第24話 何故、毒杯を飲ませたのかしら
パエラの実家の関係者アガレスの実母に繋がる者達、弟妹達のはからいなどから、食料、燃料などが提供してもらえたおかげもあって、目立たないように控え目な量だったが、翌々日には出港出来た。
その後、連中の関心の程度がここまでだったということか、或いは強い影響力がある範囲を過ぎたということか、これ以後は嫌がらせは目立たなくなった。アガレスの実母の一族の地域を通っているということが、大きかったのかもしれない。彼は、弟妹の実母を実母のように慕い、忠実であったが、実母の関係者を邪険に扱ったことはないし、その地元には、暖かく対応していた。
「何故、私はあの時毒杯を飲ませたのかしら?」
船縁で、過ぎてゆく気色を見ながら、パエラは考えていた。
アガレスは最後まで婚約破棄しようとしなかった。今考えると、だから、幼い弟王子とその母の暗殺を謀ったという冤罪を着せられて、辺境での幽閉となったのだろう、やはり。しかし、そのことを知らなかった彼女はひたすらショックを受けた。こんなひどいことを考えていたなんて、怖くなり、嫌悪すらした。今までの人生が嫌悪すべき、否定すべきもののように感じた。悄然としてしまい両親に言われるまま、ガミュギュン北辺大公の妻となった。ウァサガが言ったように、
「王太子でなくなったアガレス様などどうでもよかった。」
のかもしれないとも認めざるを得ないかも、と思った。拾われたという思いもあり、身も心も彼のものになるのには時間はかからなかった。その彼のため、王都で、彼女が開くサロンで、出向いた他のサロンで、彼の政治的立場を支援するのに務めた。少なくとも、彼に好意的な世論形成に多少の力はあったと思う。ウァサガを取り込み、再びアガレスの元に集まりかけといた新進気鋭の人材の切り崩しにも協力した。アガレスの手足になったかもしれない人材を、多少なりとも削ったことだけは確かだ。彼が、許されて帰って来た時には何度思ったか?ガミュギュンの妻として、彼と並んで冤罪が、晴らされたことの祝いの言葉を口にした。アガレスが、その自分を、まずどう見たかは分からない。そのような顔は、見たくもなかったから、頭を少し下にして口にしたのだ。直ぐに深々と頭を下げた。顔を上げた時、彼の失望というか絶望に打ちひしがれた顔を一瞬見た。直ぐに、穏やかな表情に戻って、ありきたりの返礼の言葉を口にした。殊更、仲睦まじそうにしている、見せつける二人に、アガレスは軽く頭を下げてから、背を向けて行ってしまった。その時の顔なぞ、関心もなかった。それからは、主敵はアガレスとして、妻としての務めを果たした。アガレスをどう思ったか?哀れな敗者としか思わなかった。早く死ねばいいと思っていた。別に、恨みはなかったが、国のため、民のため、夫のため、それが一番だと思っていた。彼が夫に対抗しようとする暴挙を、許せないとも思った。毒杯を持っていったのは(毒杯を直接持っていたのはウァサガだったが)、自分の過去に自分自身で踏ん切りを付けるつもりだった。
彼に死後の結婚を約束させて準じたウァサガの気持ちが、はじめは、全く分からなかった。しかし、しばらくして、自分の行動に強い疑問を感じた。これで良かったのか、酷い過ちを犯したのではないかと。
“でも、それならどうして、あの時は、彼に殉じようとしたの?”あの時は、“そうだ、あの男…。”あの日の3日前、彼女の前に、屋敷に忍びこんできた小柄な、女にも間違われるかもしれない顔立ちの男だった。ウァサガが、パエラを守るように立ち塞がった。
「あんたが、国王陛下の元婚約者様か。」
パエラは、不快なことを耳にしたという表情になった。
「あの簒奪者の元婚約者であることは認めざるを得ないわね。それがどうしたのかしら?」
動揺を隠して、毅然とした声で答え、問い返した。
「陛下がどうしても、争いたくないと駄々をこねる相手を見たいと思ってね。馬鹿だよ、まだ何とかなるかもしれないのに、あんたなんかに…。」
最後は、その美しい顔に涙を流していた。そして、彼女の前から立ち去った。
「何が言いたかったのかしら?」
彼女がそう言って、ウァサガに顔を向けると、彼女は吐き出すように真実を語った。ショックを得て、考え抜いた結果だった。それを思いだした。“あの男は…、グシオンは…。でも、何とかならなかったわね、結局。”
そして、また、ウァサガのことで思いいたったことがあった。“彼女は、あの時も、アガレスを慕っていたのかしら?それでも、最後までアガレスの思いを…それが自分の愛の形だと思ったのかしら?馬鹿な娘…。でも、あの時は、彼女が、彼と死後の世界で結ばれることを願って、許されて、殉じたのを見て、腹が煮えくり返ったわ。彼に、自分が毒杯を飲ませたくせに。あんなに、アガレスに思われているのにも気がつかないで。”
「私は愛を得たのよ!勝ったのよ!」
高らかに宣言した彼女の顔を思いだした。“満足なら、私は…。”と思いかけた。“勝てるの?勝てるとは思えないでしょう?”と囁きかける自分を感じた。“それでも、彼女はアガレスが、もっと生きながらえる方を望んでいた。そのために、私が…すら望んでいた。”アガレスに殉じる、共に戦わなければならない、彼と道連れになっている、もはやそれを変えられない自分を感じた。
「何を弱きになっているの!私が、アガレス様を勝たせるんでしょう!」
口にだしてしまった。ガミュギュン自身、名宰相にして名軍略家、名参謀、大謀略家、そして108人の豪傑達等々の顔がよぎった。とても勝てるとは思えなかった。苦し紛れの遠吠えのようなものだった。
「ありがとう、パエラ。がんばるよ、君を不幸にはしたくないから。」
いつの間にか、後ろにアガレスがいて、彼女の言葉を聞いていたのだ。彼は、パエラが自分のことをこんなにも心配してくれていると思ったのだ。
今、アガレスは最初から絶望をしていない、戦う気になっている、パエラがいる、それがまず、勝利への小さな小さな要因となっている、パエラを後ろから抱きしめながらアガレスは、アガレスに後ろから抱きしめられながら、パエラも思った。まず、それだけしかないが、それだけはあるということに、望みを繋いでいた。
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