第40話 引けません
「お願いします!国王陛下に取り次いで!夫に叛意はありません。ひたすら領地で静かに過ごすことしか考えていません!」
“なんで私が、こんな卑しい身分の女達に。”と屈辱に心が死にかけているものの4人の女達の足下に土下座し、その靴すら舐めんばかりに懇願を、パエラは続けた。
「哀れな姿ね。」
「今さら、陛下に懇願か?」
「陛下を裏切っておいて?」
「反逆者の妻の出る幕ではないわ!」
魔族や亜人の血の濃いガミュギュンの4人の妻達は、冷たい、そして、侮蔑に満ちた視線を向けていた。
それでもなお懇願するパエラに、彼女らは足蹴りを加えて立ち去っていった。
「奥様に何を!」
ウァサガの怒りを込めた、抗議の声を背に感じながら、パエラには涙を流すしかなかった。数日後、アガレスの首を前にして、
「私に天国の門への道の先導をさせていただくことをお許し下さい。」
と言って、ウァサガが差し出した毒杯をパエラは飲んだ。
「大丈夫かい、パエラ?」
「え、ええ。大丈夫ですわ、ちょっとめまいがしただけで…、もう大丈夫ですわ。」
そう言うパエラの脳裏には、4人の侮蔑に満ちた表情があった。“隠棲という道はないのよね。引けないのよね。アガレスは、最初から覚悟していたのね。”禅譲し、小さな領地を与えられた時みせた、その地で時々見せた表情は確実な未来を予想し、覚悟と苦しみに満ちたものであり、叛意を問う使者が来たとき見せた表情は、来るべきものが来たか、という諦めと苦しみだったとパエラは、今さらながら思った。
あの時は、“私が受け入れようと言ったのよね。とても勝てない、勝てそうもないからと。あの時は何もなかった。”彼が王太子の位を剥奪されて、辺境に押し込められた時、呆然としていただけ。ガミュギュンとの婚約が進むのを黙ってみていた。結局、それを破棄したがそれだけのこと。その前も、その後も何もしなかった。復帰したアガレスと結ばれたものの、何もしなかった。彼も何もしなかった?いや、もがいていた。“私は積極的に協力しなかった。ガミュギュンが、怖かったのよね。ウァサガも。”彼女は、大規模な内乱になることを恐れていた。迷っていたが、内乱が、起きない方を提案した。それに乗って、アガレスを説得した。ウァサガも、パエラも彼が、約束を守る、慈悲があると信じていたし、叛意などないことも、反乱などお小遣い力がないことを知りすぎるくらい知っていた。だから、かえって、彼が王位を禅譲し、小領主として余生を送れると信じたのだ。アガレスは?信じていなかった。ウァサガの主張に同意せざるを得ななかったからだし、パエラは死なせずにすむ、自分だけの死で国、多くの国民が救われると考えたのだ。だから、彼もその時点で全てを諦めて、あがくのをやめた。今は、違うのだ。
「懸命なあなたは、分かっておられるはずだ。このままいけば、国は割れ、大乱、内乱となる。そうなれば、多くの人々が死に、国土は荒れ果てる。あなたは、それを望まれないはずだ。あなたは、彼に恩がある。だからといって、そのような匹夫の義を、国の、世界の、人民の大義に優先すべきでないと分かっているはずだ。それに、ガミュギュン様の才、器、理念、愛の精神を誰よりも分かっているはずだ。そのあなたが取るべき道は自ずから、一つしかないのですよ。」
ウァサガは、必死に感情を押し殺して、外に出ないようにしていたが、苦痛に歪む気持ち、理性が表情に漏れ出すのを完全に隠せなかった。
“堕とせましたね。”
ブエルは、心の中で勝利を確信してほくそ笑んでいた。
ウァサガがブエルと向かい合って座ることになっているのは、ブエルがガミュギュンの代理として来訪した時、アガレスもパエラも不在だったためであった。要件は、最近頻繁に起きている自然災害に、対してガミュギュンが私財を投げ出して、被害を受けた民を救うことに、王太子への了解を取りにというつもりではなく、行うことを事前に通知に来たのである。ガミュギュンの領地そのものがおびただし援助を国から得ているのだから、他人の手柄を我がことにしているとは思ったが、彼の言葉をありがたく拝聴していたのである。それがいつの間にか…。
彼の言葉は、彼女の心の思いをかき乱すのには十分だった。“多くの人が死ぬのを、個人の思いだけで許容してよいのか?”それでも、彼女は、
「私は、同じことを大公様に、あなたに返したいのですが。」
「陛下は、聖人です。全く異なります。あなたに分からないはずがないと思いますが?」
「聖人であれば、今の立場でも問題ないはずでは?アガレス様は、心優しい方ですから、大公様が手を差し伸べ、協力されるのを拒まれる方ではありません。大公様を亡き者にしようなどありません。もし、大公様が手を差し伸べるなら、私は全力を挙げて、大公様を信じるようにアガレス様に説きましょう。」
彼は、いかにも失望したという顔を見せた。
「あなたは、匹夫の義を貫くおつもりなのですか?」
「あなたも同じように見えるのですが、私には。」
“そうだ。何を、この男が言っても、単なるガミュギュンへの忠義でしかないのだ。私と同じ…いえ、私と違って悩むことがない…。”そうした反発心で、彼の誘惑を押し返していた。
彼は首を振りながら、立ち上がった。
「あなたが気がつかれことを、信じていますよ。」
穏やかな表情でそう言うと、挨拶をして立ち去っていった。“落ちなかったか。さすがに、魔女だ。だか、迷いは大きくなった。これからが楽しみだ。”
「…というのが一部始終でした。」
ウァサガは、帰ってきたアガレスとパエラに報告した。
「そうか。ご苦労だったね。」
パエラは二人の顔を交互に、窺うように見た。
「何か、顔についているものがあるかね?」
“もっと言い方があるだろう。”アガレスは、自分の言葉に怒った、
パエラは、少し睨みつけるようにして、叱るように、
「大公が、辺境で穏やかに過ごすことを許すことは、絶対にあり得ませんからね。」
断固としたものが感じられたので、二人はドキッとした。
「それでも…、どうであろうと私は、アガレス様から離れませんからね。」
“毒杯を飲みたくないわ…でも。”
「パエラ…。」
「パエラ様。」
“私のことをそこまで…。分かったよ、罪を…私は勝つために、何があろうとも進むよ。”“お二人のために…。アガレス様の進めている世界のために、犠牲が…。で、でも…でも、やりますわ、もう迷いません!”
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