第23話 旅路にて

「アガレス様ご夫妻に、何たる無礼!」

 2人について来た女騎士が、知事の役人に向かって怒鳴った。彼女も身分の高い貴族であったから、地方の役人は恐縮するしかなかった。

「ことを荒立てるな。」

「しかし…。」

「お前の忠誠心や気持ちは、嬉しいと思っている。」

「そうですよ。でも、互いの立場もあるのですから。」

 穏やかな表情を崩さないアガレスを横に、パエラも聖女のような微笑みを維持していたが、“あの軍師めが~!”と心の中は煮えくり返っていた。アガレスは、パエラのことだけでも何とかできないかと思案していた。

 相応しい宿泊場所がないから、宿泊はみあわせてほしいといってきたのだ。

 王都郊外からの河川港まで馬車で赴いたアガレス達は、そこから大河グランデ川を用意された船に乗り込んだ。それで直行と言うわけにはいかず、途中の港湾都市で宿泊しなければならなかった。

 数日間快適に過ごせる船もあるが、あてがわれたのは、輸送船であり、乗客に最低限の快適化な生活を与えられない。まして、浴室やベッドのある寝室などない。その上、食料も十分に積み込んでいなかった。だから、寄港する必要があった。それがである。“私だけは船で我慢すればいいが。パエラには…。”そう悩むアガレスに助け船が現れた。地方の有力者の一人が、市外の自分の別宅を、女性達の宿に提供しようとの申し出があった。アガレスは、何かあるとは思ったが、女騎士達もおり、侍女達も武術をたしなんでいることもあり、その申し出を心よく受け入れた。

「なんで、君がいるんだね?」

 彼女達が出発して、30分程たった頃、呆れるアガレスの前に、ドヤ顔のパエラが立っていた。船の甲板に立って一人、暗くなっていく空を見ていたが、後ろに気配を感じでも振りかえると、立っていたのはパエラだった。

「私のいない間に浮気などはさせませんからね!」

「どうして?」

「侍女の一人に身代わりになってもらったんですの。」

「入浴しないと、体が臭くなると嘆いていたじゃないか?それがどうして?」

「私だけが入浴すると、アガレス様の臭いが我慢できなくなりそうで。二人とも、臭っていれば気にならないでしょう?それとも、臭いから近寄らないで、と言われたいですの?」

 悪戯っぽく笑ったが、直ぐに、

「ちょっと気になることも…。」

と表情を曇らせた。“離れると、また、迷いそうな気がして…。”

 そのパエラを、アガレスは抱きしめて、

「まだ、君を諦めていないかもしれないからね。」

「?」

“さすがに、パエラは分かっているな。こんな形で肩すかしを食らわすとは。賢いよ、本当に。しかも、私のために。”アガレスは、あの申し出が、ガミュギュンの軍師の息がかかったものでは、と疑っていた。パエラも、そう見抜いて、策をかけたと思っていた。

「以前、船旅をしたいと言ってたね。」

“こんな形になるとはね。”彼はすまない、と思った。パエラは、

「あまり周りに人がいないと、子供の頃、侍女達に見つからないところによく隠れたものですね。」

 ニッコリと笑って見せた。

「夜空もいいですが、少し肌寒くなってきたとは思いません?船倉で、隠れませんか、二人だけで?」

「そうだね。」

 アガレスは、あっさり同意した。

 誰もいない船倉で、隠れるように寄り添うにはさほど時間はかからなかった。

「彼女達が、苦労していないといいが。君がいないとばれて…。」

“ああ、この人は心配しているのか。あれが、連中の策だと。こんなところもあるんだ。”

「みんな、大丈夫ですよ。柔な者はいませんよ。」

 そう言って、体をさらに密着させた。“意外に、この人は先を見通せるのかもしれないわね。”唇を重ね合いながら、パエラは思った。

“でも、どうして彼が裏切っていなかった、私との婚約破棄を最後まで拒否したことを知っていて、あんなに冷酷に毒杯を勧めることができたのかしら?”そのことを思い出す前に、対面坐位でアガレスに下半身をすりつけながら喘いでいた。そのまま、激しく動き、それが終わると、直ぐに彼の腕に、腕枕に寝てしまった。

 翌日、手に入った薪で沸かした湯に浸したタオルで、パエラは侍女達に体を拭かせていた。その間中、控えている女騎士達も含めて、昨晩のことが怒りを込めて報告された。

「全て、北辺大公の差し金だったのですよ。あの様な方だったとは、見損ないました!」

 パエラを装った侍女の前に、館に入ると、彼の手の者が前に現れたと言う。

 パエラの前に立つと、かなり強引に、直ぐに北辺大公を称賛する言葉をまくしたてた。それが一段落すると、パエラには彼が相応しいこと、彼女の罪を寛大にも彼が許すこと、罪をあがないのは早いほうがよいととうとうと述べ、侍女や騎士達に、主人を、改心させることが、真の忠誠だと焚きつけた。もちろん、彼の目の前にいるのは、パエラに化けた侍女だったが。

「最後には、何と言ったと思います?パエラ様のことを淫売とか罵り、我々に対しても、アガレス様の娼婦だとかぬかしたのですよ!」

「騎士の姿をした娼婦どもとも。」

 パエラ役の侍女の報告に、女騎士の一人が、割って入った。

「分かったわ。苦労をかけたわね。それで、館ではひどいことはされたなかった?待遇は如何だった?」

 暴力とかはなかったが、初め世話をしてくれると思った使用人達は飲食物やらを残して出て行き、料理も風呂を沸かすのも、全て自分達でやったということだった。

「私のためにごめんなさい。」

と頭を下げるパエラに皆は、自分達の言ったことを後悔するほど、恐縮してしまった。

“あのクソ軍師め~!でも、こんなに雑な奴だったかしら?これじゃ、私に、今後消えない恨みを植え付けてしまうじゃない、あいつがそんなことするかしら?”

「彼女らには悪かったが、ある意味、少し安心したよ。」

「え?」

「その程度の男を送ったということは、もう君に対する執着が小さいということだから。」

“一応は彼女の取り込みを図るが、失敗しても別にかまわない。”程度の低ランクに位置づけれたということだった。それはそれで、パエラは面白くなかったし、アガレスもそうだった。

「この先は、もうないかもしれないね。」

“確かに、でもなんか…。”

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