第29話 束の間の勝利
地面に横たわるゴブリンロードを前に、アレンは右手に持っている剣を力強く上へと突き上げる。その後ろ姿は仲間たちに彼ら主力部隊の勝利を告げるものであった。
「や、やったぞ!!!!!」
デニムの歓喜の声をきっかけに彼らは喜びの声を上げる。
抱き合って喜ぶカレンとニーア、互いに拳を合わせて健闘を称えあうデニムとゲング。
そしてローナは軽く息をついて軽く微笑み、アレンもこぶしを握り締めて静かに喜んでいた。
アースルドは他のメンバーとは違い、喜びよりも安堵の気持ちが強かった。死を覚悟して挑んだロードとの勝負、ウィークが大ダメージを負ってしまったが結果的にこちらへの被害は最小限にとどめることが出来た。これは彼の想定以上の素晴らしい、奇跡的とも言える結果であった。
女神様が私たちを守ってくださったのではないか?と思うほどに上手く運びすぎた戦いだった。
「諸君、よくやってくれた。被害も最小限に抑え、そしてゴブリンロードの討伐まで成功することが出来た。ギルドマスターとして感謝する、ありがとう」
アースルドのこの言葉に主力部隊の面々は誇らしげな気持ちが湧きあがっていた。
自分たちはやったのだと、仲間も守って町で待っている皆も守り切ったのだと。
「だが諸君、我々にはまだマザーの討伐が残っている。マザー自体は戦闘能力が低い、そして見て分かる通り移動もほとんどしない。今この疲弊した状態でわざわざ急ぐ必要もないだろう。よって、後続の部隊たちが到着するまでしばし休息を取ることにする。ゆっくり休んでくれ」
ロード戦を経て、アースルド含め主力部隊の消耗が相当なものであると判断し、アースルドは一度休息することを選んだ。立っているのもやっとだったデニムはその言葉を聞き、力が抜けたようにその場に座り込む。他のメンバーたちも近くに集まって休むことにした。
「ギルマスは休まないんですか?」
皆が座り込んで休んでいる中、アレンはその場にずっと立っているアースルドが気になり声をかける。
「ああ、諸君は休んでいるといい。私は周囲の警戒をしておく」
「それだったら俺がやりますよ!ギルマスも休んでください」
アースルドとアレンの間に少しの間、沈黙が続いた。
実際のところ、アースルドは一度座り込んでしまうと立てるか分からないほどに消耗をしていた。そのため、もし万が一にも敵襲があった場合に反応が遅れてしまうかもしれないと思い戦闘態勢を解除していなかった。
だが、この後の作戦のことも考えると少しでも休めるときに休んでおいた方がいいだろう。それに今この状況から後続部隊の応援が来ることはあっても、敵の援軍が襲ってくることは考えにくい。
様々な可能性や今後の作戦への影響などを考慮した結果、アースルドはアレンの提案を受け入れることにした。見たところ、アレンはまだアースルドよりは余力を残していそうであったことも理由一つである。
「では、言葉に甘えて休ませてもらうことにしようか」
「はい!任せてください!!」
ギルドマスターに認めてもらったような気がして、アレンは少し気分が高まる。
アレンはアースルドと交代する形で立ち上がり、周囲の警戒を始めた。しかし、アレンは無意識にもう警戒をするほどの敵が突如現れるということはあり得ないだろうと高を括っているところがあった。
アースルドも同じように低い可能性であると切り捨てた考えであったが、微かに嫌な予感が心の隅にくすぶっていた。座り込んで休んでいたが、直感以外で説明が出来ないそのモヤモヤを抱えながらの休憩は精神的にはあまり休めることが出来ないでいる。
=======================
後続部隊が到着するまでの間、ニーアは安全な場所で休ませていたウィークのもとへ向かっていた。彼女とウィークは幼馴染で普段は二人でパーティを組んでいる。そのためニーアは切羽詰まった戦闘中であっても頭の片隅でウィークのことが心配で仕方がなかった。
「ウィーク、大丈夫?」
「あぁ...なんとか、な」
ウィークは弱々しい声で答える。
ニーアはウィークの頭を膝に乗せ、回復魔法を発動させる。
「もう...ロードは倒した、のか?」
「ええ、アレンさんやギルドマスターたちが倒してくれたよ」
「そう、か。それは...良かった」
ウィークは安心したように少し微笑み、ニーアに身を預ける。しかし、皆の無事が嬉しいという気持ちと同時に大事な戦闘で迷惑をかけてしまった自分が情けないという気持ちが沸々と湧きあがってくる。
「...ニーア。迷惑かけて、すまない」
ウィークは自分の情けなさを噛み締めるかのように言葉に詰まりながらニーアに謝る。
その様子をみたニーアは目に涙を浮かべて必死に励ましの言葉をかける。
「そんなことないよ!ウィークだって頑張ってたじゃない!!今回の相手は誰だって一歩間違えたらやられてしまう相手だったんだよ!!!...だから、謝らないで」
「それに、ウィークが倒れた時はいつも私が看病してたでしょ?今更じゃない...ね?」
大粒の涙をこぼしながらもニーアは笑顔を見せる。それの姿を見たウィークは、彼女には敵わないなと心の中のネガティブな感情が晴れていくのを感じた。
「ニーア、俺はそろそろ大丈夫だからギルマスたちのところへ行ってこい。まだマザーの討伐が残ってるだろ?」
ニーアが回復魔法をかけ続けていたおかげで先ほどよりも容体が安定していた。まだ心配だったがウィークの言う通り、まだ作戦は完全には終わっていない。自分のやるべきことをしっかりとやろう、そう気合を入れ直しニーアは皆のもとへと戻っていく。
=======================
「そろそろ後続部隊が来てもおかしくない頃ですよね」
アレンが大空間の入り口の方を見ながらふと呟く。
主力部隊がここに到着し、戦闘を開始してからかなりの時間が経過していた。それにも関わらず、未だに後続部隊が到着する気配が全くないのだ。アースルドは何かトラブルがあったのかと心配を募らせる。
「問題でも発生したのだろうか...?ローナ、悪いが後続部隊の状況を確認してきて欲しい。出来ればここまでの案内も任せたいのだが、行けるか?」
「はい、大丈夫です」
アースルドの頼みを快諾し、ローナはすぐに準備を始める。
何もなければいいのだがアースルドは何か想定外なことが起こっているような気がしてならない。
「それでは、行ってきま...」
ローナが出発しようとしたその時、大空間内が強烈な殺気に包まれるのを感じた。
アースルドのみならず、そこにいた主力部隊の全員が一斉に立ち上がり戦闘態勢をとる。
殺気の出どころは大空間の最奥、光がなく真っ暗な暗闇が広がっているところからであった。
ロードの殺気とは比べ物にならないほどの強烈なプレッシャー。
アースルド以外は意識を保つのも精一杯なほどであった。
「諸君...しっかりと意識を保つんだ。こいつはやばいかもしれん」
アースルドも気を抜けば戦意を喪失してしまいそうなほどの強烈な気配を感じていた。これは相手をしてはいけない、彼の本能が警鐘を激しく鳴らしている。
「キキキキキ、ロードのやつ倒されたのカ」
不気味な笑い声が暗闇の中から聞こえてくる。
その声の主の足音が静寂の中、大空間内に響き渡る。
「まぁ、時間は稼いでくれたようだナ。敵討ちぐらいはしてやるカ」
そう告げると、その者の気配がさらに強まった。
皆がさらに警戒を強める。アースルドはすぐに判断を下さなければと状況判断に頭をフルに使うが、恐怖が邪魔をしていつものような素早く的確な判断が下せずにいたのだ。
その次の瞬間、アレンの目の前に何者かが立っていた。誰もその存在が移動したのを視認することが出来ず、文字通り瞬きの間にそいつは現れた。
「アレン逃げろ!!!!!!!!」
アレンの近くにいたゲングはいち早くその存在に気づくことが出来たのだが、当のアレンは恐怖と困惑によって固まってしまっていた。ここで動かなければアレンが殺されてしまう、ゲングはそう確信していた。仲間を守りたい!その一心でゲングは体を動かしていた。
「まずは一人、だナ」
アレンの目の前に現れたそいつは手を勢いよくアレンの心臓めがけて突き出す。
そこにいち早く動いていたゲングが体当たりをしてアレンを吹き飛ばす。
その結果、アレンの急所に向けて繰り出された攻撃は代わりにゲングの腹を貫くことになった。
「ぐはっ...!」
ゲングは口から鮮血を噴き出す。
貫かれた腹からはドクドクと真っ赤な血が流れだしている。
「ゲングゥゥ!!!!!!!!」
アースルドはなりふり構わず身体強化魔法を最大限発動させ、ゲングの腹を貫いた者に斬りかかる。そのスピードはロード戦の時よりもさらに早く、その斬撃も何段階も威力が上がっていた。
しかし、そんな超スピード超威力の攻撃はいとも容易く避けられた。
だが結果的にゲングからその者を離すことには成功した。
「カレン!ニーア!直ちにゲングに治療を!!」
「は、はい!」
「わ、分かりました!」
アースルドはすぐさまカレンとニーアに指示をし、治療に当たらせる。
ゲングの傷は明らかに不味い状況であることは誰の目からも明らかであった。
「貴様ァ!何者だ!!!」
アースルドは大声を上げて問いかける。
ようやく明かりのもとへと姿を現したその者はこう答える。
「俺が何者かってカ...?キキキキキ、決まってるだロ」
「俺は、ゴブリンだヨ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます