第17話 立ち合って下さいね。

「ここで、止めてちょうだい!」

 王太子アガレスの馬車を止めたのは、パエラだった。

 ダンスが終わるとともに、戸惑うアガレスの手を引き、彼の馬車に一緒に乗り込んで、そのまま彼の馬車をだしたのである。

「私の言うことにしたがって下さい。私を妻にとお望みなら。」

 振るえながら訴える彼女に、彼は逆らえなかった。

“止めるなら今のうちよ!”心の声か、理性の声か、良心の声か、悪魔の囁きかが聞こえるようだった。林の中で、第一王女の馬車が止まっていた。ウァサガが、パエラの外套を羽織って、即座に乗り移る。

「お兄様。義姉様。司祭様は、下の兄様が拉致して、お連れしてます。後から、駆けつけますから、しばし、連中を翻弄しますから。」

 彼女は、そう言って馬車の窓を閉めた。2台の馬車は、別方向に走り出した。

「第二王子様の館に。」

 パエラが命じた。そのまま馬車は第二王子の館に到着した。しかし、馬車は裏口から出た。それもパエラの指示だった。

「私の館に、かね?多分、王宮を挟んで反対側の別邸。」

 アガレスの言葉にパエラは、無言で、頷いた。アガレスは、後ろを見た。

「付いてはきていないようだね。」

 後ろを確認してから、あらためてパエラを見つめて、

「いいプランだよ。あそこは、見張りがついていないようだから。」

「え?」

 パエラは、そのことは知らなかった。移動を繰り返して翻弄して、意外な方向にあり、あまり知られてはいないからと思ったからだった。“やることはやっているのね。”少しまた見直したが、それなりにやっていても、あんな目になってしまう、ガミュギュンの力なに、また、恐怖を感じてしまった。“どうしよう?どうしましょう?立ち戻った方がいいのよ。”なのに、体が、口が勝手にうごいているようだった。

「よく弟妹たちを協力させられたね。」

 2人とも既に、彼女のガミュギュンとの内々の婚約の同意が為されていることを知り、彼女を裏切り者としか見ていたかった。ウァサガが、必死になって、隠れて接触し、説得したのである。

「こ、こ、これをお飲み下さい。」

 彼女は、彼の質問には答えず、水薬の入った筒を差し出した。禿ネズミ、バイエンから渡されたものである。錬金術師としても精通している彼が作ったというものである。アガレスが躊躇しているのを見て、躊躇するのは当然だった、パエラは意を決して、まず自分が半ばまで呑み込んだ。そして、無言で彼に差し出したので、彼も無言で受け取り、飲み干した。

「それで、一体何の薬かね?」

 パエラは、真っ赤になってもじもじし始めた。

「私の家の使用人のバイエンが錬金術で作った強壮剤、媚薬…だそうです。」

 だんだんとか細くなる声で言った。さすがに恥ずかしかった。

「司祭を前に弟妹達を証人にして結婚式を、そして、これを飲んで…。」

「それ、それでですね…初夜を…、ちゃんと迎えたことをヴァレファル王子様、マルバスア王女様に証人になってもらうのです。父達が、乱入してきたら…私達の激しい愛を見せつけて…。」

 アガレスは呆然となり、パエラは恥ずかしさのあまり下を向いた。全てバイエンの提案だった。

 アガレスとの婚約破棄を拒否しても、強引に結婚式をあげても、二人が関係を結んでも、アガレスとの婚約破棄を覆せないだろうと彼も言った。

「ですが、お嬢様。」

とバイエンは続けた。派手にやれば、活路は、見いだされるかもしれないと。強引な結婚式、もう殆ど行われていない初夜の確認、証人の立会をやって、さらに派手に愛の行動を見せつければ、渦中の栗を拾えるかもしれないと。さらに、お二人は初めて、ここ数日心労で疲れているから、強壮剤や媚薬が必要、また、スムーズにできる液が必要、それは自分が錬金術も極めた自分が用意しましょうとも言った。それに乗ったのである。北辺大公の元でも使えたことがあり、その監視網を撹乱する必要があると、指摘したのも彼だった。“まだ、間に合うわ。”と思ったが、彼女の行動を、自分への愛の深さからと心から嬉しく思っているアガレスの顔を見ると、その思いは後方に押しのけられるのを感じた。

 ドアを慌ただしく開けると、司祭とアガレス様の弟妹達が待っていた。

「司祭様。申し訳ありません!」

 アガレスが頭を下げ、それにパエラもならった。

「よいのですよ。お二人のお気持ちは、よく分かります。お気になさらないで下さい。」

 彼は、正装だった。二人の子どもの頃の洗礼式からの付き合いであり、人情家でもある彼は、パエラの計画に、第二王子達の強引なな要請に、快く従がったのである。

「さあ、皆様、私とアガレス様の結婚式の立会人になって下さいません!」

 パエラは、大きな声で宣言した。



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