第34話 パエラの不安 2

「どうかお約束下さい。アガレス様をお助けするために、ご助力いただけると!」

 必死に懇願するウァサガに、パエラは困惑しながらも、彼女が求める約束をした。

 そして、一応、その約束を果たそうとした。

「陛下。」

 国王である夫のガミュギュンに、前国王、廃王アガレスに力はないのだから、気にすることはない、ただ、厳しく監視すればよいのでは、とやんわり訴えた。彼は、上機嫌でそれを聴いていた。可とも否とも言わなかったが、

「君は、慈悲深いな。」

とだけ言った。その夜、彼女は彼と閨を共にしたのだが、いつものように体をゆだね、敏感に反応していると、気がついた時には、他の4人の妃が、やはり裸で乱入、彼女達からも、寄ってたかって愛撫を加えられ、彼女らの痴態も間近で見、聞き、自分の痴態を見られ、聴かれ、何重もの快感で、気を失うほどに、彼女らと共にグッタリさせらることになった。その耳元で、アガレスの謀叛は許されないと囁かれて、うなずくしかなかった。この後、彼女は何も異を唱えなくなった。

「パエラ様!アガレス様は無実、濡れ衣です!」

 謀叛の疑いで捕らえられ、王都に連行され、ガミュギュン達の前で罪状を読み上げられながら座らされているアガレスに駆けより、ウァサガが必死に叫んでいた。

 その彼女に、

「パエラ様をこれ以上困らせないでくれ。」

とアガレスが声をかけた。無念そうに唇を噛みしめる彼女を横目に、

「彼女は、私を哀れに思って慰めてくれていただけのこと。毒杯を飲むのは、私だけでいいから。」

「嫌です!」

 ウァサガは、アガレスの言葉を遮って叫んだ。

「私は、アガレス様の妻となったのです、心から。どうか、私を妻として、共に毒杯を飲ませてください。妻として、死での旅に同行させて下さい!」

 ガミュギュンは、パエラの方を見た。パエラは頷いた。それを見て、ガミュギュンは立ち上がり、

「貞女に、毒杯を。お前にはもったいない女だ。感謝するがよい。」

 アガレスは、黙って頭を下げた。

「ありがとう。」

 アガレスは、毒杯を飲み干してから、ウァサガをだきしめて声をかけた。

「いいえ。私は、僅かな間でも、あなた様の妻で幸福でした。」

 そして、彼女はパエラの方を向いて、

「パエラ様。私の勝ちです。」

 勝ち誇った表現のまま、彼女は彼に少しも遅れて目を閉じた。

「ぱ、パエラ!大丈夫か?」

 アガレスが、パエラを支えながら、心配そうな表情で覗き込んでいた。

「誰か、気付けの酒を持ってきてくれ!」

と叫ぶアガレスに、

「だ、大丈夫ですわ。ちょっと立ちくらみがしただけです。」

 弱々しく微笑んで見せた。

「パエラ。」

 アガレスは、悲しそうな顔になっていた。

「パエラ。自分を責めないでくれ。自分を犠牲にして、私を助けようなどと考えないでくれ。」

“え?私、何か言ったの?とんでもないことでも言った?”心の中で慌てふためいたが、何とか表情に出るのを抑えた。その顔が、アガレスには思い詰めているように見えた。

「君のせいなのではない。自分が悪いなどと自分が犠牲になればなどと考えないでくれ、いわないでくれ。」

 抱きしめるアガレスを感じて、“とんでもないことは言わなかったようね。”とパエラは、取りあえず安心した。

「悪いのは私だ。自分が生きたい、君といたいというわがままで、一番大事な君を不幸にして、そして、皆も巻き込んでしまって…、勝てる可能性など考えてみればほとんどないというのに。それ以上に、内乱を起こし、国に、国民に被害をもたらしてしまう。」

“まあ、そうですね。あなたが生きるために、多くの人が死ぬのよ。”

 アガレスの表情は、絶望感がにじみ出てきていた。

「今なら間に合う…。私さえ死ねば。」

“確かに。まあ、あなたの弟妹達、あの女は処刑されるけど。”しょせん勝てないのだ。あの時も、あの時も…、いつも思ったのだ。

“でも、あの時は、共に戦おうと言った、あがこうとした、なぜ?彼を死なせたくなかったから?勝てる可能性など思い描いた?思い描けた?”わからなかった。冷静な判断力を失っていた、今のパエラにはそう思えてならなかった。そうこうしているうちにアガレスは、みるみるうちに、思い詰めるようなら表情に変わっていった。“死にたくないわ!”パエラは切実に思った。もちろん、それは自分のことである。何か言わなければならないと思った。そして、出てきたのは、

「ダメです。アガレス様!禅譲すればとか、自分が死ねば何て思っては!」

だった。“何言ってるのよ?どうしよう?何とか上手くまとめないと。”

「アガレス様が禅譲しても、あの人はアガレス様を殺します。もちろん、義弟、義妹様方を処刑します。義母様に、あの方々を頼まれたのでしょう?義母様を裏切るのですか、恩を無にするのですか?」

 彼女にとって、次々にとんでもないことが、口から飛び出してきた。

「それに、バイエン達も皆、アガレス様の元に、もう集ったのですよ!もう、遅いのですよ。」

 そんなことを思うと頭が混乱してくるのだった。それでも、“国、国民のことよね?どうしたら、どう言ったら?”

「北辺大公様は立派に治めるでしょう。でも、国のために、国民に取ってよいとは思えません!わ、私はあの方が、支配する国を阻止することも、アガレス様の理念のために戦うことも正しいと思います!」

“アガレスの理念?”

「私の理念?」

 アガレスの方も、呆然とし、考えあぐねていた。

「でも、わ、私にとっては、私がアガレス様といたいという気持ちが一番ですけど…。罪深い、独りよがり、我がままなだけとは分かっていますが。」

 何とかそれで締めようと、しおらしい態度を見せてみた。アガレスは、何か吹っ切れた顔になっていた。

「国や国民のための私の理念か…、考えてみよう。…でも、君の…その我がままが一番嬉しいよ。」

 彼は、パエラを抱きしめた。“何言ってるのよ、わたしってば!でも、嘘はついていない…そんな気がする。”

 混乱する中、彼女はとにかくアガレスを抱きしめるしか思いつかなかった。

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