第30話 三者三様、或いはそれ以上
「ブエル。お前がいない王都は不便だ。お前が王都にいてくれたらと何度も思ったよ。」
北方の自領に戻ったガミュギュンは、彼の軍師、宰相のブエルに言ってから、彼の椅子、王都の玉座よりも豪華な、に座った。ガミュギュンは、ブエルを拠点にいてもらわねばならないことはよく知っていたし、彼を王都に連れて行くわけにはいかないことはよく分かっていた。自分の地盤は、万全以上にしておかなければならない、いや、今後のために富国強兵化を進めていかなければならない。そのための手腕はブエルにしかないのである。これは、ガミュギュンなりの、彼への労い、評価なのである。もちろん、“奴がいてくれたら、瞬時に解決できたのに。”と幾度も思ったのも事実ではあったが。
「私には、王都の人間関係の機微をとらえることは不得意ですから、彼の手腕には及びません。人には得手不得手がありますから。もちろん、彼が私の立場であっても有能でありましょうが。」
言外に、“あまり彼に競争心を扇がないで下さい。”と釘を刺した。
ガミュギュンが王都に連れて行き、今も王都に残り、彼の代理を務めている男は、ブエルと並び称される男だが、ブエルに劣ることを自覚しているから、彼の競争心をしきりに煽っていた。“分かったよ。少しは控えるよ。”“そうであればいいのですが。”二人は、表情で伝え合っていた。
「ところで、元王太子の動向ですが。」
「おお、そちらはどうだ?よからぬことを企んでいないか?」
「ご明察の通り、企んでいるようですが。」
彼は主に、掴んでいる情報を伝えた。
「知らぬ奴ばかりではないか?経歴から見ても、やっていることを見ても大した連中ではないようだが…。そんな奴らを周囲に置いて、何をしたいのだろうかな、あの男は?」
「大したことはできないかとは思いますが、よからぬ心を増長しかねないところがありますな。」
「謀叛の疑いがあると誅殺するか?さすがに、不味いな。それに後味が悪い。」
ガミュギュンが、考え方あぐねるという風にして、ブエルの顔を見つめた。
「陛下の寛大なお心に、性根を改める機会を与えるのもよろしいでしょう。」
ブエルが頭を下げると、
「パエラ嬢が可哀想だな。」
ガミュギュンが、悲しそうな表情を見せた。“あのような裏切りをされても…なんと心の広い…。”実際のところ、現状ではアガレス王子に謀叛、反乱の罪を着せるのはかなり無理がある。強い反対が予想されるし、ガミュギュンへの非難の材料となってしまいかねない。それは避けなければならない。
「お待ちしておりました。」
部屋に乱入してきた者達がいた。魔族の血が流れる人間、エルフ、オーガ、ドワーフの女達だった。4人、全てガミュギュンの愛人だった。今回の王都行きには動向させなかった。彼女らには役割が与えられていたこともあったが、パエラとの結婚を予定していたためだった。
「もう、待ちくたびれましたわ。」
「今回は、同意見だわ、彼女に。」
「王都では、他の女達とお楽しみになったのでは?」
「私…達のことなぞ忘れていたのでは?」
群がりながら文句を言った。ブエルの咳払いにも動じなかった。
「そんなことはないさ。わしも寂しかったぞ。その証明をしてやるから、さあ。」
ガミュギュンは、ブエルに目配せをして、4人を連れて行こうとした。
「あんな淫乱女など、娶らなくてよかったのです。」
「あんなのは忘れさせてやるわ。」
「かえってよかったのではありませんか?」
「今回だけは、全然同感。」
ブエルは、少しムッとした。彼が流したのではない噂が、ここまで来ていたことにだった。“下ネタな方が好まれるからだ。”と思うとしたが、やはり不快だった。そして、“ガミュギュン様を選ばないとは!”とパエラに改めて怒りを感じた。
「お前達がいないとやはり不自由で寂しい。次に王都に行く時は連れてゆくからな。いや、一緒についてきてくれ。」
笑顔で、最後は懇願するような表情を浮かべる彼に、4人は直ぐに機嫌を直して、
「もちろん喜んで、お供いたします。」
「ついてゆくよ。当たり前じゃないか。」
「そのように言われては、一緒に行くしかありませんわ。」
「一緒に。」
彼の巧みな4人の扱い方を、ブエル感心し、4人を連れて立ち去る彼の背を見送った。
もう一人、一番年長の妖狐族の愛人がいたが、半年前第二子、女の子を産んだ後、体調を崩しなくなっていた。彼女の第一子(男子)が、公然の秘密として彼の後継者とされている。彼女の死に、ガミュギュンは号泣した。流石にブエルも心配になった。一番長く、気心の知れる相手でもあったからなおさらだったのだろう。残りの4人が、その時ばかりは協力して、彼を慰めた。数日で、彼は彼女のことを忘れはしなかったが、元の彼を取り戻した。彼は、一人の女に、執着すべき男ではないのだ、ブエルは強く思った。
“ダビ公爵家には、もう1人娘が、あのパエラの妹がいたはず。それをガミュギュン様の正室に。”あくまで、彼の立場を万全にするためだった。まだ14歳だが、そのようなことは関係なかった。形式的でもかまわないのである。何時までも、必要ではないのだ、とも考えていた。“あの売女と同じく血が流れているのだから。”彼にとっては、見いだしてくれたガミュギュンが、あるべき位置に立つことが全てであると同時にそれが世界のためであるのだった。パエラの妹が子供を産んだら、いや、パエラがもし“裏切る”ことなく、ガミュギュンの子供を産んでいたらブエルはどうしたか?彼は、そのことについて、語ることはなかった。
ガミュギュンが、4人の妃と寝室で戯れていた時、ブエルは自分の館に帰っていた。彼を迎えたのは、侍女を従えた、美人にはほど遠い、彼の妻だった。しかし、彼はそのようなことは気にならなかった。賢く、そして、これからする密談で有益な知恵を出せる者であるということが重要だった。
少し前、ガミュギュンが王都を離れた日のこと。
「北方に戻ってくれて、ホッとする思いですよ。」
宰相は、ダビ公爵を前にして口にした。数ヶ月前は、ガミュギュンに心配しつつも、期待もしていたのにだ。
“気持は分からないではないが。”公爵は心の中で溜息をついた。ガミュギュンとバルバドサ妃の横槍とその両者の目立ちはじめた対立に挟まれてと、彼の苦労は以前の数倍になっていた。宰相から言えば、これはもう1人の後見人であるダビ公爵が何とかすべきことではないかとなる。愚痴を、弱音を言いながら、彼に文句を言っている面もあった。
「大公の王都の代理人がおりますからな。」
彼の愚痴にあまり付き合ってはいたくないので、敢えて指摘した。
「なかなかの切れ者ですぞ。」
宰相と自分の会話を把握しているだろうし、もしかしたら内容すら知るところになるかもしれないとも思った。
その指摘に少し表情を曇らせた宰相に、
「彼には、この足で会いに行くつもりですが、ご一緒にどうですか?」
“あの若僧に、頭を下げるのか?”と宰相が躊躇しているのが分かった。しかし、
「そうしていただけれは…。」
肩を落として、彼は答えた。それを見ながら、“私の取るべき立場は?”と公爵は自問していた。
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