第14話 やっぱりバッドエンドはダメよ!

“ガミュギュン様は、寛大な方だわ。名誉ある死を許すんだから。”

 パエラは、毒杯を捧げ持つウァサガと十名以上の護衛と侍女を従えて、アガレスのいるだろう部屋に向かっていた。最早、彼には死しかない。彼には、誰一人味方はいない。王太子の地位を剥奪され、辺境に飛ばされた時も、復帰した時も、彼は孤立無援の状態だった。それにはパエラの力も大きかった。彼の側近すら、彼の味方ではない。彼女の前を進む侍女達が扉を開いた。血生臭ささが、感じられた。部屋の奥の玉座にはアガレスが一人、剣を持って虚ろな目で座っていた。剣には血が流れ、おびただしい返り血を浴びていた。

「何ごとですの?この期に及んで、気が触れましたか?」

 パエラは、嘲るように問うた。

 中央には、宰相、大臣、側近、さらには侍女達すら血の海の中に倒れていた。まだ、息があり、うめき声を微かにあげている者もいた。

「毒杯か。もう少し早ければ、この者達も、死なずにすんだかもしれないな。」

 彼は小さく笑った。彼らは、早く彼が死ぬように、しかも首を吊って死ぬように、自ら首を吊らねば自分達が強制的にすると言い出し、迫ってきたのである。秘かに身につけていた短剣を両手で振るい、彼等の囲みを破り、玉座近くに置かれていた剣を取り、彼等を切りまくったのだ。彼の反撃を予想していなかった彼等は武器を持っていた者は僅かだったので、抵抗はしたが、驚いてしまって、一方的に虐殺されたのである。顔を皮肉っぽく歪め、

「まあ、俺が首を吊っていたら、こいつらは、自主的であろうと強制的であろうと、その非を責められて処刑されていたろうな。俺は屈辱的死を、こいつらは、主君に対する、そのような非道の行いによる死を、そして大公様は何の非も問われず、邪魔者を排除できた。それでも涙を流し、妻や家臣から責任はないと言ってもらうか?」

「もう言いたいことは、十分言いましたか?毒杯はここですよ。これも拒否して、私を殺しますか?」

 パエラは言ってやりたいことが幾つもあったが、言うのは止めた。あまりに多く、面倒くさかったからだ。毅然とした彼女を前にして、彼は剣を放り棄て、力無く玉座に崩れるように座った。

「毒杯をもらおうか。」

 ウァサガが差し出す盆から毒杯を取り、一気に飲み干した。

「お一人で、黄泉の国に迷わずに。」

 パエラは軽く頭を下げた。

「お一人ではありませんわ。」

 気がつくと、ウァサガが袂から小さな筒を取り出し、中身をごくごくと飲んでいた。

「何を?」

 二人は同時に叫んだ。

「パエラ様。ご恩に報いるために、ご命令に従ってきました。でも、アガレス様とは、交渉などを通じて、その真のお姿を知り、お慕いするようになりました。アガレス様、どうか、黄泉の国への道連れとして、妻としての道連れをお許し下さい。」

 彼女は、彼の前に跪いていた。

「ああ、ありがとう。」

 彼は手を差し出した。彼女はそれを握った。直ぐに、彼は目を閉じ、その目は二度と開かなかった。

「パエラ様。お別れです。」

 ウァサガは、頭を下げた。そして、あげた顔は、“私の勝ちね。”だった。彼女は、崩れるように、彼の体の上に自分の体を投げかけて、そのまま動かなくなっていた。

「大丈夫ですか?パエラ様。」

 心配気な顔のウァサガを見て、とにかく弱々しいが微笑みを浮かべたパエラは、

「あなたの言うように、アガレス様が静かにしていようとしても、それで無事にとはいかないわね。」

 パエラは、ウァサガにアガレスがガミュギュンに従うようにしていれば、無事にすむかどうか尋ねてみたが、彼女は自分が思うところではと前置きした上で、不可と結論づけた。アガレスは、彼が王となる上で邪魔なのだ。彼が王として目指すのが、聖人の治世であろうと、アガレスが言うように。そして、アガレスが王太子の座を引きずりおろされることは、もう止められない動きの始まりなのだと。“あの馬鹿女も、直ぐに分かったというわけか。感だけはいいから、あの馬鹿女は。”

「パエラ様のお気持ちを思うと、心が痛みますわ。どうしても、お二人をお助けする策を思いつけなくて。」

 パエラは、目の前の茶や菓子に手をつけることなく、項垂れていた。彼女を、パエラは頻繁に学園の自室に呼んでいた、最近。学園で、彼女は侍女まで連れた、ウァサガとは比べることができない広い特別室を自室として、平日は寝泊まりしていた。アガレスの異母妹マルバスア第一王女くらいである、学園の中で、彼女の部屋を上回る部屋で暮らしているのは。“あいつを助ける手段はないのね。”溜息をついた。“同情しても仕方がないわね。私まで、巻き添えになりたくないし…。大体、あいつの自業自得…え、違うか、本当に…2人は関係ない?”ウァサガをじっと見てしまった。それを、ウァサガは自分に、何とか救いを求めて、すがるようにしているように見えた。

「申し訳ありません。」

 再び謝るしかなかった。彼女の聡明な頭脳には、暗い未来が見えてしまっていたのだ。

「お二人のお幸せそうな日々を、お守りしたいと思うのに…。」

 唇を噛んでいた。“え?”

「私とアガレス様が、そんなに幸せそうに見えて?」

「ええ。いつも毅然とされているパエラ様がアガレス様の前では甘えておられ、アガレス様もホッとしているというか幸せそうな感じで…お側にいて羨ましい、妬ましいくらいですわ。」

 彼女は、穏やかな、温かく見守るような笑顔だったが、パエラの方は、まず、恥ずかしいと思った。次に“え?”と思い、“欲しければあげるわよ…いえ、やるもんですか…え、え?どっちよ?”と混乱してしまっていた。それも、ウァサガには、自分達のラブラブイチャイチャぶりを指摘されて、ひたすら恥ずかしなっていると思われていた。“少しは虐めて上げた方がいいわよね。あんなに甘い姿を見せつけているのだから、パエラ様は。”とも思うウァサガもいることに、ウァサガ自身驚いた。しかし、直ぐに、

「まだ、時間がありますわ。私は最後まで、お二人の味方ですから。」

と彼女は、パエラの手を両手で包み込んだ。

「ありがとう。」

“心細いのね、パエラ様も。何とか、私がお助けしたいのに。”混乱に疲れて、声が小さくなっているパエラに、ウァサガはそう思った。

 日々はどんどん過ぎていった。

 内々に、二人の婚約破棄後のことも話が進んでいるようだった。父母が、婚約式、結婚式やらの話をしようとしたが、彼女は

「私は、まだ、アガレス様の婚約者ですから、そのようなことは耳にすることも出来ません。」

と言って聴こうともしなかった。とは言うものの、それまで、

「義姉上!」

「義姉様!」

と学園では、見かけるとうるさいくらいに声をかけてきた、ヴァレファル第二王子、マルバスア第一王女は、すれ違っても無視するようになっていた。アガレスのことを同情するように、彼女に語りかける者もいた。彼女に攻撃的な態度をとる者は、ある時点からいなくなっていた。北辺大公ガミュギュンとの婚約、結婚の情報が流れているようだった。既成事実化され、外堀は確実に埋められていた。

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