第3話 もう一つの歴史が…

「パエラ、大丈夫かい?」

 心配する声が耳に入ってきた。

「大丈夫ですわ。」

と顔を上げると、いかにも心配だという顔のアガレスの顔があった。彼女は顔面が蒼白になり、体は膠着してしまった。動揺して、足がふらついてしまった。

「誰か!パエラが大変だ!」

 アガレスが人を呼んだ。その声に応えて、足音が、そしてドアが開く音が。

「王太子様!お嬢様がどうなさったのですか?」

 聞きおぼえのある女の声。

「分からないが、一瞬気を失って目を開けると、蒼白になって…そして、震えているんだ。」

 オロオロするアガレス。

「王太子様も落ち着いてください。」

 そういう声も、オロオロ気味だった。

「お、お嬢様、大丈夫ですか?」

 男の声だった。その声にも聞き覚えがあった。

「直ぐに、寝室に連れていけ。医者も呼べ。それから、からだにいい飲み物を用意しろ。」

“大丈夫よ。”と言いかけるのだが、その度にアガレスの顔を見て、気を失いかけてしまう。その彼にお姫様抱っこで抱きかかえられて運ばれると、それだけで気分がひどく悪くなった。“何がどうなっているのよ?”という混乱と“殺される?”という恐怖感が交差して、息苦しいほどだった。とにかくベッドの上に寝かされ、あまり周りで騒いでは、ということで、アガレスをはじめ大部分が部屋を出て、ようやく彼女は落ち着いた。

「お嬢様。大丈夫ですか?お茶か、ジュースを飲みますか?」

 心配そうに、それをのせた盆を持って、顔を近づけたのは、彼女の侍女だった。ずいぶん若く見えた。“私の寝室?私の家、本宅?”混乱している頭を、何とか整理しようとした。薄目を開けて、気づかれないように周囲を見る。“私の寝室?そうよね。でも昔の?”彼女が好きだったぬいぐるみや人形があった。それらがあるのは、結婚前、北方に、北辺大公、ガミュギュンの所に嫁ぐ前のことだ。“過去?夢?夢にしてはリアル過ぎる。匂いも、…痛さもある。”爪を手の平にたててみた、唇を噛んでみた、痛みを感じた。“じゃあ、過去に戻った?馬鹿な、そんなこと?”心臓の鼓動が早く、大きくなるのが、はっきり感じた。

「どうしたのでしょうか?」

「やはり再洗礼式で疲れたのだろうか?思ったより、はるかに多い人が集まったし、彼女はその全てに祝福を与えていたから。」

「しかし、先程まで、とてもお元気そうでしたが。」

「緊張が解けて、疲れがどっと来たのかもしれない。それに気が付かなかったとは。」

“再洗礼式?じゃあ、私は、今、16歳?”再洗礼式は、幼児の際に行われる洗礼式は、本人の意志ではないことから、判断力と本人の意志が確立した時点で、あらためて洗礼を受けるのであるが、何時何歳の時受けるかは決まっていないが、16際でというのはやや早い。それは、政務や軍務の都合で遅れていたアガレスが再洗礼式を、この日受けるので、それに合わせたのである。王太子のそれ、ダビ公爵家のような国内随一の大貴族令嬢のそれは、色々な事情から事前に予定を組んで行われるものだからである。大規模、豪華にならざるを得ないし、人々が押しかけるし。そして、将来の王太子妃としてアピールするためにも、二人同時に再洗礼をという思惑など、色々な事情が重なっていた。“あの日は、確かに凄い人、人だったわね。”王太子と将来の王太子妃と同じ日、同じ教会の再洗礼式という者は多い。公表しているわけではないが、どういうわけか、どこで知ったか、聞いたのか、上から下まで押しかけてくるのである。教会も教義の建前上、庶民のそれすら拒否できないし、まして、王太子とその婚約者に近い位置でと金を積む有力者の面々はなおさらである。王族から祝福の一部を与えられるということもあり、子どもを連れた庶民がどっと押し寄せる。言葉をかける、子供の頭を撫ぜる、微笑む。“かなり疲れたわね。”彼女は思い出した。“過去に戻っている。”と認識がまとまったため、少し落ち着いた。

「だ、大丈夫ですから。もうだいぶ良くなりましたから。ご心配かけて申し訳ありませんでした。」

 半身を起こして、微笑みながら言ったのだが、まずは医者に、大事を取って寝ていた方がいいとか言われてしまった。アガレスに到っては、駆けつけた医者から、特に悪いところはない、用心のため安静にと言われたのに、後の予定はキャンセルして看病すると言いだした。

「心配したよ。」

とベッドの横で、心配そうにパエラを見つめるアガレスに、“あの頃は、この顔を信じていたのね。”今は、それが仮面で、その下に別の思いを浮かべた顔があるように思えてしまう。

“でも、どうして過去に?”冤罪やら裏切りやらで殺されることになり、その恨みから、あるいは後悔から、過去に戻って復讐、やり直しをする話はあるが、自分にはそれはないと思った。幸福な未来、ハッピーエンドから、なんで戻るのか?全く分からなかった、理解できなかった。“ウァサガの言葉?”あんなもの気にしていないと思った。“選択の余地なんかないじゃない。”



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