第15話 同情したら駄目よ!破滅しちゃうのよ!

“ああ、この時間が続いては欲しい…。”父母や家臣達の渋い顔を振り払って、アガレスの館を訪れて、とりとめのない会話から今後のことまで話しを続けていた。今後のことに話が及ぶと、もう黙りがちになってしまうくらい、アガレスは、もう追いつめられていた。それでも、その沈黙を誤魔化すために、茶をすすり、菓子を食べる、また、は気分転換だと言って、邸内をまわり、彼の菜園で収穫したりする時間も楽しかった。

“そうだわ。あの時まで、いつもこんな気持だった。当然だと思っていた。”それを思い出して、彼に寄り添って、自然に頭を、彼の肩に預けていた。

「何時までも、このままでいたい。この瞬間がずっと続くと思っていた。」

 アガレスは、彼女の考えていることを口にした。彼の本心だった。本当なら、彼女のことを考えれば、彼女の立場を考えれば、彼女の来訪を断るべきだとは分かっていた。それでも、やって来てくれる彼女の心遣いを、無下にできなかったのと“彼女に甘えていた、彼女に癒してもいたかった。”そして、心の中で“ごめん。”と何度も繰り返した。

“ありがとう。いつも、まだ諦めないで下さい、と励ましてくれて。”アガレスは思っていた。その思いだけが、彼を何とか奮い立たせていた。

 パエラの方は、

“どうしてよ、どうしてよ?”と自問自答していた、体の関係が進んでいないか心配する父母の叱責を、適当にあしらいながら。“そんなことは、連れていっている侍女達が監視しているでしょう。”しかし、そこまで気持がいきかける自分もいることは、分かっていた。そして、他方で、

「何やっているのよ!バッドエンドを迎えたいの?」

と叫ぶ自分もいた。“私は、どうなっているの?三回もの人生から転生でもしたと言うの?それで、今4人になっているの?”頭を抱えざるを得なかった。

“頭を整理しないと。とにかく、ウァサガとアガレス様との密通は、なかったわけよね。だから、私はアガレス様への恨みはない、ということでいいのよね。”まず、その点を心の中で確認した。だが、そのすぐ後に、“だからって、彼と一緒にバッドエンドでいいの?”という自分の声も聞こえてきた。“アガレス様とバッドエンドを迎えた時はどうだったかしら、え~と、婚約解消しませんと頑張って、アガレス様の復帰を待ったのよね。ウァサガを手元に置いて。何故?‥優秀だもんね、才媛だものね。”“というわけだから、私がそばにいたって、アガレス様はバッドエンドであることには代わりはないし‥。”

「やっぱり!」

 そう口に出して、ガミュギュンの妻になることを、正当化しようとした。その他方で、“アガレス様を他の女に譲るつもりなの?あの方に、平気で刃を向けるの?恨みも全くないというのに?”という声も聞こえてくる。

「刃を向ける?」

 アガレスが、ウァサガを選んで、自分との婚約解消して、罪を着せるという芝居をした時は、そのようなことをする彼に失望して多くの者が去った。本当は、それを理由にして去った、勝ち馬に乗るために。恨み心頭のパエラも、社交界、サロンの場で、積極的に反アガレスに動いた。自分の家、一族、親族、関係者に夫に協力するよう強く働きかけた。“議会でも、集会でも呼びかけたわね。”それがどの程度効果があったかは分からないが。“あの時は、あの猿芝居はなかったけど、私は大人しく、ガミュギュンに嫁いだわ。”彼女の背信を理由に、多くの者がアガレスから離れた。離れる理由にした。婚約者ですら、見捨てたと。この時は、積極性にではなかったが、夫のために社交界での反アガレスの活動を行ったし、まだ迷う彼の支援者を説得しさえした。ガミュギュンの言葉を信じた結果だが、信じることにした、それを楯にした面もあった。しかも、ウァサガも自分の手元に置いて、彼を一人にした、孤立無援にした。彼の元に、誰も行かないようにしたのだ。“あ~、あの時も、ウァサガを手元に置いていたー!”その上、皆には隠忍自重を指示した。だから、辺境に幽閉されていた彼を助ける者はなく、彼が復帰した時には、完全に切り崩されていた。復帰後、彼とパエラとウァサガは、零から始めなければならなかった。その結果、全てが遅きに失していた。

「ならなら‥。」

 しかし、直ぐに、

「それで、夫に勝てると思う?」

の声が聞こえてきた。どの自分も不可と答える。惨めに若くして死にたくない!と思ってしまう。

 バッドエンドは嫌だ。

「だから、同情的なんてしたらだめよ!」

 ガミュギュンのオーラ放ちまくりの頼もしい姿が目に浮かぶ。しかし、ずっと過ごしてきたアガレスに離れがたいものを感じる。“でも、平気で…、ずいぶん悩んだけど、夫に嫁いだ私もいたわ!”そう思っても踏ん切ろうとしたが、

「あの時、ウァサガに奪われた気持を忘れたの?」

という声が聞こえてくるようだった。 

 どうしたらいいか、分からなかった。

「いっそ、アガレス様が強引に…、私が夜這いをかけて…あー、駈け落ちして‥。」

 前にも、口に出していったことがある。ウァサガが、呆れた、同情する、感嘆したという表情で、

「連れもどされるでしょうし、アガレス様に不利な形になるかも。アガレス様のことを思うお気持ちは分かりますが。」

と言われてしまった。

「あー、どうしよう?」

 そもそも、この記憶は何なのか?既に三回人生を送って、過去に戻ったのか?それまでの鮮明な記憶があるから、単なる夢とは思えない。知識が未来から送られたのか?

「お嬢様。ずいぶん、お悩みのようで。」

 彼女を見かねた侍女の一人が、もしかしたら、役にたつかもと思い、一人の、最近雇われた男を連れて来た。

“禿鼠よね?”

 目の前にいる男は、そうとしか見えなかった。30少し前、器用で色々なことに精通した、各地に、色々な仕事に就いてきた男である。雇われて半年ほど、大して重要視されていないが、重宝している。

「お役にたてるかどうか分かりませんが。」

 頭を下げた彼は話し始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る