第22話 王都を離れて

 東方の海岸地帯にある王領地が、アガレスに与えられ、速やかに赴くように命じられた。もちろん、彼の王都の屋敷(複数)も、それまで保有していた王太子領は、全て没収された。

 かなり貧しい、小さな領地だった。が、アガレスとパエラ達が出発する直前に周、辺の地域も合わせて与えられることになったとの命令が来た。妃と弟王子暗殺の嫌疑での措置で予定されていたのを、そのままというのでは、さすがに酷いと思ったこと、彼らに同情がいくのを心配してのことだった。さらに、ダビ公爵が、近くのダビ公爵家領をパエラに譲渡した。それは、娘可愛さのことだった。アガレスの領地が増えたのも、娘が不自由な思いをしないようにと、彼が頑張った結果である。もっととも思ったが、国王以下の同意も取り付けたが、土壇場で大幅に削られてしまった。それは、ガミュギュンの軍師ブエルの巧みな工作の結果だった。だから、娘に急いで自分の領地を、譲渡したのだ。

 準備の期間も、当初よりも短くされ、持って行けるものが限られることになった。しかも、行程での馬車や船も減らされた。かなりのものを、没収されることを覚悟で、そのまま置いていくことになった。実際没収され、なぜかかなりがガミュギュンのもとにわたっている。

 僅かな期間で、慌ただしい中に同行を望む者達が次々やって来た。アガレスが引き上げ、目をかけてきた連中だった。ただ、どのくらいが本気だったのかは、分からなかったが。2人の同行を許した、彼らが旅支度をすませていたことと、余裕が2人分あったからだ。後は、別途遅れて来る数人がいた。後は、都に残って彼の復帰に備える大部分とになった。それぞれの立場や才を考慮してのことだが、その通りになるかどうかは分からなかった。一人でも、期待通りになってくれればいいのだ。アガレスがそう言ったのを聞いて、“この人、覚めた見方をするんだ。”とパエラは思った。“一人でもか。”ウァサガが最後の言葉を思い出した。“まずは、千分の一かしら?ウァサガが早く来てくれれば…。まあ、とりあえず私がいるか。”彼女は母親の関係で後から来ることになっている。彼女のことは心配していなかった。一行には、何故か禿ネズミのバイエンがいた。アガレスが、彼を気に入ったのである。彼を加える余地はないので、ウァサガとその母親の付き添い、護衛として、世話人として、後から来ることを命じた。彼が、これはと思う者を3人も加えたいと申し出たのも快諾して、支度金も渡した。アガレスは、パエラを通じて、彼の退職をダビ公爵にも了承をとる念の入れ方だった。“確かに、色々なことに通じているから、重宝で役に立ちそうだけど。”とパエラは呆れていたが、

「パエラが見込んだ者だから。」

というのがアガレスの動機だった。彼自身が彼と話し、彼の行動を見て、評価していたのだが、パエラが、ということがなければ、この時点でここまで信頼しようとはしなかったろう。

「これも置いていくのですか?」

 一番の古株の侍女が、非難するように、アガレスに訴えた。彼の実の母親が生存していた時から仕えていただけに、彼の母親が彼に残したものに愛着というか、彼のためにというか、がことの他強い。

「パエラ様の荷物を、これしか持っていかないのですか?」

 アガレスが、自分の侍女の文句に答える前に、パエラの筆頭株の侍女が、やはり抗議を言いたててきた。

「2人の気持ちは分かるし、ありがたいと思っている。しかし、時間も、手段も限られているのだよ。」

 彼の言っている意味は、正論なので理解はしているのだが、どうしても納得できないという顔をしていた。

「それでは、こうしましょう。」

 パエラが、見かねて割り込んだ。

「我が家に、全て運び入れてちょうだい。父上に、別途送ってもらうようにしてもらいましょう。どこに送るか…。」

「君が父上から譲渡された荘園の屋敷に送ってもらうのがいいのではないか。都合がついた時に、順次私達の屋敷に送るようにすればいいのではないか?」

「そう、そうしましょう。あなた、父上にはそう言ってね!」

 それで、その場は何とか収まった。

「パエラ。有難う。助かったよ。」

 アガレスは、苦笑しながら、パエラに礼を言った。

「だからと言って、無闇に持っていかないでくれよ。最小限、ダビ公爵に迷惑がかからない程度にしてくれ。」

「アガレス様も、最小限にしているのだから、そこは配慮してよ。」

と彼女も、自分の侍女を窘めることは忘れなかった。

 アガレスの屋敷は、都落ちの準備で、どこでも大混乱だった。その中でありながら、

「私もお供させて下さい。」

と行って来る使用人、家臣が次々やって来た。彼らは、彼個人にと言うより、屋敷や彼の領地に付属した面々である。彼が去ったから、即失業というわけではない。しかも、とりあえず連れていける人数は決められているのだ。彼らの枠はない。

「仕方ない。別ルートで来い。それでもという者は申し出ろ。路銀をやる。だがな、華やかな都の生活を捨てるだけではない。払える給金もかなり減ることになるし、苦しい日々となるぞ。それを覚悟しろ。」

 彼らの路銀を工面することで、当座の資金が減ることになるのだ。アガレス以下、パエラも含め耐える水準が、さらに引き下げられるのである。

“彼らまで必要な人材なのかしら?”とパエラは考えないでもなかったが、彼らがいれば、アガレスが自殺を強要された時に、孤立無援で、れて彼一人で抵抗しなくてもすんだだろう。あの時、彼の元からの侍女も家臣もいなかったのだから。

「私は、大丈夫ですから、心配しないで下さいませ。人材、人材、人材ですわ。私達に、アガレス様に必要なのは。」

 パエラは、自分自身に言い聞かせるように強調した。

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