第14話 意外な関係構築
アルクスへと転生してからもう五日目。時間とは早いものである。そこそこ新しい生活にも慣れてきた感じがしている。
俺はいつもと同じようにギルドで依頼を受けてお金を稼ぐ。変わったことといえば、三日目に冒険者ランクがEへと昇格したため昨日から魔物討伐をメインに受け始めたのだ。もちろん初討伐依頼は無事達成し、報酬も銀貨2枚という今まで以上の結果になった。
そして変わったことがもう一つ。あのゲングとよく話すようになったのだ。正直自分でも意外だった。
====================
あの件があった翌日、ギルドへと向かうとそこにはゲングが休憩スペースのテーブル席に座っていた。明らかに他の冒険者たちがそこを避けているのでなんとも言えない空間が出来ていた。
俺も余計な面倒事には首を突っ込みたくなかったので、速やかに依頼掲示板の方へと足を進めた。
依頼掲示板で今日受けようと思っていたゴブリン討伐の依頼書を見つけて手に取ろうとしていたとき、背後から誰かが俺の肩に手を置いた。
...まあ何となく気配で誰かは分かるのだが、振り返ってその人物を確かめてみるとやはりゲングだった。
「ゲングさん、どうしました?」
俺はとりあえず要件を尋ねてみた。怒られるのかな~とか喧嘩売られるのかな~とかいろんな展開を考えていたのだが、実際の展開は俺が予想していなかったものだった。
「...おはよう。き、昨日は......怒鳴ってすまんかった」
そこには昨日感じていた威圧感がほとんどない、雰囲気が幾分か丸くなったゲングさんがそこにいた。これには俺も、そして周囲の冒険者も目を丸くして驚いていた。
しかし、ゲングさんが一生懸命に自分を変えようと努力しているのだ。何だか無性に応援してあげたい、そんな気持ちになった。
「おはようございます、ゲングさん。僕は気にしていないので全然大丈夫ですよ」
「そうか、それなら良かった」
そういうとゲングさんは嬉しそうに少しだけ笑っていた。本当に不器用な人なんだな。今までもそうやって素直になっていれば良かったのに。
「どちらかと言えばレイナさんに謝った方がいいんじゃないですか?今までたくさん迷惑かけていたって聞きましたけど」
「そ、そうだよな...」
ゲングさんは一言そういうと一呼吸おいて意を決したようにレイナさんのカウンターの方へと向かっていった。俺から見ると昨日よりは少し丸くなったと感じるゲングさんの雰囲気だが、それでも他の冒険者にとってはあまり違いが分からないようだ。レイナさんのカウンター周辺にいた人たちはゲングさんが近づくのに気づくと不自然に別のところへと移っていった。
「ど、どうしましたか、ゲングさん?」
何かいつもとは違う雰囲気を感じたのかレイナさんが目の前に立つゲングさんに恐る恐る声をかけた。そしてゲングさんは呼吸を整えると軽く頭を下げた。
「今まで迷惑をかけた、すまなかった。」
予想外の言葉にレイナさんは数秒ほど目を見開いて固まっていた。
まあそれは当然の反応だよな。あのいつも傍若無人な態度でいつも怒鳴っている印象しかないような人が頭を下げて今までの行いを謝罪しているんだから。俺は昨日会ったばっかりだから大したギャップはないけれど、レイナさんはずっと見ていたんだからそのイメージギャップは相当なものだよな。
そんなレイナさんは事情の説明をして欲しいと言わんばかりの目で少し離れたところから行く末を見守っていた俺を見てきた。ここで変に誤解が生じてもせっかく勇気を出したゲングさんが可哀想なので俺は少し手を貸すことにした。
「ゲングさんは不器用なだけで本当は悪い人ではないと思いますよ。人との接し方が分からないだけなんですよ。持ち前の威圧感のせいで誰も近づいてくれなくて...でもレイナさんだけは優しく接してくれたから、彼はレイナさんに心の平穏を求めたんだと思います。それで自身の心の平穏を守るために迷惑になることをしてしまった...ってことであってますよね?」
「あ...あぁ、本当にすまない」
何で俺が昨日会ったばかりの人の心情を代弁しているんだろう?喋っているうちにふと我に返るとそんなことを思ってしまった。しかしこのゲングさんはそんなことに気づいてくれる人にも今まで出会えなかったんだと思うと少し力になってあげたい、そうも思った。
「な、なるほど...分かりました。これから言動を改めてもらえるならその謝罪を受けましょう。それでいいですか、ゲングさん?」
「ああ、もちろんだとも。これからは絶対に今まで見たいな迷惑はかけねぇ!」
よしっ、これでひとまず和解完了だな。
これって絶対俺のやる事じゃないよね?俺はただただ面倒なことを回避したかっただけなのに何でカウンセラーみたいなことに加えて問題解決の仲介人みたいなことをしてるんだろうか,..
レイナさんに謝ったことで少しスッキリしたのか、ゲングさんは晴れた表情で俺にお礼を言うとこの場を後にした。まあ俺も良いことできたし、心が晴れやかな気分になれたことが今回の報酬としますか。報酬と言えば、俺ってギルドに依頼受けに来たんだったわ。すっかり忘れてた...
そして俺は掲示板からゴブリンを5体討伐してほしいと書かれた依頼書を取って受付カウンターへと向かう。先ほどの出来事でレイナさん以外のところに冒険者が流れていたので俺はレイナさんのところで依頼受注を行う。
「あの、ユウトさんってゲングさんとお知り合いだったんですか?」
レイナさんは依頼の受注作業をしていると突然そのような質問を投げかけてきた。
「え、何でですか?昨日会ったばかりですけど...」
「いや...ゲングさんのことすごくご存じでしたし...もしかして以前からのお知り合いなのかと」
あー、なるほどね。さっきの俺がゲングさんの気持ちを代弁したことか。確かに普通に考えたらゲングさんの気持ちを代弁できるほどの理解があるってことは、つまり長い間ゲングさんを見てきたっていうことになるよね。レイナさんの疑問はもっともだな。
じゃあ何で俺が昨日少し話しただけでゲングさんの気持ちを理解できたのかというと、それは前世で俺が精神疾患にかかったことが理由だと言えるだろう。
──俺は自分のその病気をどうにかして治そうと様々な文献やネットの情報などを漁っていた時期があった。人の心の弱さやその改善方法などいろんなことを調べていった。結局のところそれらが自分の症状改善に役だったかと言われれば"無駄だった"と言わざるを得ない。
まあその経験があったからこそ、今回みたいに人の心の悩みとかは少し話をしたり、状況を把握さえできれば何となくは分かるようになった。前世では全く役に立たなかった経験が転生後に役に立ったという訳だ。しかしゲングさんがあんなにもすぐに気持ちを切り替えることが出来たのは驚きだった。普通は今までの自分を変えようと思うとかなりの労力と決意が必要なんだけどな...
「まあ、ちょっと心の悩みを理解するのが得意なだけですよ。今回はゲングさんが分かりやすかっただけなので少し背中を押してあげたってだけですね」
「でもこういっては何ですが、あのゲングさんをわずかな時間で理解して悩みを解決されるのはすごい才能だと思いますよ!普通の人だったらあんな真似できませんよ」
「あ、ありがとうございます。自分も昔、心の悩みで苦しんでいたという経験があったのでそれが生きたのかもしれませんね」
それから少しレイナさんと話していると、最終的にゲングさんの成り行きを見届けてほしいと遠回しにお願いされてしまった。正直言うと、面倒だ。だがもうすでに乗ってしまった船だし、一回介入してあとは放置って言うのも無責任な気がするので渋々だが了承することにした。
====================
もう冒険者も五日目になり、冒険者としての仕事にも徐々に慣れつつあると思う。
今日もゴブリン討伐を受けたのだが成果は上々。今までよりも多い合計15匹のゴブリンに遭遇したがレベルも上がっていることもあって難なく討伐することが出来た。何だかゴブリンの数が多くなっている気がしたが偶然今日が多かっただけだろう。まあ20匹以上の集団で囲まれない限りは今のステータスではゴブリンなら全く問題ないだろう。まあしかし油断大敵なので警戒は怠らない。
夕方ごろ、ギルドへと戻り依頼の報告を行った。今日の報酬はなんと!銀貨3枚も稼ぐことが出来た。これならしばらくゴブリンやコボルドの討伐依頼を受けておけば宿代や食費に加えて貯金にお金を回すことだって出来る。
そろそろこの世界の物価にも慣れてきたところなので目標金額とかを決めてもいいかもな。しばらく働かなくても十分な金額を貯蓄していきたいものだ。これからも頑張るぞ~!!
ギルドを後にして宿へと戻ろうとしていた時、ギルドの外へと出るとそこにはゲングさんがいた。どうやら俺のことを探していたようだ。何かあったのかとちょっと身構えているとゲングさんは意外なことを口にした。
「よかったら夕飯、食わないか?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます