第47話 王都決戦

「アガレス様の施策のおかげです。」

 ウァサガは、アガレスとパエラを迎えた第一声をこの言葉で口にした。実際そう思っていた。“今さら、分かったわ。”と感じてもいた。あの日、彼の領地で見た新進気鋭の技術者の設備が成果を上げ始めていた。上から押しつけるのではなく、理解を得ながら進めていった。あれだけではない。多くのことが、そうだった。自治、コミューン、議会…彼のもとで進められた。遅々として、微温的としか思えなかったが、いつの間にか、ここまで進んでいたとあらためて思った。それに自分が参画したと思うと、彼女は誇らしく感じてならなかった。セレスコス、テュニスの両州、アガレスの軍の後方地となった広大な穀倉地帯。ブエルの工作は、執拗を極めた。それを阻止し、両州の安定、アガレスの軍をはじめとする前線への補給を円滑にしたのは、ウァサガの手腕が大きかった。

 アガレスは、両知事や軍幹部や両州文官達の功績を顕彰した上で、彼女の功績を賞した。そして、パエラと完全に彼の信頼できる幹部達だけの席で、彼女に礼を言った。

「私はたいしたことは…。」

と言うウァサガに、

「君の八面六臂の活躍ぶりは、皆が認めているところではないか?本当に感謝しているよ。」

とアガレスが言った。彼が、まずは功績を賞したことで気持よくした両知事達は、彼女の功績を熱心に口にした。

「どこかの軍師は、あなたのことを、魔女とでも呼んで悔しがっているわよ。」

はパエラだった。実際、“今回も”彼女は、彼の策をいくつも潰し、台無しにしていたし、思惑を外していた。いくつもの農民の決起が事前に阻止されたし、たちまち指導者達が孤立化して程なくして自滅した。

「あなたを見損ないました!人民のために戦うどころか、貴族に心を売るとは!」

と迫った女運動家が、ウァサガな元に何人もやって来た。

 ウァサガは、アガレスの王太子時代からの施策を論じ、ガミュギュンの体制が、彼の祖父時代まで逆戻りするものであること、彼の父の改革が好ましくないが止む得ない妥協であるとし、実際そうだった、それを是正したいと考えていること、そして、その彼に協力して、その功績で彼に妥協を迫る非を説明したのである。彼女らは、皆ウァサガに論破され、半分以上は彼女のシンパにすらなった。そうでない者は、ブエルの手の者が大部分だった。

「全く、男というものは…。」

「少し美人だと…。」

 女達の声が漏れた。

「しかし、両州の安定を第一にと、前線への物資補給量を決めたにもかかわらず、各地で略奪、侵攻、蜂起で失う、安定は揺らぎ、バイエン様方のご支援を受けざるを得ませんでした。」

 バイエンは、野戦陣地、城塞の指揮で奮闘しているかと思うと、少数ながらも兵を率いて、ブエラのおける各欄、略奪隊を蹴散らし、蜂起を殲滅するのに力があった。

「そのバイエンも、君の、両州での奮闘のおかげで戦えていると言っているのだよ。」

 アガレスは、穏やかな、調子で指摘した。

“この女は、アガレスの行く先を見ているのよね。あれ?自己犠牲ばかり?いや、王妃として、王妃の私に仕えた時?今が本来の彼女?私が、アガレスを最初から支えていない、敵対…棄てたせいで…。”

「ところで、夫殿は?」

 アガレスが、そんなことを言ったのは、彼女の報告が終わり、当面の方針が決まり、歓談に移り、酒を手にしていたり時だった。ウァサガは、内戦が始まる少し前に結婚していた。イケメンだが、実直、誠実、彼女にベタ惚れ、忠義一途なだけの伯爵家の令息だった、彼女の夫は。彼女を心配して、私兵=親衛隊を連れてやって来ていたのだ。

「陛下の王都帰還の先導として、先に行かせてますわ。」

 その顔は、信頼していると分かるものがでていた。アガレスとパエラが選んだ男である。推薦したのは、バイエンだったが。

「仲は良さそうね。ずいぶんきれいになったんじゃない?」

 実際、そう思ったパエラは、揶揄うように言った。ウァサガは、真っ赤になりながらも、

「パエラ様。濃い味をなどと言って陛下におねだりせずに、そういうことは、身体を洗ってからにして下さいませ。」

 いかにも呆れているという顔をして、ウァサガは反撃した。今度はパエラが真っ赤な顔になって、

「どういうこと?!」

「皆が言ってますわ。将兵の声を色々と聞くのも私の役目ですから。」

「この~。魔女め~。」

 にらみ合うが、じゃれ合いのような感じの二人のやりとりに、周囲の目は笑っていた。

「いや、できるだけ早く王都には戻らねば。」

 アガレスが割って入ろうとすると、ウァサガが厳しい表情になって、

「陛下。身体が汚れたままでは、皮膚病になりかねません。それに、これから陛下と共に王都に強行軍する将兵が、陛下が風呂も入らないのでは我々も、となります。彼らから、ささやかに休息も奪っては酷いのてわはありませんか?」

 その指摘に、アガレスは逆らえなかった。

「お二人だけでですか?」

 侍女達が不満顔、心配顔、揶揄い顔で言った。

「あなた方も、早く身体を洗って寝なさい。陛下は私が洗うし、私は陛下に洗ってもらいますから。」

「はあ。」

「なに?その目は。」

「いえ…。」

 侍女達を下がらせてからパエラは、アガレスに向かって、

「全くあんなことを、誰が言いふらしたのでしょうね?大体、陛下がいけないのですよ、あんなことを言って無理矢理…。」

 アガレスは、面白そうに、同時に不満そうな表情を見せて、

「どちらかというと、君が言ったと思うのだが。」

「あ、あれは…。」

 あれは野戦陣地での持久戦の最中、着替えすらままならず、身体も、服も臭っているのを気にしたパエラが心配顔で尋ねてきたのである。アガレスが抱きしめて、自分にとっては臭くなんかないよ、と言ったのに対して、下半身は…などとパエラが言い、さらにアガレスが応えるうちに、

「本当に抱けるのですか、こんな私を?」

「もちろんだよ。」

などと言っているうちに、自分達自身の言葉に刺激されて欲情し、唇を重ねて、そこからは止められなくなってしまったのだ。

 快感の余韻を楽しみながら、

「お味はどうでした?」

 荒い息の中で尋ねると、

「濃い味付けもいいもんだよ。」

とアガレスが答え、

「馬鹿!陛下の変態!」

「それなら、同じように臭い私に抱かれて、ぐったりしている君は?」

「わ、私は…、私も変態ですわ。」

となってしまったのである。天幕の中で声を殺したつもりでも、あっという間に全部隊に広まったのだった。

「でも、やはり臭い私では…。」

「だから、濃い味付けも…。」

と言い合っているうちに、たまらなくなり…、それから風呂で身体を洗って、寝所で…、となってしまったのである。

「もちろん、私も昨晩は身体を洗いましたわ。臭い身体で、お二人の後に従っては、陛下と妃殿下の権威に…。で?」

 王都に向かう馬車の中で、同席したウァサガは、パエラに向かって匂いを嗅ぐ仕草をした。

「な、なにを?」

「相変わらず、お仲がよろしいようで何よりですわ。」

「あなたねえ!」

 そこまで言って、パエラは噴き出した。ウァサガもそれに合わせるように噴き出した。それを和やかに見ていたアガレスの表情が変わった。

「それで?」

「はい。」

 ウァサガの顔も、真面目なそれに変わった。アガレスが王都に戻らなければならない事情の説明を始めた。

“ガミュギュンは、王都に迫る。王都で決戦になるのよね。”パエラは、そう考えながら、ウァサガの説明を聞いていた。


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