第9話 北辺大公の真実

「北辺大公様のご統治ですが…、いいにくいことですが…。」

 若い官吏は、口籠もりながら、口を閉ざすことはしなかった。

 若い男女2人の官吏が、彼女の部屋で国内政治の説明に当たっていたのであるが、たまたま国内政治の改革について言及され、なかなか進まないことに話が及んだ時に、パエラは北辺大公の統治について尋ねた。露骨に礼賛してしまうのははばかれたので、大胆さを評価するものの、考えられる限りの批判をあげた。

 若い女の官吏は、彼女の批判を肯定しながらも、その大胆さを評価し、彼のような手腕で内政改革を進めるべきであると熱く語り、現状のアガレスの政治のあり方への批判にも言及した。彼の大胆さを持って、全ての民が、名実ともに国民となる統治を実現すべきだと言った。中途半端な改革を中途半端に進める現状を嘆いた。パエラは、同感だったし、彼女の言葉を喜んで聞いていた。

 しかし、もう一人、若い男の官僚は異なった。

 軍政で、直接政策を実施するが、統治体制そのものは、従来の身分、団体、部族を通じた体制であると指摘した。また、機会を見ながら、少しづつながら進めているアガレスの統治を弁護するような発言をした。

 さらに、今だにかなりの金額が北辺大公領開発に拠出されており、援助なしには北辺大公領はやっていけないと指摘した。

「それは魔族対策用では?」

「そうよ。異なることを混同するのは、間違っているわ。」

 魔族との戦闘や援助金は、別途提供していること、自分の調べでは領内統治の赤字補填に使われていることを指摘した。その上で、

「北辺大公様のご手腕は素晴らしいものです。それは認める所です。各種族の女性を、愛人とされていることをはじめ、全てにわたり、配慮が到らないところがないことは素晴らしいことです。」

“え?愛人達?”

 穏やかな笑顔を維持して、論争を始めそうな2人を宥めて、王太子妃への授業を終わらせたが、心の中で、“愛人”という言葉が木霊していた。

「そんなことを言いましたか。」

 パエラに向かって、困った顔をアガレスが向けたのは、その翌日、彼が彼女を訪問した、というより、校門の前で彼の馬車が待っていて、2人を乗せて彼女の屋敷に、と言うものだった。パエラは、彼女の部屋に彼を連れて入った。彼女の部屋と言っても、彼女専用の小さな居間だった。小さいというのは、本来の屋敷の居間や母親が茶会などを催す部屋と比べての話である。手を引っ張るようにして連れて来られたのは初めてだったアガレスは、少し肩すかしを受けた感じだった。

「北辺には、どれ程の金や物資が送られているのですか?」

 座るやいなやの開口一番が、その質問だった。彼女の問いへの彼の答えは、侍女が茶と菓子を持ってきたので、中断された。侍女が部屋から出るまで、二人は当たり障りのない話に終始した。彼女が頭を下げて、部屋を出てドアを閉めると、詰問するように、

「どうして、送るのですか?どうして必要なのですか?」

“王太子妃として、国の財政を心配しているのか。”とアガレスは解釈した。

 それは、前国王が、ガミュギュンを北辺大公に封じた時に定めたのである。優秀な末息子が不憫でならなかった親心だったのだろう。

「そうではあるけれども、魔族の侵攻を阻止する上でも、あの地の開発は必要なことは確かなんだ。単に兵士を、軍を送り、駐屯させ、戦う場合を考えると、この費用ですまないかもしれないし、有形無形の効果もあるんだ。とはいえ、直接軍事関係の費用、魔族への融和対策費用、さらには亜人への対策費用とか、重なる費用が北辺には、北辺大公にはかかっているから、宰相以下不満が大きい。国の財政全体に占める比率も大きい。豊かな東南地域の富が流れているという不満も大きい。支出明細がはっきりしないこともある。北辺大公からは、これでも不足している、他の不足する費用が北辺領での富で賄われている、有形無形の利益が他の地域に流れていると、半ば恫喝されることもあるよ。毎年苦労するよ。どちらにも理があることではあるからね。」

 その溜息は、実感がこもっているようだった。税金などは、議会で審議される。議会の同意が必要だからだ。だが、国の支出の中身は税金徴収の関係で議会でも取り上げられるが、全てというわけではない。まして、国の歳入歳出が公表されることはない。色々な関係で流れるが。パエラは、アガレスから内々のことだよ、と釘を刺された上で聞いた、額と国の支出全体を占める比率に驚いた。

「そんなに!」

 絶句するパエラに、アガレスは自分の苦労に対するものと勝手に思い込んだが、パエラは、自分が信じていたものが、色褪せるのを感じてショックだったのだ。“分からなかった?…、北辺領には、結婚数か月後に、2か月くらい…、次は内戦勃発後の数か月、あとは…、王都にいる方が、もとい、王都で留守を守っていた時の方がずっと長かったわよね。彼の政治的立場を守るためにも、王都での私達の拠点をためにも必要以上だったから…。だから…、分からなくてもしかたがないわよね。”心の中で弁解をした。

「北辺大公様は…、ところで、大公様は、30を過ぎておいでですが、まだ独身ですよね。幼い時から婚約者の方が決められていなかったのですか?」

 ふと、関係ないが思いついたという風を装って尋ねた。アガレスは、訝しく思ったものの、表情にでるのを抑え、

「いたそうだが、まだ小さい時に、流行病で亡くなったそうだ。その後、一人が決まりかかったが、この方も流行病で亡くなってしまったそうだよ。」

「立て続けで亡くなられては、縁談を望むところもなくなるでしょうね。」

 しみじみ同情したが、

「いや、結構あると聴いているよ。ただ、大公が乗り気でないだけの要だ。」

「では、ずっとお一人で?」

“一番肝心なことよ!”彼女は、アガレスの解答に、神経を集中した、ひと言も聞き漏らさないために。

「まあ、愛人はいるね。5人と聴いている、実際に見たのは二人だけだが。四人が亜人、人間は一人だし、元々士官として、文官として大公の傍にいて…。」

「どういう方々ですの?」

「気になるかい?」

 笑顔だが、心なしか嫉妬で顔が引きつっているように見えた。慌てて、

「アガレス様も、内心は同じかもしれないので、興味がでましたの。」

「う、う~ん。」

 彼は、そんなに知らないが、と言って説明した。かれが直接見知っているのは、オーガとエルフの士官で、オーガにしてはやや小柄の金髪。もう一人は、ハイエルフと他のエルフ族との間のハーフで、エルフとしてはやや長身の銀髪の、どちらもグラマーな、人間から見てもかなりの美人だという。しかも、亜人女4人は人間の血が流れており、人間の女には、魔族の血が流れていた。

“あー!あの二人!”

 彼が話だけでしか知らない3人は、魔族の血が入った人間と妖狐族の女も武官、文官はドアーフの女。

「だと聴いているけど、まあ、北辺領は軍事体制だから、文官と言っても、一般の文官から見れば立派な軍人だけどね」

“ドアーフ?あいつだ!魔族の血がって…、あの時の女じゃない?狐耳…見覚えがあるわ~。”

「気になるかね?」

 アガレスは、再度窺うように、皮肉っぽい笑顔で尋ねた。

「ええ…。大変興味深かったですわ、それにとても参考になりましたわ。…アガレス様は大丈夫ですわよね?あちらにも、何回か行ってますから、ま~さか~、どこかに馴染みの亜人の美人とか~。」

 アガレスは、少し慌てながら、半分安心したような表情になって、

「大丈夫だよ。大公から笑われるほど、そちらの方は、なかったよ。」

“僕のことを心配したんだ。”“まあ、単なる愛人程度は度量を持って…あれ、途中でこいつのことを心配していた?もう、どうしてよ~。”

「戦場で芽ばえた…という感じだが、まあ、結果としては最適な…だな…。一夜限りで終わらせない、ちゃんと一応責任を取り、身分は悪くない、亜人は人間の血をもひき、人間は魔族の血を受けている、それでいて部族長の娘とかではないが、それに準じる家の娘だし、、かつ、有能だし…最初から考えていたと思わせるような…。微妙なバランスをとりながら、自分に好感をもたらす…。」

 そこまでアガレスが言ったところで、我慢出来ないという感じでパエラは顔を突き出した。

「どんな理由をつけても許しませんからね、愛人なんて。アガレス様!」

 “近い!”“しまった!近づき過ぎた!”

 そのまま、惹きつけられるように唇を少し開いて、顔を近づけてしまった。“止まらない!”舌が何故かだしていて、舌の先を絡ませながら唇を重ねた。

“大丈夫だよ。”“ほんとうですよね?”二人の心が繋がる感じがした。パエラは、アガレスの唯一の存在だということを彼に願っていた。“え?何考えているのよ!”と思ったが、唇を引き離せなくなっていた。何時までも舌を絡ませていたい、今が永久に続くように感じてしまっていた。

 その二人の唇が離れたのは、ダビ公爵がドアを開けたからだった。

「殿下。お出でいただいて…。」

 





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る