第32話 三者三様、或いはそれ以上 3

「残念ながら、悪い知らせばかりです。」

 ブエルは、さも悔しそうに切り出した。

 アガレス王子夫妻の罪が許され王都帰還の方向に話が進んでいるだけでなく、アガレスの王太子復帰、あくまでアモン第3王子が成人に達した時、確実にアモン王子が王位を継承することを確約してのことだ。ガミュギュンとダビ公爵は、そのアモンの後見役にそのまま留まるというのである。アガレス王子=王太子をガミュギュンの対抗者として、三竦みかつガミュギュンの立場を一歩も二歩も後退させるものだ。

「愚かな女の浅知恵で、陛下の権威に傷をつける行為であります。謀叛としか言えません。」

 さらに、他の辺境公達をガミュギュンの王都滞在中に、それを牽制するように王都に呼び寄せるということ話が進んでいる。

 ガミュギュンは、それを聞いて難しい顔をしたが、直ぐに笑いながら、

「誠にけしからん話だな。だが、君は既に利用する策を準備していたのだろう?直ぐに進めてくれ。明日、詳しい話を聞こう。」

 背を向けて、妃達の待つ寝室に向かった。その背に、頭を下げたブエルは彼への主の信頼の高さを実感しながら、バルバドサ妃とアガレス王子に対する怒りを燃え上がらせていた。

“ガミュギュン様こそ王位におられるべきなのだ。”先代王は、ガミュギュンの有能さを愛した。彼の異母兄である現国王の王太子にと思いながらも、長子が産まれ断念したものの、ガミュギュンを王太子にすることを望みを捨てかねていた。もう一年長く生きていれば実現させていたろう、ギミュギュン王太子が。さらに、何年か長生きしていれば、ガミュギュンが国王に即位していただろう、現国王を退位させてだ。しかし、先代国王は、それを実現する前に亡くなってしまった。“本来であれば、孝子なら、父の意思を守り、我が子の王太子位を剥奪し、ガミュギュン様に与えるべきだった、いや、ガミュギュン様に王位を禅譲すべきだったのだ。それを行わなかった現国王は、愚人であり、反逆者ですらある。王位につくべきガミュギュン様に、このような仕打ちは、絶対赦されない!”と彼の怒りは燃え上がっていた。

「本当にこれで良かったのかしら?」

 パエラは、つい口に出してしまった言葉に慌てていた。目の前に、アガレスやウァサガがいたからだ。いや、ほかにもいた。皆の怪訝そうな顔が彼女に向けられていた。“しまった。”

「すまん。皆。ここは、2人だけにしてもらえないか?」

 アガレスがすかさず言った。

「パエラ様は、どうして、あのようなことを。」

 部屋を出て、廊下にたむろすることになった皆の視線は、ウァサガに向けられていた。その視線を感じ、彼女は、

「私にも確たることは分かりかねますが、あの方は私達より先を見ておられるのかもしれません。」

 2人のそばに一番近く、長くいる、2人の信頼が一番厚い彼女なら、分かるだろうと誰もが思っていたから、彼女の言葉の重みを感じ、次の言葉を待った。“想像すると…。”

「しかし、昨日までは。」

 シュトレアが、言葉を挟んだ。グシオンの片腕ともいえる、逞しい戦士としても、参謀としてもである。小柄のグシオンと並ぶと大きいくらいである。

 パエラは昨日までは、アガレスと共に、日々武芸の鍛練に励んでいた。指揮官が、武芸の達人である必要は、必ずしもない。

「あなた方が、勝利を得るまで、身を守れる程度には必要でしょう?」

 一段落して休憩している中で、アガレスに抱きしめられながら、

「嫌ですわ。汗が…。汗臭いですわ。」

と言いながら、満足そうな顔をして、彼に唇を向けて、彼を誘うかのような素振りを見せた。そのまま貪るような口づけを、2人は始めた。アガレスの赦免、王都帰還が、ほぼ確実な状況となり、これからすべきことに、ある意味希望を持っている感じであった。

「アガレス様は、何て言ったと思います?君の汗の臭いは、私にとっての香りだよ、私の汗の臭いは不快かね?と言ったんですよ、恥ずかしげもなく。パエラ様は、それに、そんなことありませんわ、でも、刺激が強くてとか言ったんですよ、聞こえているこちらが恥ずかしいったらありませんでしたよ。」

「それが何故?」

“確かに、全てが順調に進んでいるとは言えないけど、前に前へと進んでいる状態だったけど…。”

 ウァサガは思ったが、こちらも手を打ってきた。

 2年足らずで領地は、驚異的に豊かになるということはなかったが、そもそもそのようなことは不可能である、安定し、穏やかな状態になっていた。何となく上手くいくような気持ちに誰もが感じるようになって、皆が活力に満ちていた。アガレスの赦免は、単純に赦免すると、元元が冤罪であることを認めることになるので不可、何か理由をつけないとということになるが、理由がないと宰相以下が躊躇っているというか、文句を言って布告文に埃をかぶせるような状態にしてしまって、長引いていた。その間、バイエンの仲間が、第二王子、第一王女、ダビ公爵その他に赴向き、各方面の情報収集に飛び回っていた。ウァサガは、公式なルートから交渉、情報収集などに努めていたし、アガレス復帰の情報で来訪する者達への対応、利用、見定めに忙しかった。グシオンは、少しづつ、これはと思える面々を部下にしていた。総計十数人だが、どれも戦士としての方面以外でも有能、精鋭だった。初めは、彼やウァサガ、バイエンに反発すら感じていた、アガレスの側近候補達も彼らを信頼するようになっていた。全ては、あまりにも小さかったが、進んでいた。領地の統治も、おざなりにすることなく進めていた、彼が去った後、彼を慕うようにしなければならないからだ。

“進んでいるわ、あの時と比べればはるかに。でも…。”

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