第43話 続出する裏切り

「ガミュギュン大公が、アガレス様を裏切った者を、何時までも許しているとお思いですか?」

 居並ぶ将兵を前にして、落ち着いた口調ながら、しっかりと通るような声で言った。かなりの者が、気づかれないように表情を曇らせた。あくまで、半ばの者はつもりであって、周囲からは気取られるものだった。そして、パエラは視線をある老将軍に向けた。

「あなたの副官。その金髪の、見事な金髪の、染めていますが、女性士官ですよ。ガミュギュン大公殿の部下ですが、ご存じでしたか?」

 ごく自然な調子だったので、誰もが、“そうなのか”と言う程度の反応だった。当の女ですらそうだった。彼女が、ようやく、長い時間ではなかったが、我に帰った時には数人の将兵に取り囲まれていた。抵抗する間もなく拘束された。それでも、

「間違いです!このような疑心暗鬼をするようでは、もうお終いです!戦う前から、自ら敗れたのがおわかりになりませんか?」

と落ち着いて反論した。彼女は、最後まで使命を果たそうとしたのだ。

“私、知ってるのよ。記憶がいいの、あなたの顔、覚えているんだから。”パエラは心の中で舌を出していた。少し前から気がついていた。もちろんアガレス達に告げていた。彼女を調べることで芋づる式に、ガミュギュンの手の者を特定することが出来た。見る間に次々と連行されていった。

「罪は問わん。身の潔白、国に対する忠誠心を、戦いの場で証明してくれることを信じている。」

 アガレスは、厳かに宣言した。

 彼は、自ら軍を率いてガミュギュンの本隊と決戦するため出陣しようとしていたのだ。

 ガミュギュン大公領付近の各城塞、都市は瞬く間に彼の軍門に降った。その半ばは戦うことなく、自ら開城したのである。援軍に駆けつけた5万人の軍も、そのような状況を見て、さらに離反者が続出する状況で、政府の備蓄倉庫を開放、略奪にまかせて利用させないようにするのが精一杯という状態で撤退した。その指揮官は、死罪という多数の意見を排したアガレスによって命を救われた。

 が、アッピア、アッカド両州は瞬く間にガミュギュンの軍に席巻された。増援の軍も、両州の諸城が次々と自ら開城してはどうしようもなかったかもしれない。いや、幾つかの城、砦や都市は抵抗した。また、ガミュギュンの軍門に降るのをよしとしない将兵が合流しようとしていた。後詰めをして支援し、合流・吸収すれば何とかなったかもしれない。だが、増援の軍の中からも離反者が出て、動揺し、それどころではなくなっていた。精鋭揃いのガミュギュンの軍の猛攻の前に、あくまで抵抗した諸城も一カ月の内に全てが陥落した。その勢いで、彼の軍はバビロニア、アッシリア州に侵攻した。ここを制圧すれば、王都までの道の半ば以上を占領したことになる。穀倉地帯でもある両州を得ることは、今後の侵攻のための補給地としても重要な意味があった。だから、魔族の軍すら加えて、総力を上げての侵攻となった。十分な離反策も、当然講じていた。自信はあった、彼と彼の軍の幹部達は。実際、当初は順調だった。長くて、3カ月で制圧出来そうに思えた。それが、ある時点で一変した。

 バビロニア州に進んでいた別働隊5万人の軍の前に、野戦陣地が出現していた。単なる野戦陣地ではなかった。規模がまず巨大で、堀、土壁、櫓、塹壕、柵などが幾重にも作られ、さらにいくつもの障害が据え付けられたものだった。

 それを見て、ガミュギュンの軍の将は慌てなかった。ブエラから授かっていた指示通りに、急造の砦などがたちはだかる可能性を予測した破壊鎚、亀甲車、架橋車、投石機、天雷砲(大砲)等の攻城兵器を惜しみなく投入した。連弩、銃砲、魔道士の諸隊に援護されたドアーフの盾を先頭にする歩兵槍隊、装甲騎兵、聖剣、聖鎧を着た聖騎士隊、更に魔族の精鋭が突撃していった。

 しかし、大抵は一度重目で食い止められ、運良くそれを突破した隊は、更に深く突破した隊も運が良ければ押し返され、運が悪ければ包囲され全滅してしまった。天雷砲等の砲弾、岩、矢、火球等も陣地を破壊するまでには至らなかった。いや、陣地は壊せたが、その修復が破壊を上回るほどだった。

 アッシリア州では、南部の諸城が抵抗した。しかも、今までとは比較にならないほど堅固になっていた。

 離反者も出てこなかった。しかも、アッシリア州には撤退して来た軍、敗残兵達も多数いて、それが戦力になっていた。知事が陣頭指揮をとり戦意も高かった。しかも、知事の一族には、元軍人も多く、老体に鞭打ちどころか、矍鑠ぶりを見せようとばかりに戦線復帰、義勇軍まで編成し、各地でゲリラ戦、遊撃戦を交え、さらには、同州北部の諸城、都市を奪還するほどだった。

 バビロニア州の野戦陣地を短期間で構築し、指揮を取っているのはバイエンである。アッシリア州南部の諸城を、やはり短期間で強化したのも、ガミュギュン側の工作を無に帰したのもバイエンである。

 更に彼は、より多数の銃砲も携えてきていた。かなり前に完成し、量産化の準備を密かに始め、ガミュギュンとの対立がどうしようもなくなってから開始した、銃砲の量産化が間に合って、南北にバイエンとグシオンにあるだけ与えられたのである。エルフですら、銃砲を使った、かなり説得に時間がかかったが。凝った造りの天下砲とも遜色ない威力を持ちながらも、数が圧倒的だった。また、合わせ弓である大弓は、石弓を速射性ではるかに上回るほどだった。

 それらが重なり、また、バイエンの指揮、作戦によりガミュギュンの軍は足止めを食ったのだった。

 とはいえ、国軍は遅れをとったのは明らかだった。しかも、グシオン率いる軍を、投入出来なかったのである。

 彼は、南部戦線に投入されていた。それも、裏切り、裏切りの連続のためだった。アガレスが、この時点まで王都に留まらざるを得なかったのも、そのためだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る