第29話 配置

「グシオン。市の治安、警備は君に頼みたい。副官はつけるが。あと、これはと思う者、君の軍の将兵にと思うものがいれば連れて来たまえ。」

 アガレスが、異母弟に命じたのは、市の全体集会後、各層、各グループの長らを、それぞれ秘かに引見してから数日後のことだった。彼は、その間に逃げ出そうとしていた男、市の各層を扇動した男だ、を捕縛していた。

「逃げるのに一番都合がいいと思えるコースと気持を想像して網を張ったんですが、運良く的中してくれました。」

 誇るでも、謙そんするではなく、それでも愛狂わしさを感じる笑顔を浮かべていた。

「バイエン。君は、領地の経営の今後の方針を決めるため、くまなく調べてくれ。色々なことを君に任せたい。」

「ウァサガ。君には、私達の秘書官として、対外的なことはもちろん内部のことも、私達を補佐してくれ。また、内部監査も任せたい。」

 さらに、ついてきた文官、軍人達にも、役割を分担させた。

「着いた時にしておくべきだったな。」

と悔やむアガレスに、

「身のまわりのことで精一杯でしたから、しかたがありませんわ。これから、スピードアップすればいいではありませんか?」

 パエラが励ますように言った。

 有力者との会合では、彼らの要望を一通り聞いた後、彼らが帰る際に、その中の1人にウァサガが声をかけ、呼び戻した。

 パエラも、彼らの夫人や娘に声をかけたり、呼んだりした。

 もちろん、対立と疑心暗鬼を生じさせるためだ。

 職能組合の団体や知識人グループ、各地区の代表(いない地区や互いに代表を主張して対立が生じている地区もあった)、知識人のグループには、彼らの会合に二人はできるだけ出席した。彼らには、それぞれまとまってくれていた方がやりやすいからだった。

 自分の権限が制限される方向に動くのにひどく反対していた代官は、ウァサガが説得しながら、部下達を切り崩して、屈服させた。それには、グシオンが捕らえた男から、バイエンが巧みに聞きだし、整理した情報が役に立った。

 結局、代官と有力者だけからなる評議員を監視をする役割を持つ、市民各層からなる議会を作らせて事態を終息させた。

 それからしばらくたった頃、グシオンは領内全体の警察的な分野を任され、バイエンは領内全体で幾つもの事業に飛び回るようになっていた。

 グシオンは、一人また一人と、彼の眼鏡にかなった者を連れて来た。それは一年間で、10人程度だった。彼が頑固な精鋭主義と言うわけではない。彼の下で、精鋭の兵士、指揮官になり得る者達だから、そうそういるものではない。今、ある程度まとまった兵など養えない。反乱を企んでいるなどの嫌疑を、突きつけられかねないからだ。あくまで、警察、治安維持の枠内でなければならなかった。そのことは、事前に言ってあったが、グシオンはそれを良く守っていた。この方面での彼の手腕、統率ぶりはアガレスは満足していた。

「彼には、私の辺境行きの時には必ず、臨時の近衛士官として呼んだりしていた。知っての通り、大きな戦いとかはなかったから、彼に名を馳せることはなかったが、駆け回る彼に、軍事的才を感じたんだ。そして、5人とは言え、彼らを完全に掌握していた。その他の時は、私の領内の管理を任すんだが、警備、治安関係が主だが、民政にも関係していた。期待通りの手腕を見せてくれた。異母弟ながら、頼りにしているんだ。」

 わがことのように嬉しそうに、アガレスは、語った。

 古い館の改築は、予想よりも早く1か月でできた。

「もう1か月かけて、数万の軍が攻め寄せても、1か月は持つ城にできますよ。」

 完成したとき、バイエンは、冗談めかして言った。

「お前だったら、そんな城を私が作ったら如何する?」

「もちろん、反乱の嫌疑で逮捕して、そのまま地下牢で拷問にかけて無理矢理嘘であろうと反乱計画を白状させて処刑しますよ。」

 笑い飛ばすように言った。彼は部材を事前に統一し、作業内容をできるだけ効率的にした上で、競争原理で作業させた。この種のことも経験豊かであると言っていた通り、手抜き工事を直ぐに見つけて手直しさせて完成させた。

“工事方法も最新式のものを、使いこなしている。”万事が万事そんな風にして、幾つもの事業を、誰の予想や費用見積もりよりも早く、安く完成させ、領内の生産、流通は改善され、コストが少なくなった。短期間のうちに、見込みより多くの収入を得、領民に再配分することができるまでになった。もちろん、どちらもほんの僅かではあったが。さらに、彼は彼で人材を発掘していた。雑多な、人間だけでなく、色々な分野で、彼は見つけてきた。

“一人有能な人間を得れば、累進的に…か。”パエラは、アガレスの周囲を見ながら、あの時、ウァサガが言ったことを思いだした。“千に一つに、それとも百に一つにでもなっているかしら、勝つ可能性が。”それでも、僅かな可能性でしかない。自分が知っているガミュギュンとその軍、組織、人材は、この程度で勝てる相手ではないと思った。“私も頑張らないとね。”パエラは、サロンでの活動や自分の所領の管理、経営にも熱心に取り組んでいた。グシオンやバイエンから、人材を送らせたりもした。

「まだまだですわ!」

「おっと、危ない。」

 アガレス相手に、剣や槍、さらには格闘技、魔法までの練習にも励んだ。

 そんな日々が続いていた頃。

「事態が動き始めたようです。」

 書類を抱えたウァサガが、庭で小休止していた時に駆け込んできた。

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