第30話 友の危機



主力部隊たちが洞窟へと入ってからしばらくして、俺たちの部隊もリーダーのラユルドさんを筆頭に洞窟へと侵入していく。中は薄暗く、どこに敵が潜んでいるか分からないので魔法で明かりを灯しながら慎重に辺りを警戒しながら進んでいった。



ちなみに俺はこっそりとスキル『地図化(マッピング)』を発動させながら進んでいたので洞窟内の地形とゴブリンたちの配置は手に取るように分かっていたのだ。しかし、このスキルはバレると確実に面倒なことになるだろうし、隠しておきたいのでスキルで得られた情報は自然な感じでそれとなく部隊メンバーに伝えていた。こうして陰ながら部隊メンバーを誘導することで安全に迷うこともなく最奥へと進んでいくことが出来た。



普段からこのスキルは便利だな~と思っていたが、こういう洞窟や迷宮みたいな場所ではもう完璧にチートである。こんなチートスキルをあんな簡単に習得できるなんて、やはり最初にもらったスキルよりも称号の方がヤバくないですか、イリス様?そろそろ教会に行ってイリス様に会って聞いた方が良いかもしれないな。





「...何か聞こえないか?」



先頭を歩いていたラユルドさんが立ち止まって、俺たちに問いかける。

他のメンバーたちは耳を澄ませ、ラユルドさんが聞いた音の正体を確かめようと試みる。



「これは...、誰かが奥で戦っているのかも!」



洞窟の先からかすかに聞こえてきたのはゴブリンや人の叫び声、そして金属がぶつかるような音であった。俺たちの部隊は先行した部隊がゴブリンたちと戦っていると判断し、応援へと急いで駆けつけることになった。


もちろんだが、俺は地図化(マッピング)スキルによって道中でゴブリンと先行した部隊が戦っていることやギルドマスターがいる主力部隊が最奥の大空間に到着したことも事前に把握していた。







「はあああぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」



襲撃してきた最後のゴブリンが冒険者の攻撃によって倒される。

先行部隊のメンバーたちはこれでようやく一息つく時間が出来たと安堵の表情を浮かべていた。



「ラユルドさん、本当に助かりました!」



先行部隊のリーダーである冒険者がラユルドさんに深々と頭を下げ、お礼を告げる。おそらく俺たちが駆けつけなければ被害が出ていてもおかしくなかったのだろう。彼ら先行部隊の表情からは明らかに疲労の色が伺える。



「いえいえ、間に合ってよかったです」



物資も底をつきかけていた先行部隊に俺たちは持ってきたポーションなどを分け与える。それに負傷している人たちの手当てなどをしたり、互いに持っている情報を共有をしたりとしばしの休息をとる。



「そうですか、集落の方は無事に掃討することが出来たんですね」


「ええ、それでギルマスたちは?」



先行部隊の話によると、途中まではギルマスたちとともに洞窟内を進んでいたのだが思った以上に道中のゴブリンが多く、ギルマスたちの戦力をロード戦に温存しておく必要があると判断してゴブリンの相手を彼らがしてギルマスたちには先に進んでもらったのだそうだ。



「では僕たちも準備が出来次第、先に進んでいきますか」


「そうですね。でも...しばらくは無理そうですね」



先行部隊のリーダーはチラッと周囲のメンバーたちの様子を見渡してそう答える。

彼らの疲労度から考えると先に進めるのはまだ先になりそうだ。



皆が休憩したり、情報を共有している中で俺は地図化(マッピング)スキルで先に進んでいるギルマスたちの状況を探っていた。反応的には現在、ロードとの最終対決に突入していると思われる。


主力部隊の一人の反応がかなり小さくなっているのが少し気がかりだが、命には別条がなさそうなので大丈夫だろう。それにギルマスの魔力反応が急に激増しているけれど、これほどまでに強かったのかと正直驚きである。流石は元Aランク冒険者である。


となると、あと一つとてつもない反応を見せているのがおそらくロードなのだろう。想定外って言うほどではないけれど、噂に違わぬ化け物級の強さを感じる。



これ、ゲングさんたち大丈夫だろうか...?



明らかにギルマスやBランク冒険者たちならまだしも、ゲングさんたちCランク冒険者には荷が重い相手なのではないかとちょっと不安を感じてしまう。もちろんゲングさんが弱いと言っているわけではなく、相手が強すぎるのだ。ロードはレベルにして推定50以上はあると思うので、適性ランクとしてはBランク以上が妥当だろう。おそらくこの場にいるCランクやBランク冒険者たちが応援に駆けつけても戦力にはならないだろうな。



このまま出来ればギルマスたちだけで倒してくれることを祈りたい。

最悪の場合、俺が一人でも助けに行くという選択肢はあるが正直それは出来ればしたくない。


だって、絶対に後々面倒なことになる。


何故一人で突っ走ったんだ?とか、その強さは一体何なんだ?とか...

考えただけで嫌気がさす。



そんなことを考えている間に対ロードの戦況が大きく動き出していた。

先ほどまで強烈な存在感を放っていたロードの反応が小さくなり、そして完全に消えたのだ。



おっ、ギルマスたちが勝ったのか!!



俺はほっと息をつき、一安心をする。

これで今回の作戦の大部分は終了したも同然である。


あとはマザーが残っているが、全知辞書さんによると戦闘能力はほとんどないらしいので僕たちの部隊も応援に駆けつけても危険はないだろう。誰も犠牲者が出ずに終わって本当に良かった~!!



俺はもう心配する必要はないなと地図化(マッピング)スキルを切ろうとしたその時、何だか嫌な感じがすることに気が付いた。言葉では言い表せない、とにかく嫌な感じ。また恒例の心配性かとも思ったが、いつもとは違う気がする。



念のために地図化(マッピング)スキルはアクティブにしておいてしばらく様子を見ることにする。この感覚が思い過ごしであってくれればいいのだけど...




だが、そんな俺の予感は最悪の形で的中することとなる。



先ほどまで何もなかったのに急にギルマスたちの目前に馬鹿げた反応を検知したのだ。それは先ほどのロードを軽く凌ぐ反応で明らかに異質な存在であった。遠く離れたここまでもその異様な気配は届き、地図化(マッピング)スキルを使っていない他の冒険者たちでさえ、この変な気配に反応を見せていた。



「な、なんだ。この異様な気配は...?」


「奥の方から感じる...」


「これ、もしかしてギルマスたちに何かあったのかも...?」



先ほどまでの空気とは一変し、一気に緊張感が辺りを駆け抜ける。

部隊のリーダーたちもこの気配にどう動くか迷いを見せていた。



「もしギルマスたちに何かあったら大変だ。準備を整え、僕たちも向かおう」



ラユルドさんは応援に駆け付けることを提案した。

他のメンバーたちはその判断に異論はなさそうで、各々が出発の準備を始めていた。


しかし俺は今すぐに引き返すべきだと思う。

ロードでさえ厳しい彼らがあれに立ち向かうのは無謀だ。



「ラユルドさん、奥に向かうのはやめた方が...」



俺は何とか思いとどまらせようと試みるが、他の冒険者たちから見れば俺はただのEランク冒険者。この場で一番ランクが低く、ここにいること自体が不思議なのにそんな者がやめた方が良いと言っても聞き入れてもらえる可能性は明らかに無いに等しいだろう。



「ユウトさん、あなたはまだEランクです。ここから先は荷が重いだろうし、あなただけは来なくて大丈夫ですよ」



ラユルドさんは俺がこの気配に怯えているのだと勘違いし、そう優しく告げる。その他人を思いやれる優しさは普段ならとても素晴らしいのだが、今に限っては間違いである。



「いや、そうじゃなくて...」



ここで地図化(マッピング)スキルについて話してこの異様な存在のことについて教えればもしかしたら思い留まってくれるかもしれないが、そうなると何で今まで黙っていたのかと追及されてしまうだろう。それはそれで困る。だが、このままでは余計に犠牲を出してしまうかもしれない...


俺は意を決してラユルドさんに話しかける。



「ラユルドさん、実は...」



その時、地図化(マッピング)スキルから目を疑うような反応があった。

それは予想だにしていなかったことで俺の心に勢いよく突き刺さる。



...ゲングさんの反応が消えたのだ。





どういうことだ?


ゲングさんの反応が消えた?


何かのバグか何かか?


どうなっているんだ?




俺はその状況を飲み込めず、頭の中がぐちゃぐちゃになっていく。

おそらく自分でも分かっているはず、これが何を意味するのかを。



全知辞書さん、人の魔力反応が消えるときってあるの...?



信じたくないこの現象を何か他のことで説明できないかと全知辞書に尋ねる。



《生物の魔力反応が消えるほど小さくなる場合はいくつか存在します。1つ目は高度な魔力操作によって体外に漏れ出す僅かな魔力すらもコントロールしている場合。2つ目は魔法や魔道具によって魔力が漏れ出さない空間内に存在している場合。そして3つ目...》



《対象生物が死亡、あるいは瀕死状態である場合です》



最後の言葉が俺の頭の中に強く響いてくる。

自分でも何となく分かっていたその事実を、改めて言葉で突き付けられる。



ゲングさんが死ぬ...?

冗談だろ?



俺はせっかく仲良くなったゲングさんがいなくなるという恐怖を感じていた。俺の中ではとっくにゲングさんは大切な人であった。そんな人が死ぬということを到底受け入れられるわけがない。



そこで俺は思い知らされる。

ここは紛れもない現実(リアル)なんだと。


前世で死んで転生してからこの世界で暮らしていって、俺はどこか夢見心地だったのかもしれない。


この世界自体がゲームのようなシステムで成り立っていることも要因の一つだろう。それに加えてイリス様に出会ってからというもの、前世ではなかったような素敵な人との出会いや交流ばかりだった。


そう、ご都合主義とも言わんばかりに俺にとって良い出来事ばかりだった。


でもここは夢でも理想郷でもないんだ。以前とは世界の法則や常識も全く違う世界だけど、ここが俺の現実(リアル)なんだ。今この世界で俺は現実を生きているんだ。




俺は徐々に状況を飲み込み、頭の中の整理をしていく。


ここは紛れもなく現実である俺はゲームとは違ってやり直しのきかない世界を生きている。



では、今俺のすべきことは何だ?


...そんなことは明白だ。



俺は今すべきことを見定め、後悔しないようすぐに動き出す。



「ラユルドさん、すみません」



俺は一言、ラユルドさんに断りを入れて全力で洞窟の最奥へと走り出す。返事を聞く前に駆けだしたので背後から「えっ、ちょっと...!」とラユルドさんの困惑した声がかすかに聞こえた。



俺は地図化(マッピング)スキルを頼りに迷うことなく目的地へと向かう。

道中に遭遇したゴブリンたちには目もくれずその超スピードで走り去る。



「間に合え...!間に合ってくれ!!!」



俺はゲングさんが無事であることを祈り、洞窟最奥を目指し全力で駆け抜けていくのであった。



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