第31話 三者三様、或いはそれ以上 2

 バルバドサ妃が、唐突に

「アガレス王子の罪を赦したいと陛下が望んでおられます。どうにかできないものですか?」

 それを聞いた若い法務官は、驚いて、”あなたがやったことでしょう!”と言いかけて何とか抑えて、自分が判断できることではないと答えた。それでは、宰相や後見人のダビ公爵と相談するように、指示された。その上、

「アガレス王子様やパエラ夫人は、わが息子である王太子アモンを、大層可愛がって下さいました。このままお二人が、罪人であるのは辛いのです。」

とまで言った。

「いや、その言葉に驚いた1人なのです。」

 ダビ公爵が、妃の側近のひとりに問い質すと、返ってきた言葉だった。

 彼女は、一族の者達も含めて何人かの側近を使っていた。彼らは彼女に従いながら、それぞれダビ公爵やガミュギュン大公、宰相、その他と繋がっていた。二股の場合もある。バルバドサ妃は、半ばそれを知りつつ、彼らを連絡役、調整役としても使っていたが、両者の関係も、指示関係もあやふやだった。彼女のためにと、彼らが行動していたとしても、彼女たちからは裏切りと思われる可能性があり、彼らが自分の判断で行っていても、彼女は自分の指示で動いているとしか見ない場合もある。

“唐突に思いついたか?こいつらに相談しても無駄と見たか?”どちらでも、両方向でも、他の理由でも、その全てでもあり得ると思った。

 ダビ公爵としては、可愛い娘とその夫を王都に戻したいとも思っている。それ以上に、

“バルバドサ妃は、分かったのであろうな。アガレス王子で牽制した方がいいと。少なくとも賢い女だからな。しかし、どうしたものか?”彼は思い悩んだ。娘は可愛いが、それだけを考えていればいいというものではなかった。

「北辺大公に敵対宣言するようなものだからな。」

“自分はどうすべきか?”

 バルバドサ妃はというと、小さなベッドの上で、すやすや眠る我が子の寝顔を見ながら、厳しい表情を浮かべていた。

「この子を守るのよ!なんとしても。」

 北辺大公、ガミュギュンには、いろいろと配慮し、刺激しないように機嫌さえとってきた、あくまで彼女の視点、主観ではあるが。ずいぶん我慢さえしてきた、これもあくまで彼女の視点での話である。彼が、我が子の後見役となってから王都にいた数か月、何とか耐えた、与える物は与え、譲歩して何とか乗り切った、くどいがあくまで彼女の主観である。彼が北方の地に去りほっとしたのもつかの間、王都の彼の代理人が、身分や立場もわきまえず、四六時中なにかしら言いたててきた。数か月後、逆の意味で、彼がまた王都にやって来た時には、ほっとしたものだった。部下のやり過ぎを、増長を抑えてくれると。

 しかし、4人の愛人達を連れて、王都にやって来た彼は、自分が国王であるかのような態度を取り始めた。4人の愛人達は、国王の愛妃である自分と同格のような言動をとった。

 王太子である彼女の子の前では、跪くべきなのに、子供をあやすような態度しか取らなかった。政策決定でも、形式であっても我が子や国王の決裁を受けるべきなのにそれをせず、宰相達に、自分に最終判断を求めることを命じている。彼女の意見などは、10の内一つしか聞こうとしない。それも、

「仕方ない。国王陛下の愛妃の願いだから、何とかしてやろう。」

式なのだ。そうしている印象を周囲にアピールさえしている。

「陛下。アガレス王子ご夫妻を赦して差しあげませんか。王太子様も、寂しがっています。」

 国王との閨で、激しく乱れながら、時々小さくなって囁いた。とても可愛らしく思われる瞬間を狙って囁きを繰り返した。それだけではなく、至る所で手管を使ったし、国王がアガレス王子へ仕打ちを後悔していることや宰相達がガミュギュンに対する存在としてアガレス王子に期待する気持ちがなくはないことを計算して、タイミングも見計らって行っていた。頭はいい女だった。感も良かった。彼女の観察は正しかった。ただ、そこまでということに彼女は気がついてはいなかった。その彼女に乗る、彼女ほどに頭が働かない連中も多かったが。

「あの女、なんて言ったと思います、お兄様?義兄様をお許しになって、ですってよ!まるで、私達が義兄様を罪に堕としたように言って!」

「僕なんか、教え諭されるように言われたよ。皆のいるところでだよ。とは言えだ、義兄様が早く冤罪を晴らせるならと思って、拝聴し、お願いしたよ。それに。」

「それに?なんですの?お兄様。」

「それは。」

 彼はそこまで言って、周囲を見渡し、聞き耳を立てる素振りを示した。彼女は其れを見て、黙って頷いた。

「僕らが、義兄様が帰ることを大歓迎だと、義母様に感づかれるのは困るだろ?」

「そうね、下手にへそを曲げられると困るものね?」

 義母=ガミュギュン、へそを曲げる=警戒されるの意味で使っていた。微かに、立ち去る足音がしたように感じられた。“明日、印のある奴を捜さないと。”“ごめんなさい。私の館で。”2人は目で合図しあった。魔法の仕掛けを施していたのだ。

「とにかく義兄様と義姉様と、再会できるのは、楽しみだね。」

「そうですわね。楽しい宴を考えておきましょう、お兄様。」

 念のための会話だったが、まだいたのだった。マルバシア第一王女とウァルファル第二王子は、うなずき合った。“できるだけ早く見つけ出して遠ざけますわ。”“僕の所も、早いうちにやっておくよ。”

「今日は、私の順番ですわ。あなたは、明日です!」

「いつも陛下のそばにいるからくせに。遠く離れていることが多い、寂しい私の身にもなれ!」

「それは役割があるからでしょう。側にいる分、あなたがたが、それぞれ睦みあうのを指をくわえて眺める私の身にこそなってほしいですわ!」

 人間クォーター魔とハーフオーガの愛人が艶めかしい夜着を着て睨み合っている間に入って、

「分かった、分かった。今日、明日は二人して一緒だ。先に行って待っててくれ。」

 ガミュギュンは、2人の尻を叩いて、先に行かせた。彼女らが競うあうように駈け出すと、振りかえって、

「すまなかったな。王都からの報告か?悪いしらせか?」





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