第19話 使われること

 遅い朝食を終えた2人の前に、アガレスの弟妹が現れた。二人とも疲れた様子で、更に目に隈が出来ていた。

「眠れなかったのかい?」

 心配する彼に、

「誰のせいだと思っているのですか?お二人とも、私達の前で喘ぎまくって…。それに、私達に仕事を散々言いつけられて。それに、目に隈を作っておられる、お二人にだけは言われたくありませんわ。」

 アガレスとパエラの目の隈は、彼女らより酷かった。

「悪かったよ。すっかり甘えて、君たちに頼りっぱなしになってしまった。」

 しかし、彼女は直ぐに機嫌を直した笑顔を浮かべた。

「いいえ。兄上、気にしないで下さい。父上や義母上には、私達が証人として、やったこと、見たことを報告しました。」

 そこに弟王子が応じて、割って入ってきた。

「あくまでも、兄上、義姉上を見ていられず、協力してしまいました、ということにしましたわ。」

 胸を張る妹。

「お二人の昨日の様子も、ちゃんと伝えましたよ。」

 ニヤニヤして弟。

「上になったり、下になったりとか。」

 呆れたという顔の妹。

「父上が。」

「あの女が。」

「どのように考えているかは。」

「分かりませんが。」

 効果があるのか?といった顔のマルバシアとウァレファルだった。それは、アガレスもパエラも同様だった。とにかく、手数を多く出せば、少しでも成功の確率が高くなる、というだけだった。

「宰相達にも、話しましたよ。」

「足早に行ってしまいましたけど。」

「まあ、部下達には、この醜聞で2人を謹慎、王太子剥奪をした方がいいのではと伝えましたがね。」

「いいのですか?本当に?」

 彼らとしては、係わりたくないというところだろう。しかし、国王の愛妃と幼い弟王子暗殺の冤罪より、後ろめたくない、国内の動揺も少ないとは思ってくれるのではないか、そう思ってくれているだけで力強いにことになる、あくまでも多少だが、とアガレスは考えていた。

 そして、ウァサガがアガレスのルート、パエラのルートでの工作から戻ってきた。彼女は、既に王太子妃パエラ付き秘書官として、アガレスが採用していたのである。彼女を追うように、パエラの兄妹が、ガミュギュン大公の使者がやって来た。

「あなた方も、お父様も分からないの?北辺大公様にとって、我が家は疎ましく、危険な存在なの!獲物を取り尽くしたら、猟犬はいらなくなるのよ!」

 父の意を受けて説得に来たパエラの弟妹達は、彼女に圧倒されてうなだれるばかりだった。姉が、このような論理で迫ってくるとは、まったく思わなかったのだ。

「まさか、パエラ様は、今日のことだけでなく、今後のことまで考えていて、私を…?」

 ウァサガが、背筋が冷たくなり、冷や汗が、流れるのを感じていた。彼女は、ドアの外で盗み聞きをする者がいないか見張っていた。

 彼女の脳裏に、パエラが学園で突然声をかけたことが思い浮かんだ。その時から、どうして?と訝しく思っていた。それが、今分かったような気がした。

 パエラが、北辺大公様に眼差しを向けていたことには、彼女は気がついていた。“あんなに愛してくれている婚約者である王太子様がいるというのに。”と呆れたこともある。彼のことを調べ始めた時は、協力しながら、“まさか、乗り替えるつもり?”とまで、少し心配になった。“今、考えると、あの方の危険性に気がついての行動だったのね。”と思うようになっていた。彼女と共に、彼の実体について調べたことも思い出した。そして、突然、彼女と交わした会話も思い出して、さらに戦慄した。

「まさか。私に…そこまで考えて…。」

 彼女はパエラに、

「どうして、親切な待遇をあたえるのか?」

と問うた。

「あなたの才能を国のために、使ってもらうため。」

とパエラは答えた。

「国のため、パエラ様に不利益になる使い方をするかも?」

「恩知らずと罵るけど、気にしないで。」

 “私は、パエラ様に不利益になることを選択する可能性もあったわ。でも。”ウァサガは、彼女に、彼女とアガレスに従う道を選んでいる。

 パエラと共に、ガミュギュンのことを調べた。その結果、彼女は彼が国にとって、国民にとって好ましくない、アガレスが進める道の方が好ましいと判断したからだ。あの時、パエラに頼まれなかったら、自分も私も多くの人のように、彼に期待する気持ちのままだったと思えた。“まさか、パエラ様は、そこまで考えて?”パエリヤに戦慄に近いものを感じた。

「私は、パエラ様の手のひらの上で…。」

と思わずつぶやいてしまった。

「外にも、聴き耳をたててる輩はおりませんでしたよ。」

 陽気に声をかけてきたのは、禿ネズミのバイエンだった。

「ま、簡易結界を張りましたが、ハイレベルの遠耳の魔法を使えるや輩にとっては、効果薄でしょうが。まあ、雑音程度にはなりますが。」

 “どう為された?”笑いながらも、彼女の様子を心配する風に見た。

「しかし、ウァサガ様は、王太子ご夫妻に、本当に愛されておりますな。羨ましい。」

「単に、御用を務めているだけ、使っていただいているだけです。」

 彼女は、自嘲気味な気分になっていた。

「能力を期待され、使ってもらう。それこそが、士が愛されるということですよ。」

“あ、なるほど。自分の能力をお二人は理解し、期待し、使ってくれている。パエラ様は、これからのために、私の能力が必要だと思ってくれている、評価してくれているんだわ!”彼女は、パエラとアガレスと共に、大きな未来に乗りだしていく自分を感じた。そして、自分の才を、外見や女としてのものではなく、見てくれる2人に感動さえした。

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