第13話 バッドエンドは嫌よ!

 パエラは、混乱していた。彼女の頭の中が、心の中が、である。“選択は、一つしかないじゃない!勝つのは、彼なのだから。”

 何度も考えてみた。10歳以上の年の差をはるかに超える戦いの経験の差。14歳の時から、現れていた優れた武将としての才、語り継がれる彼の武功。実際に目の当たりにした彼の指揮、統率、決断ぶり。戦術、戦略、謀略に優れた参謀、軍師達。あの愛人達も軍人としての才は、認めざるを得なかった。彼は、何のかんのといっても、政治家としての大きさも段違いのように思われた。アガレスが、姑息に近い形で進めてはいる改革を、ガミュギュンなら、一夜にして完璧に実施することが、実施過程での問題が生じても、すかさず柔軟に対応できるような気がしてならなかった、しかも、繊細ほどに準備をした上でだ。

「謀略かあ。あの頃は、アガレスへの恨みで分からなかったけど。」

 全ては、正義に基づくように思えた。不義は彼にある、と思った。宰相も、将軍達も、側近も、彼を裏切った。寝返った。それは、彼の不義に、パエラを捨てて別の女に走ったことに、愛想を尽かしたからだと考えた。“全ては、あの男が策したのね。”金髪の、優しく、誠実そうなイケメンの顔が目に浮かんだ。彼が、正義を、正当性を説得した結果、アガレスは見捨てられたのだ。その彼が、

「あの魔女!」

と度々悔しそうに口にした名が、ウァサガだった。度々、彼の説得が覆り、彼の策が破れた。“彼女は私の手元に置いて、アガレスのところへは行かせないようにしてと。そうすれば、全ては早く終わる、犠牲も少なくてすむ。彼一人の犠牲ですむかもしれないわね。彼女に手伝ってもらえば、彼のまわりから、もっと人材を引き離せるわね。”“今回は、スキャンダルはないから、さらに手を打たないとね。彼らは、ガミュギュン様にとっても必要な有能な人材なのだから。”そこまで考えると、アガレスとウァサガとの間の不倫関係?はなかった、と認めることになる。彼を恨む理由がなくなると思った。心の中で、アガレスに同情する自分が、頭をもたげてくるのが感じられた。“どうしてよ?もう一人の私がいるの?”

 堂々巡りが続いて注意が散漫になっているのか、授業中に教師に注意されることがつづいた。

「あれってさ、婚約者が王太子でなくなることで悩んでいるじゃない?」

「あら、もう、とっくの昔に乗り替えたって話じゃないの?」

「もしかして、罪悪感で…かもね。」

「まさかあ~、そんな純情な女じゃないわよ。」

 そんな声が、彼女のまわりで囁かれた。

 …窓の外には、到るところで炎と煙が立ち上っていた。

「すまん、すまなかった。最早…これまでだ。もう君たちだけで逃げてくれ。君は、命は救われるだろう…。」

 目の前に、懇願するように語りかけるアガレスがいた。“私は利用価値があるものね。”とは思った。

「陛下。私の方こそ…お力になれず…。どうか、陛下の妻として死なせて下さい。このまま、天国に陛下の妻として連れていって下さい。」

 そう言って、パエラは彼の胸に顔を埋めた。“5年…長引かせただけか!”悔しかったが、悔いは感じていなかった。“あなたとともにいる幸せは、あの時とは、比べものにならないくらいでした。絶対、あの人生など望みません。”だが、“でも、何で…、どうして…、何が足りなくて負けたのよ!”

「国王陛下!王妃様!」

 ウァサガだった。

「申し訳ありません。私の力不足で。…扉は閉めましたが、突破されるのは時間の問題かと。」

 彼女の姿を見て思いだした。“あの時感じた、彼女の口惜しさが分かったわ。”

 2人の前で、ひざまずく彼女は、悔し涙をボロボロと流していた。

「今までご苦労だった。最後のお願いだ、毒杯を持ってきてくれ。君は、もう十分以上に務めを果たしてくれた。もう、君の夫の元に…。」

「そうですよ。あなたは、ここで死ぬ必要はないのですよ。」

「君への感状も書いて、そこのテーブルに置いてある。それを持って、早ここから立ち去ってくれ。」

 2人は、彼女に生きて欲しいと思っていた。しかし、彼女は顔を上げ、きっと2人を見た。

「あの様な裏切りをする男など、我が夫でありませんわ!いえ、あの様な男を夫にした、我が不明こそ、お詫びせねばなりません!一生の不覚です。そのような私ですが、どうか、お2人のお供をさせて下さい!」

 彼女が、震えるほど、声を殺して大粒の涙をボトボトと流しながら、差し出した盆の上の毒杯を、2人は手にとり、パエラはアガレスのそれと軽く乾杯するようにして、口に運んだ。自分を見つめるアガレスの顔が見えた。満足感を感じながら、視界がだんだん暗くなって、真っ暗となり…。

「大丈夫か?パエラ!」

 心配そうなアガレスの顔があった。

「パエラ様。大丈夫ですか?」

 ウァサガ達の顔もあった。頭の中は混乱していたが、

「だ、大丈夫ですわ。」

 アガレスの館にウァサガ達と訪問していた時、失神しかけたように足下をふらつかせて倒れかけ、アガレスに支えられたのだ。“何、今のは?別の未来?また、過去に転生?”

 彼女は、以前と変わらない態度でアガレスの元を訪れていた。彼が訪問すると、使用人達が居留守させてしまうので、彼女の方から訪れるしかなくなっていた。父からは当然文句を言われたし、

「パエラ様は、アガレス王子と親しげに会われているようですが、お立場を考えられるべきでは。大公様にも、貴家にも、パエラ嬢の名誉にも差し支えがあるかと思いますが。」

 北辺大公の王都の館の家老が度々申し入れてきている。学園でのことも文句を言ってきている。多分、スパイのような者を確保しているのだろう。

「私は、公式には、まだアガレス王子の婚約者です。今、態度を変えることの方が、皆様にご迷惑がかかるかと思いますわ。」

と反論して続けていた。“彼女はかなり心労を…。”とアガレス達は考えた。

“何よ、何よ!やっぱりバッドエンドじゃないの!絶対嫌よ!”

 

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