第15話 馬鹿な冒険者たち
「今日は俺のおごりだ!遠慮なく食ってほしい」
俺はゲングさんに誘われてとある料理屋にやってきていた。このサウスプリングの中でもかなり美味しいと有名なお店らしい。お店に入ると噂通りのすごく美味しそうな料理の匂いが空腹だった俺の食欲をさらに増進させた。
「ありがとうございます、ゲングさん。でも何で誘ってくれたんですか?」
「いや、お前には世話になったからな。それに...良ければこれからも...」
普段は声が大きいくせに肝心なところが声が小さくて聞こえなかった。本当にこの人って見た目と中身のギャップが凄まじいな。まあ流れからおおよそ何を言っているかは理解できるけれどもね。
「もちろん、これからもよろしくお願いします。冒険者になったばかりなのでまだ右も左も分からないことが多いのでこちらこそいろいろと教えてもらえると助かります」
「あぁ!もちろんだとも!!」
おぉ...すごい笑顔だ。まあこちらとしても冒険者の先輩と交流を持てるのは非常にありがたいことだ。それに、前世ではなかなか思うように人と接することが出来なかったから人との関わりは大切にしていきたい。
前世で出来なかったことをやる...か、それに良いかもしれないな。
俺の異世界生活の目的の一つに入れることにするか。
俺とゲングさんは注文した料理を食べながらいろんなことを喋った。ゲングさんの過去のこと、そしてこれからのことなど...主に冒険者としての話が多かったが非常に有益なことも聞けたので有意義な時間だったと思う。それにしてもマジで美味いな、この店!!
「そういや、ユウト。お前って何か夢とかあるのか?」
ふとゲングさんは俺に質問を飛ばしてきた。ずっとゲングさんの話をしていたから俺のことも聞きたいって感じかな。正直、転生のこととかイリス様のこととか言えるわけがないからな。俺は自分のことについて話せることは少ないのだ。
「夢ですか...う~ん、大それた夢はないですけど...お金をたくさん稼いで、この世界のどこかでのんびりと暮らすのもいいかも~って考えてますね。あとはそうですね、恋とかも出来たらしてみたい...ですかね」
我ながらしょぼい夢だなと思う。けれど別に地位や名声とかは要らないし、生涯ずっと冒険し続けるのもちょっと疲れるし、他に何も思いつかないのだ。普通に生きて普通の幸せを手に入れられたそれでいい。
「何というか、普通だな。もっとないのか?」
「そういうゲングさんは何かあるんですか?」
質問に質問で返すのもおかしな話だが、もうこれ以上の話せるような夢はないのだ。それにゲングさんの夢って言うのも気になるし、もしかしたら新しいことを知れるかもしれないので実はかなり興味津々なのである。
「俺の夢か...そうだな。やはりもっと強くなってSランク冒険者になることだな。お前はあまり知らないかもしれないけど、Sランク冒険者ってのは存在自体が伝説的な扱いをされて地位・名誉・金・女なんでも手に入るんだぜ!冒険者ならやっぱ誰しもの憧れだろうな」
Sランク冒険者...か。正直あまり個人的には魅力を感じない。お金の心配がなくなるのはありがたいが、おそらくその反面としてかなりの自由が奪われるんじゃないかと思うんだよな。世の中にメリットしかない事なんてほとんどないのだ。それに大勢から認知されるって言うのもちょっとな...
「僕はあまり興味ないですね。正直、面倒ごとの方が多そうな感じがしますし...」
「珍しい奴だな。まあそこは人それぞれだしな!」
その後も俺とゲングさんは食べて飲んでいっぱい語り合った。最後の方はゲングさんは若干酔っ払っていて愚痴が多かったが、まあ今まで不満を言えるような相手がいなかったのだろうし今日は大目に見るとしますか。ちなみに俺もお酒を飲んだ(この世界では15歳から成人らしい)が、スキル『健康体』のおかげで酔っ払うことはなかった。これが状態異常無効の効果か...すごいな。
お店を出てその日はすぐに解散した。正直、すごく楽しかった。こんなにも人と楽しく語り合ったのはすごく久しぶりな気がする。それこそ前世の学生時代での打ち上げとかが最後の記憶だ。良い繋がりが出来たもんだ。最初は面倒事だと思っていたけれど、今となってはいい出会いだったと言えるだろう。
俺はその日以降もゲングさんとよく行動することになった。実際に一緒に依頼をこなしたり、冒険者としてのイロハを教えてもらったり、いいお店を紹介してもらったり、ゲングさんがいなければ知ることが出来なかったような重要な情報も教えてくれたのだ。このような細かな情報とかは常識提供があっても手に入らない情報だし。
──異世界アルクスへとやってきて十日が過ぎた。
休日も取り入れながらも日々依頼を受けてお金を稼いでいた。その甲斐あってか何と銀貨を15枚も貯めることに成功した。日本円に換算して約15万円である。ちなみに月給換算するとおよそ45万円である。頑張ったな~、俺。
しかし、理想の生活をしようと思うとまだ足りないと思う。それに冒険者を続けていくのであれば装備をもっと良いものにする必要があるとのことなので、まだまだ稼ぐ必要がありそうだ。
それにレベルもかなり上がり、現在ではレベル20へと到達したのだ!もうかなりステータスもえげつないことになっている。スキルに関しても魔法や剣術などのレベルが上がったりしている。こちらも順調に目標を達成しつつあるのだ。そういえばステータスポイントを未だに振り分けていないのだが、いつかやろうと思っていたら今日までズルズルと後回しにしてしまった。...後でやろう。
今日もいつも通りに依頼をこなし、ギルドで依頼の達成報告をする。最近はずっとゴブリン討伐ばかりやっている。何故なら、他に受けれる依頼がないからだ。何故か分からないが俺がみた時にはいつも掲示板に俺が受けられる討伐依頼としてあるのがゴブリンだけなのだ。依頼に関しては早い者勝ちなのでおそらくゴブリン以外の討伐依頼を絶対に取りたいという熱心なやつがいるんだろうな。
受付嬢のアンさんに依頼達成の報告をしていると、彼女はいつものように明るい口調で世間話を始めた。
「そういえばユウトさんって最近すごくゲングさんと仲いいですよね~?ユウトさん、ゲングさんのこと怖くないんですか?」
「まあ見た目は強面で威圧感の強い人ですけど、実は不器用だけど根は心優しい人ですよ。ただ見た目の迫力と彼の不器用な一面が相まって誤解されているだけなんですよ。アンさんもよかったら怖がらずに接してあげてください」
あの一件以来、ゲングさんはかなり変わった。それは傍から見ても気づくほどには変わってきているのだ。しかし今までの印象が強烈すぎたのか、未だにゲングさんを怖がって避ける人は少なくない。それについては仕方がない。一度根付いてしまったイメージは簡単には変えることはできないので、ゆっくりとその悪い印象を払拭していくしかないだろう。
「そう、ですか......そうですね!レイナからも改心したらしいと聞いていますし、ユウトさんがそうおっしゃるなら私も彼のこと避けずに向き合わないとですね!受付嬢として冒険者さんの面倒を見るのはお仕事ですし!!」
このアンさんのポジティブな言葉をゲングさんに聞かしてやりたかったな~と思った。レイナさんもそうだけどアンさんもすごく人に笑顔と元気を与えてくれるような、まるでアイドルのような存在だなと感じた。レイナさんは優しい母親みたいな雰囲気だけど、アンさんは元気で明るいお姉ちゃんのような雰囲気かな。俺もこうやって接しているだけで元気がもらえる、そんな気がしている。
本日の仕事を無事に終わらせた俺はギルドの前である人を待っていた。まあ今の俺が交流があるのが一人なので大体予想はつくと思う。
そう、ゲングさんだ。今日もまたゲングさんからのお誘いで飯を食べに行くことになっている。
前回の時もそうだったが、Eランクの俺とは違ってCランク冒険者のゲングさんの方が当然稼ぎもあるので完全に奢ってもらっているという形になっている。もちろんゲングさんからの提案だ。俺が乞食しているわけでは断じてない。ここは俺のわずかながらの名誉を守るためにもう一度言っておく。断じてゲングさんにたかっているわけではない!!
思っていたよりも早く依頼を片付けることが出来たので、俺はギルドの壁にもたれかかって日が沈みかけている夕暮れの空を眺めながらボーっとしていた。異世界に来てからはいろんなことがあってので、前世のころみたいにこうやってボーっとする時間はなかなか取れなかった。こういう時間もいいよな。
約束の時間に近づいていた時、俺に近づいてくる人影が見えた。
ゲングさんかなと思い、その人物に目線を下す。しかしそこにいたのは全く知らない男だった。しかもその後ろには別の男が二人付き添っていた。明らかに素行が悪そうなその冒険者は物語序盤で噛ませ犬としてよく登場しそうなチャラチャラした見た目をしている。
「おい、そこの黒髪のお前」
先頭を歩いていた男が俺をジロジロと見ながら話しかけてきた。
そういえば全く気にしていなかったけど、今の俺って前世と同じで髪が黒いんだよな。めちゃくちゃ今更だけど。この世界に来てから数人ほど黒髪の人を見かけたことがあるから、よくある黒髪は忌み子だ!っていう偏見はなさそうなんだよな。
って今はそんなことはどうでもいいか。
しかしだな目の前のこいつに正直関わりたくない。
...どうせ、また厄介事だろうしな。
俺は初めてゲングさんと会った時のような面倒事の雰囲気をすでに感じ取っていたが、もしかしたらあの時も何とか回避できたので今回も上手くいけば良い方向に持っていけるかもしれない。
そんな淡い期待を抱きつつ、俺は何とか相手の動向を探ってみる。
「お前、最近よくゲングと一緒にいる冒険者だな?」
「まあ、たぶんそうだと思います」
ゲングさんの行動をすべて把握しているわけではないので僕以外の冒険者と一緒にいるのかどうかは知らないが、おそらく彼らが言っている冒険者は僕のことで間違いないだろう。てか間違いなく分かってて声かけてきただろうに。
「ちょっと、
「何か御用ですか?人を待ってるのでここを離れるわけにはいかないんですが...」
「いいから来いって言ってんだろ」
最初に声をかけてきた男、チンピラボスが抑えめの怒声を発しながら俺の胸ぐらを掴んできた。その後ろにいた二人の男、舎弟①と舎弟②はニヤニヤと笑って胸ぐらを掴まれている俺を見ている。なんともテンプレなチンピラの絡みをしてきたものだ。
周囲にいる人たちも我関せずを決め込んでいる。時間帯的にあまり人が多いわけではないが、ここはギルドの前だ。他にもこの状況に気づいている冒険者たちもいるが皆見てみぬふりをしている。それにギルドの中には職員もいるが、こいつらは気付かれないように声を抑えているようだ。何とも小賢しい。
これは話が通じるタイプじゃなさそうだ。有無を言わさずに無理矢理にでもここから連れ出そうとしている。そう考えるとゲングさんはまだ良心的な絡み方をしてくれていたのだと今になって感じた。
俺は仕方がないので言われた通りについていくことにした。移動途中も前にチンピラボス、俺を挟んで後ろには舎弟①と②がついてきていた。俺を逃がさないために陣形まで組んで連行している。無駄に息がぴったりと合っているなこのチンピラ連中。
俺はギルドから少し離れた薄暗い裏路地に連れてこられた。大通りからはかなり離れているのでここで何が起こっても誰かに気づかれることはないだろう。こいつらはこういうの手馴れているのだろうか?
「で、話って何ですか?出来れば手短にしてもらえると助かるんですが...」
「この状況でビビッてねぇとは大した奴だ!どおりであのゲングを手懐けられたってわけかぁ~!!」
「こんなしょぼそうなガキに手懐けられたゲングも見かけ倒しだったに違いないぜ!!!」
ガハハハァ!!!とチンピラどもが大声で笑い散らかしている。
正直ちょっとずつこいつらにヘイトが溜まっているが、おそらく相手も冒険者。ギルドの規定で冒険者同士の争いは禁止されているので迂闊に手を出すことが出来ない。相手から出してきたならまだ正当防衛を主張できるがこちらからは絶対に手を出せない。本当に面倒だ。
「気づいているかもしれねーが、俺たちも冒険者だぜ。しかもゲングと同じCランクだ!お前なんかが背伸びしたって勝てやしねーよ!!それにこんな裏路地になんか誰も助けに来ないから安心して俺たちの言いなりになるんだな!!!」
またもガハハハァ!!!とウザイぐらいに大声でチンピラどもが笑う。
俺の気持ちがちょっと表情に出てたのかもしれないな。ポーカーフェイスは得意だったはずなのに...
もしかして転生してから下手になったのか?また練習でもしておこう。
「で、話って何?さっさと本題に入ってくれないかな?」
「チッ、まあいいぜ!お前、俺たちの言いなりになれ!!」
「嫌です」
何を馬鹿なことを言ってるんだろう、こいつら。小学生のガキ大将みたいなことをその年でやってるっていうわけ?そんな幼稚なことに俺を巻き込まないで欲しいものだ。おままごとはよそでやってくれ。
「お前に拒否権はねーっての。この状況見ても分かんないのかな~?それともお仲間のゲングが助けに来てくれるって信じてるのかなぁ~?ギャハハハハ!!!助けなんて来るはずないだろ~、バーカが!!」
チンピラボスが怒涛の言葉攻めで俺を煽ってくる。それに背後では舎弟①と②が指をポキポキ鳴らしながらいつでも殴れるぞと言わんばかりに俺を睨んでくる。これはどうあがいても面倒事を回避は出来ないようだ。
「ちなみに俺がお前たちの言うことを何故聞かないといけないんだ?それにお前たちは俺を言いなりにして何をしたいんだ?」
これが最後の質問となるだろう。おそらく面倒事になるのは確実だ。しかし万が一、彼らに素晴らしい考えがあって俺に手伝ってほしいだけなのにキツイ言葉になってしまっている、ということも考慮して聞くだけ聞いてみる。我ながら馬鹿だなと思うような甘い考えだが、逆にここで完膚なきまでに相手がクズだということが分かればそれはそれで思う存分出来るという訳だ。
「そんなの決まってるだろ?お前の利用価値はゲングを手懐けていることだよ。お前を従わせればゲングもおまけで付いてくるって寸法よ!ゲングを手懐けたとなれば俺たちを見下すものは誰もいなくなるんだよ!!だからお前は黙って俺たちのために働けばいいんだよ!!!」
はい、完全なるクズ確定。それに合わせて完全なる馬鹿も確定した。
本当に小学生のガキ大将みたいな思考回路かよ。そんなのでお前たちが一番になるわけないだろ。だが、これで遠慮なくこいつらに対処できる。あとはどうやって正当防衛を主張するかだが...
「何だその反抗的な態度は!...分かったぞ、お前は一回痛い目を見なければ理解できないようだな!!おい!お前ら、こいつに上下関係を分からせてやれ!!!」
「「おうよ!!」」
チンピラボスの号令とともに後ろに待機していた舎弟どもが満を持して俺に殴りかかってきた。まさか相手から来てくれるとは正直びっくりだ。こいつらは予想以上の馬鹿だったらしい。絶対にばれないという自信があるのだろうか?しかし、その選択はこちらにとっては好都合である。
町の
重々しい静寂に包まれた薄暗い裏路地、そこに鈍い打撃音のような音がかすかに響いた。
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