第39話 負けられませんわ
“ふん。身の程を知りなさい!”パエラは、王室楽長と新進の音楽家の論争の仲介に入りながら、チラっと見ながら心の中で吐き捨てるように悪態をついた。彼女の視線の先では、二人の女が話しの中心から外れて苛立っている姿があった。一人は小柄で、金髪が目立つだけの、どちらかというと、お世辞でも美人ではないとしか言えない女、ガミュギュンの軍師、ブエルの妻だった。聡明さで、ブエルが妻として選んだ女として有名だった。もう一人は、やはり小柄だが、見事な金髪の、はつらつさが、その体から輝きを放つような、まだ少女の面影が残るが、若い美しい女で、ガミュギュンの王都で最近持った愛人である。その外見にかかわらずなかなか機知に富んだ、賢い女だった。
ガミュギュンは、王都でのサロンなどでの影響力を得るためというわけではないが、伯爵家の令嬢であるウァレンフォアを王都での愛人としていた。彼女の母親のサロンを引き継ぐ形で、サロンを主催としたが、若いのにかかわらず、なかなか評判よくやっていた。彼女を助けるためブエルの妻が度々顔を出していた。“あの時は、ブエルの妻は出てこなかったし、ウァレンフォアなどいなかったわね。”パエラが担当していたのだから、ブエルの妻が出てくる必要はなかったし、ウァレンフォアは必要なかった。“でも、手をつけていたかも?”
二人の聡明さ、とか美しさと機知などウァサガとバイエン、そしてグシオンの前では影が薄かった。“来ると分かったから、3人をそろえていたのよ。それに妹も読んでいおいたのよ。どう!美人像姉妹でしょう?でも、少し肩透かしだったかしら。”負けられませんわね、と意気込んでいたウァサガが、失望した顔をしているのを見ながら、パエラは思った。ブエルが、魔女と罵ったウァサガに、ブエルを助ける程度の聡明さなど敵ではなかったのだ。まして、至るところで経験を積んで、しかも熟練してさえいたバイエンが脇にいては、しかも面白おかしく笑わせて、それでいて関心をもたす彼の全身全霊の表現を前にしては、彼女などは単なる浅知恵女でしかない、とパエラは思った。ウァサガとグシオンとパエラの妹の魅力の前には、ウァレンフォアのそれは、あえなくかき消されてしまっていた。“あら、救世主様達がおいでね。”ガミュギュンとブエルが、突然現れた。パエラは背中からのどよめきに、それを察した。
「これは大公。妻のサロンに来ていただけるとは光栄なことです。」
アガレスが、待ち構えていたように、いつの間にかガミュギュンの前に現れた。“う~ん。アガレス様だと貫禄負けかな?え、違うのよ。決して負けていると言うのではなく、アガレス様の魅力は、私じゃないと分からないというか、その~。なに私は、一人で焦ってるのよ?”“まあ、アガレス様だけでも、ガミュギュンとブエルの輝きが少しは押さえられているわ。それに、あの二人がいるし…。”アガレスは、後ろに二人の男を連れていた。一人は、小柄で、美少年というほどではないが、凛々しい、涼やかで知的な感じの童顔の男だった。バイエンの義兄弟である。関心が軍事だけの男だが、その顔とその涼やかな口調。彼とバイエンが並べば、ブエルの輝きもかなり鈍る。もう一人は、やや無骨だが、整った、優しげな顔の逞しい戦士だった。認定された勇者の一人で、名はイボス、派手な話題はないが、実直な勇者だった。彼とグシオンが並べば、ガミュギュンのオーラも薄くなる。
一見談笑で盛り上がっているように見えたが、ガミュギュンもブエルも唇を噛む思いだった。
その勇者は、西方で戦っていて、王都には、本当に久しぶりにやって来たのである。そのこともあって、西方のことが話題になった。彼は、弁舌が上手い方ではなかったが、穏やかな調子で、丁寧に、豊富な知識を感じさせる話し方をした。彼に話しを促すバイエンも、時々話すグシオンも西方にもいたらしいことが感じられた。アガレスは、西方に視察や出兵もしたことがあり、彼にしきりに質問し、それがさらに話しに花を咲かせた。
彼らの協力ぶりに、ブエルの目的は完全に失敗したようだった。“私の代わりなんか、この二人にはで、き、な、いのよ!分かった?”パエラは、心の中で勝利宣言していた。
サロンは、豪華な食事や酒の持てなしですむものではない。品の良さ、お洒落で知的な会話、一流の文化人が招かれている、その話しが聞ける、情報交換、優れた才能の持ち主が紹介される、それが十分満たされなければならない。“私がいなくなったから、あなたには、この分野では勝てないのよ。”
その代わりガミュギュンは、何かを理由にして、おおきな宴会を度々開いていた。アガレスとパエラも招かれたこともあるし、情報を収拾もしていたが、“少ないわね。”実際は、かなりの人数が集まっている。あくまでも、彼女が知っている、別の彼主宰の宴会である。彼は、この場を自分の勢力拡大に利用している。成果はあがっているはずである。ある意味では、パエラのサロンやアガレスが主宰する集まりは小規模で効率は悪い。だが、確実にシンパができ、人材を得ている。あの時は、彼らはいなかったのだ。ガミュギュンには、あの時はいた者達が、今はいないのだ。その一人を、目の前にしながらパエラは思案していた。彼女は、ガミュギュンの軍の士官の一人だった、かなり有能で、おおきな戦果をあげていたはずだ。その彼女がアガレスとパエラの信奉者になっている。
“彼女も、彼も…、ガミュギュンのところから引き抜いているわ。”そう思うと、少しは安心できた。アガレスとの二人三脚。本当のところ、彼がこれほどやってくれるとは期待してはいなかった。あの時も、ウァサガを使えば…と今思うと、そうしなかったことが不思議に見えた。あの時も、一人でも、自分やウァサガがいなくてもなにがしかできたはずだ。やっていれば、少しは事態が好転していたかもしれない。
「アガレス様は、パエラ様と争いたくないと言って…。」
ウァサガの、あの時の言葉を思い出していた。
「有難う、私のために。パエラ。」
ベッドの上で、アガレスはパエラを抱きしめて、しみじみと口にした。
「違いますわよ!私達のためですわよ。」
そう言って、彼の顔を見下ろして、唇を重ねた。
“そうだ。私のためにつくしてくれるパエラのために、私が弱気になってはだめだ。”“もうだめなのよね。負けられないのよ!”唇を重ね、舌を絡ませると、さらに抱きしめ合う力を強めて、激しく動き出す二人だった。
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