第5話 本当にこの女とは関係はなかったのかしら?
「ウァサガ?ああ、あの娘か。ビデ伯爵家の。彼女の表彰式の時だけだよ、会って話したのは。ただ、その表彰式が何度もあったからね。でも、彼女がなにか?」
パエラは、休日の午後、彼の邸宅にお茶に呼ばれて、その庭園の一角で、2人は向かいあって座っていた。彼女は学生服を、彼は士官服を着ていた。
「いえ、我が校始まって以来の才媛。国のためにも、知っておきたいと思いましたの。」
事前に考えていた理由を口にしたが、二人の関係を聞きだそうとしてのことだった。簡単には、口を割らないだろうが、少しづつでも尻尾を掴んでいこう、と考えだった。
「彼女は、小さい頃に父親をうしなったんだが、親戚の何人かと彼らに内通した使用人達に財産を奪われて、伯爵家とは言いながら、母一人娘一人、貴族の、伯爵家の体面など言ってられない貧窮生活になってしまったそうだ。母親は、かなりしっかり者で、何とか頑張って彼女を育てたが、3年くらい前から、病気がちらしいよ。幼い頃から、頭も良かった。母親もそれで家を再興させたい、彼女もそのために頑張ろうと思い、猛勉強、母娘二人三脚で頑張って、学費無料の特待生となり、入学後は各大会で賞を総なめしているわけだ。」
彼は、感心するよ、という顔にで語った。流石に面白くなくなった。
「よくご存知ですこと。まるで、ずいぶん親しそうではありませんか?」
自分でも、嫌みが分かるくらいだなと感じた。
「あれ、君も私同様嫉妬しているんだ?」
少し面白そうに、少し意地悪く笑っていた。
「誰が嫉妬なぞ…。て、アガレス様が私に?」
自分がそのようなことを、疑われる覚えはなかった。
「北辺大公を、うっとりとして眺めていたじゃないか?」
“バレていた!意外に目ざとい、こいつは!”
「見つめてはいましたが、そのようなことを言われるようなものではありませんわ。」
「では?」
“くっそ~!”
「アガレス様が、その武勇などを褒めていたので、その方が…と思っていた見ていただけです。私の気持ちを疑うなんて、信じられませんわ!」
抗議するような表情を向けた。アガレスは、少し疑わしそうだったが、いつもの穏やかな表情に戻り、話を元に戻して、
「彼女の親戚に聴いたんだよ。財産を奪う親戚達もいれば、その彼女達を助ける親戚達も使用人達もいるんだよ。彼らも大したことはできないが、色々とできる範囲で援助しているようだ。彼女は、賞金の大半は母のために、親戚達への僅かばかりだが、お礼に使っているそうだ。残りは、本代だそうだ。ひどい節約生活は、変わっていないそうだ。」
いったん言葉を切って、
「彼女には同情はするし、彼女の才能が生かせればと思うが、それだけだよ。君に嫉妬してもらえる名誉をもらえるものではないよ。」
そして、彼女の手を握った。“婚約者の君しか見ていないよ”と言うように。一応、微笑んで、に握り返して、和解したが、“そんなわざとらしい笑顔に誤魔化されませんわ。かつての“今”とは、違うの!”と心の中で悪態をついた。彼の顔は、信頼できないようにしか見えなくなっていた。それがまた、少し寂しくはあった。時々、あれは夢、リアルで長い夢が実際は僅かな時間眠っていただけの間のもの、という話もあるではないかとも考えた。だが、何故か、過去に戻ったということを確信してしまっていた。どんなに夢がリアルでも、目が覚めるとどんどん希薄になってしまう。しかし、実体験のように、全く記憶が薄れないのである。何故とは、思うものの、もう一度体験していると確信していた。
ウァサガについては、あの日から、注意深く見ていたが、また、自分の取り巻きの一人に監視させもしたが、アガレスとの接触は、その尻尾すらつかめなかった。
「あの娘が?兄のそばにいるところをみたことはないですが。」
パエラの一つ上の第二王子ウァレファル、ひとつ下の第一王女マルバスアも、答えは同じだった。それとなく、尋ねてみると。父のルートで、調べてもらったが、やはり尻尾は掴めなかった。
「パエラ様。どうして、私なぞを招待されたのですか?」
ウァサガが、パエラの屋敷の彼女の私室に、菓子と紅茶が並ぶテーブルを挟んで、彼女の向かい側に決まり悪そうに座っていた。たまたま、彼女がある侯爵、伯爵令嬢のグループから虐めを受けていたところに出くわして、助けて彼女の屋敷に連れて来たのである。
“アガレスとの関係を聴き取るため、とは言えないわよね。”
ウァサガの方は、公爵家令嬢のパエラが自分をわざわざ、お茶にまで招待したことを訝っていた。
王族に次ぐ身分で、学校内でも特別待遇であり、取り巻きが常にいる。とはいえ、凛々しく、立ち居振る舞いは気品があり、遠くから見ても美人だと分かる女性ではあるが、身分に驕った、高慢な態度も弱い者いじめ、身分の下の、立場の弱い者を虐げることもなく、対応は常に誰にでも丁寧、優しくである。それでいて、なかなか活発で、武芸等にも熱心である。ウァサガほどでないが、学業も優秀である。身近に初めて座り、少し憧れる気持が抑えられなくものを、ウァサガも感じていた。決して、彼女が庶民的とか、誰にでも平等とかいうところはないのだが。
自分とは違い全てを持っている存在、凛々しいとさえ思える姿、その華やかなオーラを、遠目に羨望の眼差しで見つめた、憧れと嫉妬も交えて。王太子は度々、彼女に会いに、学校まで訪れる。彼が、遠征や視察から帰ったことを真っ先に知ることができるのは、この学校の生徒だと言われる由縁である。度々、その彼から賞状等をもらい、お褒めの言葉をもらった。優しそうで、高貴さと誠実さを感じた。弁論大会や学術の大会等はともかく、学年、学園の最優秀学生への表彰等になると有力者の子弟を優先することが多いが、アガレス王太子は、やんわりとそれをたしなめた結果、毎年自分が賞状、記念品、金一封をもらっている。その彼も、身分をうるさく言わないが、決して庶民的という人間ではない、現にウァサガは腐っても伯爵令嬢なのだ。彼の態度は、父国王の代理で政務をとっている中での、微温的な改革に終始する態度そのものだと、彼女は心の中で批判していた。ちなみに、パエラの父公爵は、ガチガチの守旧派である。経営手腕は、意外と進歩派にも見えるのだが。その彼が婚約者のパエラのもとに喜びいさんでやってくる。あのパエラが、彼に甘えたように振る舞い、彼は嬉しそうに彼女を甘えさせている。羨望と嫉妬、そして微笑ましさも感じていたものだ。
「まあ、まずはテーブルの上のものに、手を出していただけませんかしら?」
“なんて言ってごまかそうかしら?”静かに深呼吸をした。
「我が校、というより、国一番の才媛の方とお話しをしたいということですわ。同じ学年でも、今まで、ゆっくりお話しもできませんでしたから。」
いったん言葉を切った。“う~ん?”
「それから。」
「それから?」
ウァサガは、興味半分、期待半分、不安半分で、次の言葉を待った。
「国のため、王太子様の婚約者としての義務とも言えますかしら。」
「?」
「私には、自分で自由になるお金などはあまりないのですよ。だから、こうしてあなたにお茶とお菓子をご馳走して、あなたとあなたのお母様のために、お土産のお菓子を包むことくらいしかできません。甘いものは、心の栄養とも言います。心が元気になれば、頭もさえますし、病気に打ち克つ力を助けます。そういう形で、あなたに投資する訳です。」
パエラの長々とした説明をじっと聴いていたウァサガは、少し嶮しい表情となっていた。
「菓子で、パエラ様に恩義を感じろと?」
「少しちがうわね。」
いたずらっぽく、試すような表情を作り、それから真面目な顔になり、
「その分、国と民のために、あなたの才を使ってということかしら。」
ウァサガが、皮肉っぽい表情を浮かべて、
「国のためですか?もしかしたら、パエラ様のためにはならない行動を取ることになるかもしれませんよ?」
パエラは笑って、
「かまいませんわ。まあ、この、恩知らず!と叫ぶかもしれないけど。あなたは、パエラ様、お許し下さい、でも、パエラ様の恩義を感じてのことなのです、と心の中で言っていればいいのよ。」
パエラは、身振り手振りで、芝居がかって、怒る自分と心の中で許しをこうウァサガを演じるのを見て、ウァサガも笑い出した。パエラも、それを見て笑った。“あなたには、本当に苦労させられたわよ。これで、奴について行こうと思わなくなってくれれば、国にも、民にも、私にも大助かりよ。”
そう思った後、“あれ?これでは、彼女のでまかせを信じていることになるじゃない。”ひどく悔しくなった。“そんなこと、如何だっていいんじゃない!奴が1日でも早く死んでくれた方が私に
も、国にとってもいいことなんだから。今から、内助の功をしてるのよ。うん、そうよ。”
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