第8話:異変
星軍の実行部隊、トップ層は世界中から集められた精鋭たちであり、戦闘能力で言えば間違いなく『アガルタ』の中では最高クラスの人材が集っている。末端には知らされていないが、世界でも特別な組織賢人機関お抱えの部隊であり、彼らの威信をかけて最新の研究、最新の装備を支給されているのだ。
にもかかわらず――
「……今の鉄臣が、子ども扱いかよ」
「信じられないわね」
彼らの顔は一様に暗い。モニターに映る戦闘の映像、星軍でも指折りの使い手に『成った』安彦鉄臣が戦い、敗れた姿が映し出される。
彼の硬化能力は防御に必要なエーテルを状況にもよるが十分の一以下にする優れた能力であり、だからこそ研究畑からの異動にもかかわらず、かなりの速度で昇進と研究の成果を投与され、めきめきと実力を伸ばしていた。
素体の性能も優れ、最新の研究をも取り込んだ男である。普通ならば負ける理由がない。相手が普通の、天才であれば――
「能力の相性も悪いけどな。相手は、直接通してきやがるしよ」
「でも、それは魔力差次第でしょ。どれだけ有効な攻撃であっても、魔力差次第で完封される。私たちは嫌というほど味わったじゃない」
「……嫌な記憶だよ」
ロディニオンの残党。よくもまあこれだけの怪物どもが集まったな、と誰もが思う。国家の枠を超えた組織が必死にかき集めた人材たちが束になってかかっても届かない光景は理不尽を通り越して笑いが出てしまうだろう。
「何でこいつらはこんなに突き抜けてんのかね?」
「……王様に聞いたら?」
「怖くて聞けねえよ。ああ、でもさ、一度、王様じゃなくて、あの人に聞いたことがあるわ。何でそんなに強いのかって」
「なんて答えてた?」
「出来ると思ったことをやるだけ。自分を信じればいい、だと」
「ほんと、天才って感じね」
乾いた笑みを浮かべ愚痴に興じる彼らとて、世間一般で見れば圧倒的に優秀な人材なのだ。天才と言ってもいい。ただ、彼らは知ってしまった。
世界の、人の、頂点を。
自分たちでは永劫届かない、人の高みを。
「残党相手は王様じゃないと厳しいぜ。どうすんだ?」
「……今は動けないわよ。六席の案件でずっと遠くにいるもの。貴人、麗人、王様の揃い踏みでね。現状対抗できる戦力は、無しよ」
「あー、忘れてた。まあ、あっちの方が急務だもんな。どっちの案件にも残党がガッツリ関わっているってのが、ほんとらしいと言えばらしい、か」
「お手上げね」
とうの昔に彼らは諦めている。自分たちの力で何かを変えられると信じることを。圧倒的な力の差、今だから分かるのだ。
あれは種族の差ではなく、人間の差で負けたのだと。もう彼らは夢を見ない。かつて夢見た正義の味方、あれはあの世界だからこそ許された夢でしかない。
何しろ自分たちの世界には魔王なんておらず、何が正義か悪かもわからないのだ。誰もが自分なりの正義を掲げているし、誰もが悪を成している。
この世界には英雄も魔王も、存在しないのだ。
まあ、存在したとして彼らはそれが自分ではないと理解してしまっているのだが。
○
日野秀斗は悩んでいた。数日前、元仲間であったカヴォードよりもたらされた出会い、藤島奏という異質との遭遇から、状況は進展したようなしていないような、何とも言えぬ状況であったのだ。
シューニャとカナデは仲良くなった。あれに仲良しという感情があるのかは知らないが、そもそも敵意や害意を持たぬ相手ならばそれなりの付き合いをするだろう。シューニャは虚無、何も持たぬがゆえに好きも嫌いも存在しない。
今のところは上手くやれている。
だが、それで何が変わったかと言えば、何も変わっていないのだ。何か大きな進展を期待していたわけではないが、何かが起きそうな予感がした後に何一つ進んでいないと言うのは少々心に来てしまう。
収集された上で生き残った少女、カナデ。信じ難いことではあるが、シューニャが肯定した時点で信じるしかないだろう。ならば、同じく収集されたキャプテン・ゴスペルもまた回収可能と言えるのではないか。
少なくとも可能性はゼロではなくなった。
だけど、そこから先が何もない。
シューニャは本体から切り離された時点で機能の多くを失い、知識はそもそも持たない存在であり、彼女から何かを得るのは不可能。そんなことは何度も試している。藤島奏にも色々聞いたが要領を得ず、しかも『レコーズ』に関する知識は皆無と言っていい。収集された瞬間から、目覚めるまでの記憶もほとんどない。
これで八方塞がりである。
「……はぁ」
さらに追い打ちをかける事態が発生する。成り行きでSクラスの西園寺那由多の研究を手伝うことになったのだが、これがまた少し難儀であった。
手伝いの内容自体は大したことない。週に五回、昼食として支給品を食べて、体組成の変化などを調べさせて欲しい、とのこと。測定は週末、土日で体組成に応じ最適な成分に調整し、週明けの昼食のタイミングで一週間分を受け取るだけ。
測定方法も耳にイヤホンのようなものを装着するだけで全てわかるらしく、手間と呼べるものは何一つないし、昼食代も浮いていいことづくめであった。
だが、ただ一点難儀な部分が――
(味が、平坦なんだよなぁ)
ほのかな甘みはある。無味というわけではない。でも、率先して食べたい味ではない。不味くはないし、突き返すほどではないのがまたきつい。
「日野氏、どうしたのでござるか?」
「カロリンメイトっぽいけど、どこのメーカーです?」
「ん、いや、貰い物、かな」
「ほほう」
あれから変化があったと言えば、あまりしょっちゅうあそこに行くのも良くないと思い、観念して教室で昼食を取ることにしたのだが、案の定彼らに捕まったことである。ただ、彼らも押し過ぎるのは逆効果と気づいたのか、少しずつ距離を詰めてくる作戦に切り替えたようである。
「ところで日野氏、この局面はどう思うでござる?」
「引き一択だと思うけど」
「やりますなぁ。ここは先日欧州のプロチームが――」
攻め寄せるだけが戦いではない。こうして包囲した状態で、少しずつ包囲を狭めつつBGに染める。全てはEスポーツ研究会にエースを迎えるために。
彼らの戦いはまだ始まったばかりであった。
ちなみに日野はまだ気づいていない。まあ、昼の時間駄弁っているだけなので特に問題ないかな、と思っている程度。対人用のヘッドセットが二学年となってからあまり効果を発揮していない状況に関しては首を傾げていたのだが。
○
放課後、早々に帰路につく日野であったが足取りは重い。結局何も変わらずに、何の手掛かりもなく、今日もあの世界に潜るのだ。
しかもあのカナデという少女はシュートの『ガンブレイズ』を我が物顔で占拠し、今もシューニャを伴って好き勝手操縦しているはずである。こうなってくると強いニートパワー。二十四時間遊べますの精神で彼女は好き放題していた。
まあ、シューニャがいるのでマッピングに関しては問題ないだろうが。
どちらにせよ、あの女のノリに付き合わねばならない時点で、ちょっと憂鬱模様な日野であった。おひとりさまに慣れ過ぎて、人と一緒にいるだけでゴリゴリ精神が削られてしまうのだ。人それをダメ人間と言う。
そんなことを考えながら歩いていると――
「どうですか、ウチのボスは?」
嫌に小さな足音と共に現れたのはSクラスの周防宗純であった。学校内、リアルで会うのは初めてであったが、何故か女生徒の格好をしている。
「……引き取ってくれ。あと、何だその格好は?」
「あれ、もしかして偏見をお持ちの方ですか?」
「……別にないけど」
「ならば良いではありませんか。古来、我が国では女装は高貴な趣味、衆道は嗜み、女性を愛することと男性を愛することは相反しません。自然なことです」
「……そ、そうか?」
「おや、僕に歴史を語らせますか? 少しうるさいですよ」
「いや、遠慮しとく」
男性なのは間違いないのだろうが、セクシャリティがまるで見えない。そもそも腹の底が見えないので、大体全部が謎な存在である。
まあ、似合っているので周りもとやかく言わない。そもそも彼を知らなければ今の見た目はただのスタイル抜群なクールビューティであるし、知っていたとしてもSクラスなのも知っていればやはり何も言えないだろう。
「で、何の用だよ?」
「用が無ければ友人は話しかけないのですか?」
「残念ながら今の俺に友人はいない」
「中二病ですねえ。僕は好きですけど」
「用が無いなら帰るぞ」
「おっと、そうですね。一応今日は意思確認をば――」
二人並んで校門付近に行くと、少しばかり騒がしい景色が広がっていた。
「なんだ?」
「……中心の二人、Sクラスの生徒ですね。どちらもスポーツ枠の特待生です」
「同じ学年?」
「ええ。ですが……何故VR機器を、彼女は」
二人の視線の先には体格の良い長身の女子が二人、口論になっていた。いや、あれは口論ではない。一方がまくしたてるだけで、もう一方には微塵も届いているように見えなかった。何かに陶酔しているような、トランス状態に見える。
明らかに様子がおかしい。
「眼鏡タイプか。あれで周囲の音を拾わないなんてありえないよな」
「ええ。ありえませんね。普通なら」
「……たぶん、そういうことだな」
「はい。あれは――」
無視するんじゃねえ、その発言と同時に一人の女子がもう一方の眼鏡型VR機器を外そうとする。その動きを見た瞬間――
「やめろ!」「やめた方が良いですよ」「やめなさい!」
三人が同時に少女を制止した。
日野秀斗、周防宗純、そして、西園寺那由多である。
「あ、何でだよ⁉ この眼鏡がおかしくしてんだろ。世界大会が近いんだよ、こいつは。こんなもんで遊んでいる場合じゃねえんだ!」
怒気を孕んだ少女の眼は、強烈な雰囲気を宿していた。邪魔するならぶん殴るぞ、獰猛な意思がありありと伝わってくる。
「安心してください。彼女が世界大会に出ることは不可能です」
「あ?」
「会場が国外ならそもそも空港で引っ掛かります。わかったら退いてください」
一言も二言も足りない西園寺の発言。当然、頭に血が上っている相手には火に油となる。怒りが限界を超えた瞬間、少女の顔から怒気が消える。
「あたしに売ってんのか?」
両手を上げてファイティングスタイルを取る。この間、一秒。そこから左のジャブを放つ。これはもうコンマ一秒の世界、瞬きをも許さぬ高速の左。
それは脅しの一撃、鼻先に軽く当て、ビビらせるためのものであった。素人にかわせるものではない。そもそも目視することさえ難しい。
彼女はこの左一つで日本一になったのだ。
だが――
「あっ」
西園寺がスウェーでかわす。少女は眼を見開いた。明らかに運動などしそうにない見た目の彼女が、自分の左を完全に見切ってかわすなどありえない。
ありえないことが、起きた。
「西園寺、お前言葉が足りないよ」
西園寺の後ろで彼女を支える日野はため息をつく。
「日野、くん?」
「そこのデカ女も喧嘩っ早すぎるだろ。素人にそんなもん向けるなよ。当てる気なくても危ないだろーが」
「……テメエか」
少女は西園寺が立っていた足元を見る。スウェーではなく、後ろにこけたのだ。いや、こかされた、か。それをやったのは日野秀斗。
出来たということはこの左、完全に見えていた証左。
「良かったですね。これ、外していたら取り返しのつかないことになっていましたよ。まあ、今でも十分、不味い状況ではありますが」
そんな騒動を尻目に、周防は眼鏡型VR機器を装着したまま立ち尽くす少女の様子を確認していた。そして、静かに首を振る。
「彼女は規約違反を犯し、『アガルタ』の『裏世界』にいます」
「はァ? 何だその『裏世界』ってのは」
「この状態で機器を取り外せば、人体に悪影響が出ると言うことです。そのまま目覚めるケースもありますが、意識不明のまま寝たきりになった方もいる、と言う噂もあります。どうしますか、Sクラスの猪熊玲央さん」
「……何でゲームしてそうなるんだよ。ありえねえだろ」
「ええ。ありえません。ゲームの範疇であれば、ですが」
周防は西園寺に目配せする。不承不承、明らかに周防に対し何らかのマイナスな感情を抱く西園寺であったが、頷いてスマホを操作し始める。
「説明しろ」
猪熊は周防を睨みつける。かなりの凄みだが、彼自身に揺らぐ気配はない。
「構いませんよ。少し場所を移しましょうか。ほら、どうやら先生方も騒ぎを聞きつけてやって来たみたいですし、とりあえずは任せましょう」
「面貸せってか。上等だよ」
「はい。では行きましょうか、日野君も」
「え、俺も?」
いきなり話を振られて驚く日野。完全に部外者になる流れだったので、すでに離脱をしようと人混みに潜り込む算段を整えていたところである。
「周防君。彼は、関係ないでしょう」
何故か、それに食って掛かる西園寺を横目に、周防宗純は妖しく微笑む。
「一番関係ないのは貴女でしょうに、デシリオン」
「……っ」
周防と西園寺、二人の間に流れる不穏な空気。下を向く西園寺とそれを見て哂う周防。どのような関係なのか、まるで見えてこないが。
関係者であることは間違いないようである。
「さ、行きましょうか」
「俺は関係ないだろ」
「関係ありますよ。だってこの事件、『ビブラシオン』のヴァンガードが絡んでいますからね。元お仲間ですよ、『ガンブレイズ』のシュート君」
「……マジ、か?」
「マジです」
いきなり出てきた名前に日野は顔を歪める。元ロディニオン、四番艦『ビブラシオン』のヴァンガード。日野も良く知る男の名である。
その強さもまた――
「興味、出てきましたか?」
本当に、腹の底が見えない男である。もはや本当に男なのかもわからない外見なのがそれに拍車をかけている。
果たしてこの男、敵か味方か。
そしてそれ以上に、今回の一件、日野の考える何倍も根は、深い。
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