第35話 パエラが見るもの
「パエラ様が悩んでおられるのは、きっと、内乱が起き、民衆が死ぬことを悩んでおられるのですね。」
ウアサガだった。“このままでは、勝つ可能性が低いのも見えている。だから、自分が犠牲になればと…。”それでも、彼女の彼への甘えぶりを見せつけられているウァサガは、パエラが、締めつけられるような思いで、それを口にしていると思えてならなかった。
「兄上様は優しすぎるな。」
グシオンは、ポツリと言った。彼は、戦闘狂ではないし、自信過剰で現実が見えない男ではなかった。ただ、戦うなら戦う、それだけで割りきっているのだ。
「まあ、北辺大公は魔族まで取り込んでいますからな。」
「え!そんなことを!」
バイエンの言葉に、驚きながらも、ウァサガは、あり得ることね、と思ったし、一概に非難出来ないと思った。魔族とも、周辺の異国や異民族と同様に恒久的和平を締結できれば、それに越したことはないのだ。しかし、
「どうしてあなたが、そのことを?」
「それは、私も見たよ。」
グシオンが割って入った。“二人とも、ガミュギュンの下、末端にいたことがあったわね、たしか。”
「魔族との和平交渉は、記録にないと思うけど…、やはり、自分の戦力として取り込む目的?」
「末端で、連絡役の手伝いをさせられただけですからね。馬の世話とか、荷物運びとか。詳しいことは分かりませんが。」
「私も、魔族との小競り合い程度の戦いで、その使者の護衛をした。」
その二人の結論は、
「ウァサガ殿の考えている通りでは?」
だった。“あれ?何か…?勇者がいたわ。魔族と交渉…勇者は?まさか…?”考え込むウァサガに、
「勇者のための料理作りをしましたよ。」
「一人。そいつのパーティーもいたが、一時、そこにいたよ。奴は、ガミュギュンのところに行ったよ。」
魔王を倒すために、或いは魔獣退治にと戦いの旅をしている勇者、複数認定されているが、は魔族との交渉では邪魔になりかねないが、取り込めば仲介になる。“それだけではないわね。”
「大きな戦力となる。まあ、何とかするさ、兄上のためなら、わたしが。」
ウァサガの考えを見抜いたように、グシオンが自信満々に言った。
“国のため?アガレス様が、パエラ様が…私達がお二人のために戦うことは…。恩義、忠誠…。お二人の思いのために国を乱すなど…。”
彼女は、感情を押し殺しながら考えた。アガレスに、いつも毅然としているパエラが甘えている姿、そのパエラを愛おしそうに見るアガレス。その姿を思い浮かべるだけで、二人のために全てを捧げてもいいと思うものの、国、国民のためという言葉に押し潰されそうになる。国のため、国民のためという言葉の方が、彼女にとっては重かった。
「兄上には兄上の理念がある。それに、私は、信じ、従うだけだ。」
“アガレス様の理念?”グシオンの言葉にハッとした。“そうだ、アガレス様の理念、私とアガレス様の理念…。”
「わ、私を置いて死なないでくださいませ!」
パエラは、その夜、アガレスに抱かれながら何度も口にした。
下からアガレスの首に腕を巻き付け、両脚でがっしり絡ませながら、のけ反って動かなくなったパエラと共に、余韻を楽しんでから、彼はゆっくりと彼女の両手、両脚を外して、荒い息をしてグッタリしている彼女の横に仰向けになった。
「すまないパエラ。私は、ガミュギュン大公の愛人達がいるのを知っていながら、安易に君が彼の元に行けばなどと思ってしまっていた。」
突然、彼は思いがけないことを言いだした。“あの女達よね。あんな奴らに私が負けるはずがないわよ!”と思いながら彼の話を聞いた。
「もちろん、君の方がずっと美しく、聡明だよ。でも。」
彼女らは、彼の副官であり、ずっと傍にいる。それは大きい。それに、パエラは彼女らの共通の敵だ。圧力や嫌がらせがあるだろう、4人で協力しての。さらには、
「暗殺もあり得ると?」
アガレスは頷いた。“あり得るわね。でも、夫が…。”
「ダビ公爵家が必要なくなったら…。彼は、愛情で目的を誤る男ではない。」
“そうよね。やっぱり、今からでも、というのは甘過ぎるわよね。”彼女らの蔑んだ、そして嫉妬と嘲笑が混じる表情が目に浮かんだ。急に、アガレスがバエラを抱きしめてきた。
「君のことを気ずかっているふりをして、私は、ただただ君を離したくないんだ!国も、弟妹も、家臣達も、君の幸せすらどうでもいいんだ、君を離したくないんだ、私は!私は、王子にも、王太子にも、国王にも相応しくないんだ!」
嗚咽を漏らすように言って、彼女を強く抱きしめた。“な、なによそれ。一寸迷惑よ!”と叫ぶ自分がいると感じたが、
「わ、私もですわ、アガレス様といられればと思う気持ちだけなんです!私も、罪深い…悪女ですわ。分かっていても、アガレス様から捨てられたくないんです!」
と叫んでいた。彼女も、彼を抱きしめ返した。そして、そっと、
「それでも、アガレス様の理念が正しいと思うのですわ。」
“アガレスの理念って?”
「国民国家」。アガレスも、ウァサガも、彼の周囲に集まる官僚候補も、知識人達も口にしていた。“でも、ガミュギュンだって…国民国家建設を目指していた…将来、自分が統治する国を国民国家に…統治?支配?。アガレスは?”パエラは、自分を見つめる、見とれるアガレスをじっと見つめていた。“国民国家の中にある国王…かな?”
「アガレス様が、パエラ様が見ているのは、国民国家の中にある国王!支配する国王ではないのです!」
ウァサガは、力強く口にしていたのだが。
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