禁すらしてしまった。

“何故じゃ?あのババアの周囲は、ガミュギュン様に忠義を誓った者達が大半になっていたはずじゃ。簒奪者の近臣にも、いたはずじゃ。何故、加勢せぬ?”

 一斉に隠し持った暗器などを取り出して襲いかかったが、アガレス達を守る者達にあっという間に押されていった。舞姫の筆頭格ベレタと女騎士シュトレアは、他の舞姫、元暗殺踊り子、アガレス達の護衛兵の支援を受けて、踊り子達を次々倒していった。大柄な男が、どういう魔法か、体をさらに大きくさせ、魔獣化して参戦したが、幾つもの武器を持った巨漢の戦士エリゴルが立ちはだかり、すぐに血を流して押さえ込まれた。

 王太后周辺のガミュギュン派というより、その尖兵達は大半がウァサガにより見抜かれ、王太后すら気がつかないうちに排除させられていた。さらに、彼女が配置した近衛兵達が、素早く駆けつけてきていた。完全に不利だった。が、

「やはり正義の士はおった!」

 近衛の女騎士二人が、いきなりアガレスとパエラに斬りかかった。それは、直ぐに防がれたが、隙ができた、チャンスができた。

「悪しき簒奪者の魂をこの世から消滅させる正義の鉄槌を今下さん!」

 パティアの詠唱が奏でられると、爆裂魔法が炸裂した。が、

「ぎゃあー!」

と叫んだのは、彼女の前に身を挺したウァレンファガだった。互いに相手を守ろうとするアガレスとパエラに弾かれてしまったのである。

「卑怯者!」

と叫びながら、パティアはウァレンファガを抱きとめて叫んだ。

「何をやっているのよ。早く、ガミュギュン様のところに…。あの悪魔、グシオンが来たことを伝えなさいよ。」

 苦しそうだったが、立ち上がり、彼女を守るように立ちはだかった。

「しかし、お前を置いては…。」

「あなただけなら、戻れるから言っているのよ!少しでも時間を稼ぐから、早く行ってよ!」

 必死な声に、パティアは、

「わ、分かった!」

としか言えなかった。後のことはよく覚えていない。気がつくと、退路に待機していた兵士に支えられて、ガミュギュンの前に立ち、涙を流す彼に抱きとめられていた。

「申し訳ありません。ここにも、入り込んでいたとは…油断でした。」

 泣き顔で頭を下げるウァサガに、

「何を言う、ウァサガ。君のおかげで、義母様や王太子が無事だったんだよ。」

「そうですよ。あなたなしではどうなったか。感謝してますよ。」

と急いで慰めたければならなかった。

「直ぐ、王都内の治安の確認を。」

「任せて下さい。お兄様!」

 ガミュギュンの大攻勢が再開されたのは、翌日からだった。

 ガミュギュンが確保した、ブエル自慢の大王砲をはじめとする火砲の援護の下に野戦陣地に迫る兵は、そこでやはり阻止された。城壁を狙った大砲弾は、城壁を度々損傷させたが、次弾が放たれる前に補修が終わっていた。そして、はるかに上回る数の銃砲に、さらに長距離狙撃銃に隊長クラスや攻城兵器の作業員が死傷、長射程重砲により後方陣地が度々破壊、物資が炎上した。

 さらに、出撃したグシオンの少数の歩騎部隊に各部隊が翻弄されるうちに、王都攻略の要の砦が陥落してしまった。

 ゼパル侯爵兄妹の軍が、自分の砦を奪回したのである。

「ガミュギュン様を守る新侯爵様を、我らが作った要害でお守りするのじゃ!」

と叫ぶ農民の指導者の下に集まった数百人に、

「侯爵様に続け!」

と叫ぶ農民隊が襲いかかっていた。それには、工商の民も郷士も含んでいたし、正規の騎士も含まれていたが。

 守る側にも、何故か正規の騎士やいないはずのエルフやオーガなどかいたのたがら、同じである。

「あ、あなた。わ、私は…。」

「この女に騙されただけなんだ。お、お前を愛しているんだ!」

「なんてことを…。騙されたのは、私で…。」

 引きずり出された男女は、ゼパル侯爵兄妹の前で、互いを罵り合い、慈悲を請うた。

「愚かな弟夫婦をも引き入れた挙げ句、殺してしまったお前らが…。慈悲は…かけたろう…かつて妻として抱いたお前だ…だが、妹まで殺そうとしたことは許せない。」

「?」

「兄上を殺そうとした男にかける同情心などはありません!」

「へ?」

 唖然として固まっている二人を見下ろした侯爵は、

「我が弟を暗殺し、我が領内で殺戮をした謀反人ガミュギュンの徒党は、即刻打ち首にせよ。」

 わめき立てる二人を、兵士達が引きずっていった。それを見ながら、侯爵は寄り添って彼の腕に絡めてくる妹の腕を、自分の体にさらに密着させた。妹は、そうした彼を嬉しそうに見上げた。

「農民達を…。人間愛というものがないのか!」

「私が一掃してやる!」

「待て。吾もゆく!」

「義の新侯爵夫妻と領民達の仇うちだ!」

 ゼパル侯爵の軍が、ガミュギュンの軍の後方を遮断すべく、彼らの間に、陣取る農民達の不落の陣地に襲いかかったのを聞いて、彼の愛妃達、ボティサ、パティアが叫び、彼が止めるのも聞かず、抑えの軍に加わって飛び出した。

「お前達まで失ったら、私は一人なるではないか?」

 しかし、次々に崩れかける自軍をまとめるため、八面六臂で命令し、駆けつけ、支えるので手一杯で彼女らを止められなかった。

 そして、彼がずっと後方でバイエンの野戦陣地、諸砦への攻撃が失敗し、その先頭で奮戦していたドアーフ達が全滅為たこと聞いたのは1時間前だった、その中にはサレオサもいたのだ、彼の愛妃の一人が。

 ガミュギュンの愛妃の一人、ドアーフのサレオサは、ドアーフ達を引き連れて、ガミュギュンの後方を守るため、バイエンの新たに築城した砦等を抑えるためと攻略の拠点としてのドアーフ得意の地下砦、陣地を築城し、ドアーフ自慢の魔法具などで守りを固め、攻城兵器を揃えて攻略を開始しようとした。そして、攻城の要はやはりドアーフ得意の地下戦術だった。普通の地下坑道などより深いところを掘り進むが、それは仮、囮、守る側の対抗策への防御のためのもので、更にその下に本当の攻略用の坑道を、周囲を堅固なドアーフ特産の擁壁を張り巡らせて掘り進めるものである。ドアーフならではの秘策と言えるものだった。

「ドアーフどもが来たな。吾は、ドアーフどもの下でこき使われたことがあるから、連中のことはよく知っている!」

と言って、対策をとっていた。

 ブエルは、一見ドアーフによる攻略は陽動戦術、囮で、本当の攻略戦はこちらだと思わせる攻勢をとらせていたが、バイエンには通じなかった。彼には、築城、掘削を進めるドアーフの動きを手に取るように把握し、ブエルの派遣していた偵察隊を殲滅してしまっていた。坑道は全て潰され、地下砦も短期間のうちに陥落してしまったのだ、バイエンの精鋭により。ブエルの援護のための大攻勢も、陣頭指揮をして奮闘していたサレオサを救うことができなかった。

 あらゆるところで八面六臂、東奔西走していたブエルが何とか、最後の退路を確保して、いざ撤退となりながら、ボティア、パティアの撤収をしようとしていたガミュギュンのもとにたどりついたのは、死体となった二人だった。泣き崩れながら、撤退を指揮するガミュギュンの軍に、グシオンの隊を中心にする追撃が始まった。

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