今度はあなたから離れません!
確門潜竜
第1話 ざまあして目出度し目出度し…ではなかった?
「すまない。こんな運命に…、君を道連れにして…。」
元国王、簒奪者、偽国王、暴君アガレスは、乱暴に引き立てられながらも、王妃、妻、売女、ウァサガの方に何とか首を曲げて、振り向いて、涙を流しましながら、詫びるように頭を下げた。
「僅かな間でしたが、あなた様の妻で幸福でした。」
縛られ、正座させられ、かつ押さえつけられていたが、必死に頭をあげ、彼の方を見て、はっきりとした声で言った。そこまでだった。彼は荒々しく連れて行かれ、彼女は地面に頭を押さえ込まれた。
男は処刑されるが、女は命は長らえることになっているものの奴隷におとされることになっている。しかも、多分、嗜虐的な性奴隷となり生き地獄を味わうのであろうことは確実だった。
一段高い場所に座り、2人を見下ろす、ソロ王国王妃パエラは、この2人に同情などはしていなかった。“当然だわ。”としか思っていなかった。
しかし、死を前にして、女のことを心配するばかりの男の姿に違和感を感じた。“あの馬鹿で、愚か者、最低男が、最後の場で、群衆に罵倒、投石を浴びながらも妻のことを親身に思う態度を取り、処刑直前に、こんな態度を取るなんて、とても信じられないわ。”少しショックを受けた。癪だった。最後の最後まで命乞いをし、自分の同情を買おうとする姿を期待していたのに、である。
“私を無実の罪で断罪し、婚約破棄をして、こんな女と真の愛を見つけたなどとほざいた男がこんなことをするわけがないわ…でも、でも、現実に…。”パエラは、長身で、見事な黒髪とスリムではあるが、バランスを崩さない程度に大きなバストとくびれたウェストと形の良いヒップが、清楚ながらも、匂うほどの色気を発散している美人だった。対するウァサガは、今は汚れきっていたが、見事な金髪の豊かなバストの小柄な体の、パエラとは対称的な美人であった。ウァサガは、その彼女の思いを感じ取ったのか、
「パエラ様は、アガレス様が婚約破棄をした真の理由をご存じなのですか?」
叫ぶように言った。慌てて、兵士がさらに地面に押さえつけた。
「真相とはなにも、お前と奴が、婚約者である私の目を盗み密通し、あの日私がお前を虐めたといういう無実の罪で私を断罪し、お前を伴侶に選んだだけのことではないか?」
なにか言おうとする彼女を、兵士が必死に押さえる。
「よい。奴隷に墜ちて生き地獄を味わう前に、言いたいことを言わせてやろう。話しをさせよ。」
兵士はその言葉で、押さえる手を緩めた。
「やはり知らなかったのですね!それなら、私の勝ちですわ!」
ウァサガは、パエラの方を見据えて、傲然と勝ち誇るように、はっきりした口調で言った。また、押さえる手を強めようとする兵士をパエラが無言で制した。
「あなたが真相を知っているなら、あの方を憎んでいたことになる。そのあなたから、あの方を守れなかった私は敗者。でも、あなたは真相は知らない。だから、あの方から真の愛をいただけた私は勝者なのよ!」
「なにを言ってるの!」
パエラは声をあげた。
「私はあの方と密通などしていなかった。私は報酬で、あの役を引き受けただけ。父の死後、親戚に財産をだまし取られて、伯爵家とは名ばかりの貧乏生活の中、病気がちなお母様を少しでも楽にしてあげたかった、その一心だったのよ。だから、一生外国で遊んで暮らせるだけの報酬と新しい経歴を作って生活出来るという条件に飛びついたのよ、私はあの三文芝居に!あの方は、婚約破棄はしたくなかった。でも、しかたがなかった。あなたのために考えたの!それはあなたの父親も、あなたの夫の王位簒奪者も、前国王様も了解の上のことだったのよ。国の平安のために、自分一人が犠牲になればいいと言うあの方を、流刑に処すことで全てを解決したの。私は、あまりのあの方の優しさを知ってから、あの方の下に飛び込んだのよ。前国王様の暗殺とか濡れ衣まで着せられ、罪人のように処刑されたあの方こそ、純情な、善良な方だったのよ。そんなあの方を支えることができて、愛を受けた幸せは、これからの生き地獄などものとはしないわ!私はあなたに勝ったのよ、アガレス様の元婚約者様に!」
言葉に詰まって、怒りで真っ赤になったパエラだったが、直ぐに我を取り戻した。小さく深呼吸してから、
「さすがに、王立貴族学院始まって以来の才媛にして、学費免除生活資金給付の特待生、各種の大会で優勝、賞金総なめしただけはあるわね。その体と頭と弁舌で、多くの者を騙して…苦戦させられたわね。」
「私は大したことはできなかったわ、なにが才媛よ…。多くはあの方の力…。」
それは後悔するような感じだった。
「何を、あの好色漢が。女達を何人も侍らせ、気に入った女を見つけると、少女だろうと、人妻であろうと引き立てた男にそんな能力があるはずはないでしょう?学友の多くがお前とあの男の逢い引きを証言しているのよ。」
嘲笑って見せたが、
「そんなお追従の言葉を信じるとはね。あの方のことが、まったくわかっていなかったのね、物心ついた時から、あの方と親しくしていたというのに。それに、魔法なんか使わなくても、人は記憶を変えてしまう、虚構の記憶を作るものなのよ。それに、あの方がそんなだったら、私は愛想を尽かしていたわよ!」
睨みつけていた。その迫力に、つい目を背けた。そして、話題を変えようとした。
「大体、婚約破棄をしたくなかったと言うなら、なんで偽の恋人まで雇って、三文芝居をする必要があったのよ?」
声が心なし小さくなってしまった。ウァサガは、溜息をついてから、
「あの馬鹿女が、自分の子供を王太子にしたかったからよ。」
パエラにも分かった。前国王の晩年の愛妃のことである。小柄で、可愛い美人で、かつよく気がつき、利発な女だった。彼女は確かに、自分と前国王との間に生まれた男の子を、王太子にしようとしていた。アガレスが婚約破棄をしたために、彼が辺境に追放された直後、王太子になっている、その子は。1歳になったばかりの王太子だった。その後、アガレスが赦されると、次期国王はアガレス、その子はアガレスの王太子となることが決められた。14歳になれば、王位が譲られることにもなっていた。
「前国王様が彼女に逆らえなくなっていたのよ。王太子の座を譲れと、日々圧力をかけられていたのよ。あの方は、自分を犠牲にして、平和裏にことをおさめようとしたの。」
また、大きな溜息をついた。パエラは、その態度に苛立った。
「それで、どうして、私が断罪されて、婚約破棄される屈辱を味合わなければならなかったのよ!」
立ち上がって、大声で叫んでしまった。“あ~あ”という顔のウァサガは、
「あなたは、悲劇のヒロイン様になったじゃない?みんなから同情されて。」
「ぐ。」
確かに、国民の同情はパエラに集まった。
「王太子でなくなったアガレス様は、あなたの父上から見れば、何の魅力もないのよ。アガレス様だけが悪者になって、あなたは可哀想なヒロイン。ガミュギュンが、その場であなたに求婚して、領地に妻として連れていくことは、最初から決まっていたの。本当に感動的な場面ではない?冤罪をかけられ、涙をこらえる高貴なご令嬢に、北辺大公が優しく手を差し伸べる。今、思い出しても、涙が出る光景だわ!北方で大軍を有する、王位継承権もある彼とあなたの家が結ばれたら、王家としては不安材料でしかないわ。あなたの父上とあなたの夫様は、あの馬鹿女の子供を次期国王にすることを、後見人となる約束と自分達が結ばれることを認められることで同意したのよ。前国王様もあの馬鹿女も、それで手をうったのよ!目の前の目的のためになら、将来の大きな危険性に目をつぶったのよ。仲介したのは、あの馬鹿女。変なところに知恵が働くんだから。でも、そういう女だから、すぐに、将来の不安材料が見えてきたのよ。だから、すがる様に、自分の仕打ちも忘れて頼ったのよ、アガレス様を!あの方は、底抜けの善人、幼い弟を守ってやらないと、とか本気で言って…。その挙げ句、あの馬鹿女は、形勢不利とみるや、裏切って…。ふふ、何時まで、あなたの夫様は、2人を生かしてあげるのかしらね?」
嘲るような表情で、一気にまくしたてたウァサガを、止めるための反論を思いつかなかった。ぎりぎりと歯ぎしりしながらも、言葉が出なかった。
「敗者の恨み言か。」
パエラの後ろから声が聞こえた。夫の、現国王ガミュギュンが立っていた。
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