第2話 万に一つの勝利の可能性
堂々とした体格だが、決してそれが、その甘いマスクを台無しにしてはいない、かえって絶妙なバランスを保っていた。知将、猛将、名君、カリスマ性など全ての英雄のオーラを纏わせている見事な金髪の男が、前国王の歳の離れた弟であり、北方辺境で、異民族、魔族から国を守り、赫々とした勝利を得てきたガミュギュンだった。
「敗者の恨み言などを気にする必要はないよ。」
そう言って、後ろから優しく抱き締められると、それだけでパエラは落ち着く自分を感じた。
「すまない。反逆者の処刑に立ち合っていて、遅くなってしまった。一応、私の甥ではあるからね、見届ける必要がある。」
「はい。分かっております。それで、どのような最後でした?」
「押さえつけられて、打ち首になった。惨めな最後だったよ。憔悴し、諦めきった、あらがう気力さえ失って、首を落とされたよ。」
パエラは、頷いたが、表情は満足そうでもあり、不安そうでもあった。彼は、ウァサガをきっと見据えた。
「奴は破れたのだ。敗者なのだよ。最初から無謀だったのだ。君は、少しでも勝つ見込みでもあると思ったのかね?」
彼女は、唇を噛んだ、いかにも悔しそうに、無念そうに
「億に一つの勝利の可能性もなかったでしょうね。」
と呟くように言った。しかし、ガミュギュンが、満足げに肯くのを見ると直ぐに、
「私が、あれから半年後ではなく、直ぐに駆けつけていれば、10万に一つの勝ちもあったかもしれないわ。」
きっと、彼を見据えて言った。
「半年で、どんな謀略をはかることができたというのかね?魔女さん?」
余裕で揶揄った。悪徳の簒奪者の傍らで知恵をつけ、操り、謀略の糸を張り巡らした魔女というのが、彼女のイメージだったし、そう呼ばれていた。
「あの方のまわりには誰もいなかった。全て、ご自分でやるしかなかった。手助けできる者が1人でもいれば、半年それが早ければ、有能な者が1人多く、勇敢な者達が10人多く得られていたわ。1人増えただけで、その後は累進的に増えるわ。戦力比は、三乗に比例するわ。だから、億に一つが10万に一つにもなるわ。あー、私が母の元にあれ程頻繁に訪れなければ、万に一つの可能性になったわ。」
しかし、ガミュギュンは鼻でせせら笑った。
「それでも、ほとんどあり得ない可能性だね。」
ウァサガは、いかにも悔しそうに、
「その通りですわ。私の無力さ、力の無さが恨めしい。私がもう一人、謀略家のもう一人の私がいれば…、もう一人軍事に秀でた私がいれば、千に一つの…。」
言葉が続かなかった。
いかにも悔しそうに、無念そうな彼女を見ているとパエラは少し気分が良くなったが、反面、何故そこまであいつのことをと、改めて思った。ガミュギュンは、また笑った。
「あり得なかった、あり得ないことを言い続けるのは、あまりにも哀れだぞ。」
強く噛んだせいか、彼女の唇から血が流れていた。ガミュギュンが目で指図した。兵士が、彼女を引き立てようとした。
「一寸待ちなさい。」
兵士もウァサガも動きを止めた。ガミュギュンは、不満そうな顔だったが、何も言わなかった。
「何故、あの男は、私に、婚約者の私に何も言わなかったのよ?」
少し言葉が震えていた。
「そんなことを、相談できる出来るお方でしたの、アガレス様の元婚約者様は?あの方の苦悩も気づかなかったのに。ただ、ただ、お側で甘えるだけの婚約者様。もし、アガレス様が、言っていたらどうされましたか?あの方に最後までついて行くと言いますか、王太子ではないあの方に関心がまだおありでしたか、元婚約者のパエラ様は?」
完全に嘲笑っていた。しかし、急に表情が変わった。よく見ていた、冷静沈着理性的な顔だった。
「あなたが、あの方の相談に乗り、あの方について行くとすがりついていれば、万が千…いえ、もしかしたら勝っていたかもしれませんね。私の負けになるでしょうが、その場合の私はそれを知ることはないでしょうから…、そうであれば、このようなご無念は…」
最後は、悲しそうでもあり、夢見るようですらあった。しかし、すぐに皮肉気な表情になり、
「でも、あなたはそうはならなかった、そうしなかった。私達は敗れた。でも、私は勝った。」
胸を張りさえしています。
ガミュギュンの目を見た、兵士達は、急いで彼女を乱暴に引き立てていった。奴隷の刻印をこれから押すのである。
背を向けた彼女から、“あなたが、あなたが、あの方を支えていれば、あの方は死なずにすんだのよ!馬鹿、馬鹿、糞馬鹿女!”という心の叫び声が聞こえてくるようだった。
「大丈夫かね?」
椅子から、崩れかけたパエラを支え、気遣ってガミュギュンは優しく語りかけた。
「あのような者の戯れ言など、気にすることはないよ。私達がすべきなのは、この国を再建し、よくすることなんだ。」
「分かっておりますわ。」
弱々しく、答えるので精一杯だった。
それから1時間後、再度ウァサガと話しをしたいと思ったパエラは、彼女がその直後、パエラの視界から消えた後、罪人の奴隷の正式な刻印を押す前に、兵士達に寄ってたかって凌辱され、打擲されたの末に、槍を股から脳に突き刺されて殺されたことを知った。その報告をした女官は、その詳細を、彼女が望むだろうと考えて、ざまあみろという感じで話した。そして最後に、
「これで、あれだけ太く、長い、固いもので貫かれましたから、あの淫乱女も満足したことでしょう。」
と付け加えた。
それを聞き終わった後、彼女は気を失った。
もちろん、彼女は少しして無事に目覚めた。王位を狙い、国外に逃れて抵抗を続けようとした彼女の元婚約者の弟と妹はほどなく鎮圧され、処刑、その際、
「この売女!死んでも呪ってやる!」
「一時でも、あなたのような糞女を、兄上の妻として、将来の姉と思って、慕った自分が恥ずかしいわ!」
と罵りの声をあげたという。前国王の愛妃とその子は、反逆と前国王に対する不貞行為で断罪、処刑された。国内は、統一を取り戻した。
パエラは立派な王妃としての短い生涯を送った。30過ぎたばかりという年齢で生を終えた。若々しさをほとんど失うことなく、美しかったという。国王は、数人の愛人は持ったが、彼女への愛の深さは変わるものではなかったとも言われている。
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