第38話 凱旋

「久しいなアガレス。」

 現国王は、しばらく言葉を切り、パエラをじっと見た。

「よくアガレスを支えてくれた。ダビ公爵家令嬢パエラ。」

 玉座の下で跪き、頭を下げている二人にかけた現国王の声は、温かみを、感じさせるものだった。

「いや、アガレスの妻であったな。立派な王太子妃だ、アガレスにはもったいないくらいだ。」

 上機嫌に見えた。愛妃バルバドサとその子可愛さ余って、実の息子夫婦にした仕打ちへの良心の呵責から解放されたことが大きいのだろう。

 アガレスの王太子への復帰、パエラを王太子妃として正式に決定することが言い渡された。付け加えるようにというか割って入るように、バルバドサ妃の懇願があったからだ、感謝するようにと、父王は言った。アガレスは、素直に、馬鹿がつくくらいに、それに従って、その義母に頭を深々と下げた。パエラも、それに従った。“分かっていて、これができるんだから、まんざら善人だけではないのよね。”

 国王の隣の席に、もう直ぐ3歳になる第三王子を抱いた父王の愛妃バルバドサは、だんだん苛立ちを隠せないようになっていた。それを見た国王は、いかにも言い辛そうに、

「アガレス。あくまでも、王太子への復帰は、アモンがまだ幼いことでのことであり…。」

 言葉が出なくなった。バルバドサの苛立ちはさらに激しくなった。“とりあえず、安心させるしかないか。”

「成人に達した時、弟、アモン様に王太子の位を譲るまでの間、王太子の務めを果たし、弟、アモン様をお守り致します。」

 厳かな口調で言った。バルバドサの表情は、一応満足したという感じだった。国王は、ホッとするのが誰にでも分かった。“あの時のアガレスの王太子復帰は如何だったかしら?特にこのあたりは?ええと…。”バルバドサはもっと切羽詰まっていたし、アガレスの方はというと、ほとんど無力だった。

 この後、復帰を祝う宴が設けられた。パエラの母は涙をぼろぼろと流し、彼女を抱きしめた。ガミュギュンにも正式に挨拶を交わした。

「君たちが、王都に復帰できて嬉しいよ。君たちの復帰のために尽力した甲斐があるというものだよ。」

 だから、いかにも嬉しいよ、という顔だった。パエラは、“あの時は、彼の横で、無表情を装おうのでやっとだったわ。この人の、こういったところを感心したものよね。”と思い出していた。あの時は、既にアガレスを打倒することを決めていた。パエラは、一日も早くと催促していたほどだった。“アガレスが謹慎させられた地を離れた時、領民は祭りをして歓び、彼を似せた人形に石をぶつけ、火で燃やしたと聞いていたわね。ああ、そう言ってきた、貴族もいたのよね、その領地の。”今回も、実はいたのである。半ば、その行為も扇動の賜物だったが、反対派がいないことはないのだ。そして、今回もそのような噂が、王都に流れていた。それを打ち消す噂をバイエンが流していたが。アガレスが苦笑し、パエラが真っ赤になって恥ずかしがりながらも諦め顔になり、ウァサガ呆れて、たしなめるものだったが。

 アガレスは、旧宅に戻ると、新しい生活の準備もそこそこに、来る戦いの準備を始めた。もちろん露骨に武装化とか兵を集めると言うのではないが、それを前提とした指示をバイエンやグシオン、ウァサガが出したのだ。彼らだけでではない。アガレスの元に集ってきている文官武官達の中で信頼できる者達にもだった。ただし、彼らにはオブラートに包んだ指示だったが。彼の異母弟妹達も駆けつけてきたが、彼らに対してはなだめることから始めなければならなかった。兵を集めている、ことを起こそうとしているなどという嫌疑を受けてはならない。味方を増やすこと、グシオンやバイエンを国軍の中で地位を得させるなど、アガレスの手駒を要所に配することである。バイエンは政財界にも、地位を与えることを目論んでいた。彼の領地を、彼の親衛隊とするためにしっかり管理することを素早く手配していた。パエラもまた、侍女や執事、使用人などに色々と命じながら、彼女のサロンを開き、他のサロンに出向いた。もちろん、影響力を広げるためである。

“アガレスは準備していたかしら、あの時は?”戻るそうそう、反乱を目論んでいる、とガミュギュンの軍師は彼女にも言ったが、“かなりたってから、謀反の準備を始めたと言ったわよね、また。”アガレスと共に起った時に、彼の回想を聞いたが、この時点では王太子としての任を果たすことを考えるだけで精一杯だったというものだった。この時点からでも精力的に動いていれば、と彼が悔やんでいるのを彼女は聞いた。しかし、それはできない相談だった。彼女を敵に回すことになったからである、その時点では彼女はガミュギュンの妻だったからだ。その上、彼の周囲に人材がいなかった。ウァサガも皆、パエラが取り上げていたからだ。それが、今は違うのだ。

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