第16話 圧倒的な解決
町には夕日が差し込んでいる頃合いだが、その裏路地には建物の間から漏れたかすかな光のみが所々を照らしているだけである。人気もないその場所では鳥の鳴き声や風の音しか聞こえてこない。この町の闇ともいえるその場所で、重く鈍い音が響いた。
「い、痛ってぇ~!!!何だこいつ?!?!?」
「何なんだよこいつ!!」
目の前には殴りかかった手を必死に抑えてもがき苦しんでいるチンピラ二人の姿があった。普通なら殴られた方が大ダメージを負うはずなのに、そこには全く逆の光景があった。この不可解な状況に殴った本人たちとそのボスも同じぐらい混乱していた。
「な、何がどうなってんだ?何であいつらがダメージを受けてお前が何もなく立ってやがる!?!?」
この中で一人だけ動揺も混乱もなく、今起こったことが当たり前であるかのように佇んでいる者がいる。
...そう、俺である。
俺はこいつらとともにこの裏路地へとやってきたタイミングですでにこのような状況になることを予想していたので、チンピラどもの鑑定をしていた。この中で一番強いチンピラボスのステータスでさえゲングさんより少し弱い程度であった。つまりは全く今の俺には敵ではないのである。
しかし念には念をということで、俺は舎弟二人が殴りかかってきた時に身体強化魔法を使って防御力を3割ほど上昇させておいたのだ。その時点で俺の防御力と舎弟どもの攻撃力には5倍以上もの差が生じていた。つまり相手は素手でコンクリートの壁に殴りかかったかのようなものなのだ。そりゃ殴った方が痛くなるだろうよ。ちなみに今の攻撃で俺へのダメージはもちろん"0"である。
「チッ、テメェらはもういい!俺がやる!!」
チンピラボスは他二人が使い物にならないと判断し、自ら手を下すことに決めたようだ。あの二人とこのボスではそこまで大きな差があるわけではないのだが、どこからその自信はきているのだろうか?
「調子に乗ってんじゃねーぞ!!!」
盛大に助走をつけてそいつは殴りかかってきた。少しだけ警戒の意味も込めて身体強化魔法で防御力を4割上昇させておく。俺は微動だにせずその拳を左頬で受ける。結果は先ほどと同様に俺へのダメージは0だった。しかし腐ってもあの舎弟どものボスということもあって、そこそこのダメージを受けているはずなのにそいつは顔を少ししかめる程度であった。
「クッ、何だこいつ。硬すぎんだろ!!」
そいつは悔しそうにそう吠えると、続けて殴るけるなどの攻撃をしかけてきた。もちろんどの攻撃も俺にダメージが通るわけもなく、逆に相手の手足には決して少なくないダメージが蓄積していった。
10秒ほど攻撃をし続けていたが、さすがに限界が来たようでチンピラボスは攻撃をやめて少し俺から距離を取った。息は完全に乱れており、攻撃していたのにもかかわらず満身創痍の状態であった。
《熟練度が一定に達しました。スキル『物理攻撃反射』を習得しました》
《熟練度が一定に達しました。スキル『物理攻撃耐性』のレベルが上がりました》
なんと!ありがたいことにこの状況で新しいスキルの獲得と既存スキルのレベルが上がった。全く想定していなかったのでこれは完全に嬉しい誤算である。いくら正当防衛だとはいえ、こちらから攻撃をしてしまうとギルドの規約に違反してしまう可能性があるので控えていただけだったのだがスキルのレベリングになるというのなら敢えてその攻撃、受け続けてやろうではないか!
「どうした、もう終わりか?」
スキルのレベリングになるのでもっと攻撃してくれてもいいんだよ!という意味も込めて少し挑発してみた。だがこれがこいつらの小さなプライドに傷をつけてしまったようで...
「マジで...調子に乗るんじゃねーぞ!ガキが!!!」
そう怒鳴り声を上げるとチンピラボスは腰に装備していた剣を抜き、俺へと向けてきた。それを見た舎弟二人も剣を構えて攻撃の姿勢を取った。
これは少しまずいな...
まさかこんな町中で武器を持ち出すとは。正直こいつらがここまで愚かだったとは想定外だ。さすがに武器は使ってこないだろうと思っていたからこそ挑発したのだが...
まあこいつらが剣を装備したところで俺の防御力には遠く及ばない。しかしそれは数値上のことで、やはり剣で斬られるというのは防御力だけで解決できるものなのか。そんな不安が脳裏をよぎる。どんなに防御力が高いからと言って剣を生身で受けて無傷でいられるという自信は全くない。
俺はここで初めてこいつらに対して初めて戦闘態勢を取る。身体強化魔法を発動し、相手の動きに神経を研ぎらせる。もうギルドの規定がどうとか言っていられる状況ではなくなったのだ。ここで反撃しなければ殺される可能性だってある。せっかく転生したばかりだというのに、ここで終わりにするわけには決していかない!!
「死ねえええぇぇぇ!!!!!!!!!!」
完全にキレていたチンピラボスは怒りをぶちまけながら俺に切りかかってくる。それと同時に背後の舎弟たちも俺に斬りかかる。俺は身体強化魔法で心肺機能も強化していたため、心拍数が跳ね上がっていた。そのおかげで一時的に思考速度や認識速度が普段よりも大きく上昇している。
まず後ろから斬りかかってきている二人の対処を優先した。弱くても数で押されるのが面倒なので先に数を減らす作戦である。
自身の俊敏性をフル活用し一瞬で二人の懐へと一気に潜り込む。全力で攻撃してしまうと相手に大怪我を負わせてしまう可能性があるので程々の力を両拳に込める。そのまま二人の無防備な腹へとその拳を突き出した。防御も回避も出来なかった二人はその攻撃を直で受け、大きく後方へと吹き飛ばされた。
これであとは...
俺はすぐさまチンピラボスの方へと振り返って応戦する。
相手は味方がやられたことを全く気に留めず、俺の首元を狙って剣を振り上げて左上から右下への斬り下ろしをしてくる。
...これは確実に殺しに来ている。
そう感じた俺は攻めはせず、バックステップでその攻撃を躱ことにした。相手の剣は元々俺が居た場所の空を切る。チンピラボスは自身の攻撃を避けられたことにさらに激しく激高した。そして怒りと殺気に溢れた目で俺を睨んでくる。
しかし俺は少し距離を取った位置から冷静に相手の出方を伺う。これが人生初めての生死を賭けた戦いなのだ。もう相手を挑発する余裕はない。
ふと横目で先ほど大きく吹き飛ばされた二人の舎弟の様子を確認する。そいつらは起き上がることなく地面で伸びていた。これで完全に一対一の状況へと持ってくることに成功したわけだ。
しかし俺はここで武器を持つわけにはいかない。いくら相手に応戦するためとはいえ、町中で武器を出した上に人に向けたとなっては信用がなくなってしまう可能性があるからだ。こんなことで信用を地に落とすわけにはいかない、それに武器がなくてもおそらくこいつ程度なら勝てるだろう。
「この俺様をここまでコケにするとは...お前、絶対に殺してやる!!!」
もう完全に怒りで冷静さを欠いたチンピラボスは一直線に突進してきた。今度は勢いに任せた単純な突き攻撃である。こいつ、完全に頭に血が昇っている。だがそのおかげで攻撃が避けやすい!
俺は冷静に相手の攻撃の軌道を見てから横に回避する。そして相手の勢いも利用して、手のひらで相手の顎に衝撃を加える。その衝撃は相手の脳を揺さぶり、脳震盪を起こさせる。
その結果、意識を軽く失いかけたチンピラボスは体勢を崩した。俺はその隙に懐へと潜り込み、舎弟どもに食らわせたのと同様に腹へと拳を突き出した。元々ダメージを負っていたということもあり、俺の攻撃に耐えることが出来ずに吹き飛ばされる。その衝撃で意識は戻ってきたようだったが、ダメージは大きかったようで、体をピクピクと振るわせて立つことが出来ずに空を見上げていた。
完全勝利である。
俺にとっては初めての対人戦闘であったが、何とか上手くいってよかった。俺は息を整えて一旦安堵する。レベルを上げていなければやられていただろう、そう思うとこれからも慢心せずにレベルを上げなければと心に誓うのだった。
さてと、勝負はついたが問題はまだ解決していない。こいつらのような奴らは、このまま放っておけばまた同じように攻撃を仕掛けてくるだろう。それに俺に勝てないと分かれば、今度は俺以外の人に迷惑がかかる可能性だってある。
...そんなことは絶対に許さない。
俺はここで完膚なきまでに相手の心を折らなければいけないのだ。
そう、もう二度と俺と関わりたくないと思えるほどに。完全に潰す必要がある。
俺は倒れているチンピラボスに近づいていった。もう立ち上がれないが意識はあるこの男の胸ぐらを掴み、軽く頭を持ち上げる。そこで俺はありったけの魔力を使ってステータスを大幅に上昇させ、かつ魔力を圧力の如く放出する。もちろん殺気を込めて。そして慈悲もなく救いもない、まるで悪魔のような表情と声色で話しかける。
「おい、お前。俺に喧嘩を売ってきたってことは、覚悟は出来てるんだろうな?」
「ご、ごめんなさい...謝り、ますから...い、命、だけは...」
先ほどまで怒りと殺気に溢れていたこの男からは全くその影はなく、今では顔面蒼白で恐怖一色に染まっていた。しかし俺はここで手を緩めない、逆にさらに圧を強めて話を続ける。
「もう遅いんだよ。それにな、お前のさっきの攻撃は完全に俺を殺すつもりできていただろ。ならお前も俺に殺されても文句は言えないよな!!!」
最後にさらにもう一段ギアを上げて圧力を強めた。するとしばらくガクガクと震えていたチンピラボスは恐怖に耐えきれなくなったのか、突然白目を剥いて意識を失った。ここまでしておけばもう二度と俺に関わろうなんて気は起らないだろう。
《熟練度が一定に達しました。スキル『威圧』を習得しました》
おっ、ちょうどいいスキルも手に入ったな。これでこういうやつらが現れた時は今回と同じように心を折って二度と面倒事を起こさせないようにしよう。それが後腐れなくきっぱりと問題を解決できる方法だと俺は思うから。俺はともかく、俺の大切な人に手を出そうとする奴には容赦はしない。
そうしてこの問題は無事に解決することができた。それはもう後腐れなく綺麗に。
しかし、この後の展開は俺の予想以上に良い方向へと向かうことになるのだった。
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