第41話 静かに対立は深まってゆく
「私の君に対する信頼は、全く微動だにしないのだが。」
アガレスは、彼の前に直立不動で立つ宰相に語りかけた。
「議会の支持を失った以上、宰相の座を去るべきだと考えておりますし、そのように主張してきました。」
彼は、己の辞任の考えを変えようとしなかった。彼は、緩やかな改革をアガレスの下で行ってきた。議会の選挙権の拡大、地方議会の拡大、身分制社会、富の偏在の解消など国政全般にわたる改革を少しづつ進めてきたのだ。
そんな彼に、守旧派と革新が、立場を変えて反発してくるようになった。そして、彼に汚職疑惑が発生した。議会でそれが取り上げられ、紛糾し、彼への不信任が可決されてしまったのである。汚職疑惑と言っても、この程度の金品授受はよくあることで、問題にしたら、議員の大半、官僚の半ばが姿を消さなければならないのだから、冤罪に近い。議会を解散して、という手段はあるが、彼はそれは取らないと固く決めていた。
「分かった。」
とアガレスは言わざるを得なかった。
「私の君に対する信頼は、変わりないものだということは、忘れないでほしい。」
と言い添えたが。彼は、感謝の言葉を残し、退出した。
この日、議会での信任を失った首相は辞任するという慣習が生まれ、後に制度化する基礎になった、歴史的な出来事があったと、後に歴史で語られるのだが、当事者達が知るよしもなかった。
ただ、彼憎しでの結果であり、この後に出来た内閣の政策は余り変化はなかった。そのままアガレスの政策を進める方向は変わらなかった。ただ、各地でその政策の推進に反対、抵抗が強まった。
また、勇者イボスの仲介で魔族の一部族が、そこの魔王(女)アウマ共々、和平と庇護を求めてやってきた。というよりは、他の魔族の圧力におされて逃げてきたというのが近い。これには、反対の声があがった。中には、これをチャンスにして、この魔王とその部族を抹殺すべきだ、いい機会だ、まで出てきた。
ところで、宰相の解任劇も、この女魔王の件も、実は扇動、操っている者がいたのである。それは、もちろんガミュギュン達である。
そして、ついにガミュギュンの領地への支援金の削減交渉に入ったのである。もちろん大幅でない。彼は激怒はしなかったが、反対した。いや、かえって増額を要求した。その交渉が持たれたが、なんと削減対象ではない、他の3大公もガミュギュン大公の支援金削減に反対のため、上京し、ガミュギュンの側に立って交渉に参加しようとした。もちろん、当人達ではなく、彼らの部下達だったが。
一方、国王の愛妃バルバドサからは、彼女の関係者の便宜要求があり、それらは全て断ったため、関係が悪化していた。末端で要請して断られた件で、彼に抗議、不満を言って、現場に口添えすることも要請されたが、もちろん断っただけでなく、現場を激励しさえした。やむを得ないことだったが、彼女との関係は悪化した。彼としては、彼女の周辺、彼女の息子に対することについては、必要以上に配慮していた積もりだったのだが。それでもだめだったのである。
「あなたは、単に代行、中継ぎの王太子、国王に過ぎないことを忘れたのではないでしょうね?」
とまで言い出すほどになっていた。そして、彼女はガミュギュンに密かに接近し始めたのである。ガミュギュンの側から、多分、その情報が流れてきた。それはかなり過激な内容だった。もちろん故意に漏らし、かなり脚色してである。対立を深めさせるためである。
「アガレス様。義母様と、ベッドの上で、どんなことをなさっているのですか?私にはしてくれないことをなさっているのではないでしょうね?」
揶揄うように、意地の悪い笑みを浮かべながら、パエラは報告書を読みながら、アガレスに言った。
「全く、僕は君を愛するのに、全力投入なんだけどね。それで、君は何時大公殿に泣きついたのかね?」
頭をかきながらも、多少の反撃に転じた。
「しかし、面白みのない内容ですな。いっそのこと、アガレス様は、パエラ様と義母様を、同時にベッドで並べて、味比べしているとか…という話を流しましょうか?」
「おいおい。」
「いい加減にしてちょうだい!」
「バイエン殿。冗談が過ぎますよ。」
アガレス、パエラ、ウァサガが呆れて、たしなめるのに対して、バイエンは全く動じることなく、大笑いした。
アガレスと義母との不倫の噂、パエラがガミュギュンに泣いて相談したという噂が流されていたのだ。この醜聞から政治的な話まで、色々な噂が流されているが、常にガミュギュンが中立的、良識的、庶民的であり、かつ高貴な態度をとっている姿で入ってくる。
「希代の謀略家だが、そちらの方が、いまいちだな。」
「まあ、あのような女を妻にしている男ですから。男女の色恋には、いまいちかと。その点で、私の包含一歩上回っておりますな。」
最後は、この男にしては珍しく、その点だけで、と悔しそうな、情けないというような表情となっていた。
「かき消すことのできる、愉快な話を作りますから、ご安心下さい。」
直ぐに、彼本来の表情に戻っていた。
「はい、はい。せいぜいアガレス様の助平ぶりを天下に知らしめてやりなさいな。」
「それなら、パエラ様の淫乱ぶりをだな。」
「それはいけません、許しませんよ。」
「ひどいな。」
二人のやりとりに、バイエンはまた大笑いをし、ウァサガは苦笑した。
「しかしだ。」
真顔に戻ったアガレスは、
「一連の噂のせいかは分からないが、影響は出ているぞ。」
「皆。様子見をしたいのでしょう。」
「天秤に、かけているわけか?」
「全く、国家に属する行政官までが…、嘆かわしいことですわ。」
アガレスとバイエン、ウァサガのやりとりに、パエラは既視感を感じた。彼の政策あるいは調停に、都市、地方の行政官までが、対立する勢力、階級の説得に努力するどころか、抵抗、反対、サボタージュをしているのである。あの時、アガレスは絶望に近い状態だった。しかし、今はそのような表情はなかった。
「直接働きかけているという面もありますな。だからといって、彼らが全て敵方というわけでないです。」
「なおさら面倒だな。」
その顔は、それに向かいあっているかのように見えたので、パエラは少し安心した。
“この人は、もう戦いを始めているんだ。”あの時、彼は動いていなかった。それが、今は既に動いている。その分勝ち目が、あがっているのだ。だが、それでも…。
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