第7話:トモダチ
トンデモ設定の不思議ちゃん。それがシュートの藤島奏に対する最初の印象であった。異世界転移とか言っているのに名前が普通に日本人で、見た目も美少女ではあるだろうが混じりけなしの黄色人種、たぶん日本人だろう。
それで異世界転移と言われてもピンとこない。これがエルフやドワーフみたいな外見で異世界転移ですと言われたならまだ信じられるが。まあ、『アガルタ』だと課金さえすればそう言う見た目に変えることも出来るので、結局真実味は無い。
「あれ、信じてない?」
「……この説明で信じる奴いるのか?」
「ああああ君は信じてくれたよ。大笑いしながら」
「マジかよ、あいつ」
ああああ、つまりカヴォードは彼女の言うことを信じた。俄かには信じられない話である。あの男は馬鹿じゃない。むしろ色んな種類の馬鹿がいたロディニオンの中では比較的頭が切れる方だっただろう。自由を侵害さえしなければ話の通じる奴、ではあった。その自由の範囲が広くて難儀なのだが、それは横に置く。
「この人が特別なのは事実ですよ」
「えーと、すーちゃん?」
「あ、すーちゃんでもイシュヴァラでも周防宗純でも何でもいいですよ。僕は別に『アガルタ』でも本名はオープンにしているので」
「あ、じゃあ周防で。周防はこいつについて何を知っているんだ?」
「んー、そうですね。少し入り組んだ話になるんですが、構いませんか?」
「ああ」
シュートは内心、何でこの不思議女の説明に入り組んだ話が必要なのか、と疑問を抱いていたが、とにかくまるで状況が見えないため疑問を捨てる。
まずはカヴォードが、その部下である周防が知る情報を得る。
全ては其処からだ、と判断する。
「まず、彼女を発見したのはシュートさんのお仲間、ユオさんです」
「は? 何でユオが出て来るんだよ⁉」
「さあ? 僕もそこまでは聞いていません。ユオさんがとある場所を襲撃して、『レコーズ』のそばで眠る彼女を確保し、その場を離脱。後日、自分は興味がないからとカヴォードさんに押し付けた。僕が知るのはそれだけです」
「……相変わらず意味わからねえツートップだな、あいつら」
とにかくロディニオン時代からあの二人は何も読めなかった。キャプテンにだけは従順であったが、それ以外に対しては好き放題やっていた記憶がある。それで皆を巻き込み、あの二人は嬉々とする。ろくでもない二人であった。
「で、彼女から話を聞くと、銀色の妙な奴に襲われて、気づいたらここにいたそうです。本人は自称留学中のバリバリのピアニストだそうですよ」
「自称って言うな!」
「だって、カヴォードさんが言っていたじゃないですか。プロの音じゃない、と」
「ああああ君はハードルが高いんだって!」
口論を見ながらシュートは「まあそうなるよな」と物思いに耽る。自分たちは何かある度にキャプテンの演奏を聞いていた。全員あれ目当てで宴をしていたと言っても過言ではない。あれは凄かった。素人でもわかる、プロの演奏。
圧倒的な力には、誰も逆らえない。いや、逆らう気も起きない。
「って言うか、『レコーズ』ってのが銀色の奴らなんだろ? ユオはそいつらの足取りを掴んでいるってことか?」
「僕は何も知りませんけど、ユオさんが主に攻撃しているのは星軍、つまり運営ですよ。『裏世界』の拠点を中心に、執拗な攻撃を加えていますし」
「……運営のところに、『レコーズ』がいたのか?」
「さあ? でも、その可能性は高いと思いますよ」
カヴォードの言い残していったセリフがシュートの脳裏に過ぎる。何が何だかさっぱりわからない。『レコーズ』もそう。運営も、このゲームも。
それに目の前の彼女も――
「……わけわかんねえな」
「謎が多いですよね。このゲームは」
「他人事だな、おい」
「そうですか?」
この周防も相当曲者ではある。そもそもあのカヴォードがそばに置いている時点で難物なのは確定、掴みどころもなく、人物がまるで見えない。
(ユオ、星軍、運営、そしてカヴォード、か……確かに入り組んでやがるな。とは言え、ここで臆せば遠のくだけ。あの野郎に乗せられるのは癪だがよぉ)
「決まりましたか、腹積もり」
「……カヴォードの狙いは?」
「僕は知りません。ですが、今回はきっと善意ですよ。もしあの人自身に狙いが芽生えたのなら、シュート君に託すのではなく――」
「自分でやるだろうな。そこは俺も理解している。じゃあ、お前はどうだ、周防宗純。さっきから代理人みたいな面してるけど、そんなタマじゃねえだろ」
「……今は、敵ではない、とだけ」
あえて濁し、何かはある、とだけ伝えて来る。これは彼なりの誠意なのだろう。明かすことは出来ないが、敵意が無いこと、そしてカヴォード以外に何らかの関係性があることも匂わせる。まあ、その辺りはシュートも掘らない。
「わかった。俺の隠し玉を見せる。ただ、今は『ガンブレイズ』を『裏世界』で待機させているから、こっちに戻すのはちょっと時間を貰うぞ」
「それでも構わないのですが……今の座標はお持ちですか?」
「ん、ああ、持ってるけど」
「なら、もっと早い方法があります」
周防が手を差し出したのを見て、シュートは座標のデータを彼に送る。データを受け取った周防はそれを懐から取り出した謎の球体に入れ込む。
無色だった球体だが、設定を終え周防が手を離した瞬間、
「おっ」
宙に浮き、黒く染まり始める。
そして、
「離れてください。安定化する前に触れると、どこに飲まれるかわかりませんよ」
「……ユオの能力みたいだな」
「彼ほど悪食じゃありませんが」
徐々に膨張し始める。
「ええ、それ私も潜るの?」
「はい」
「……凄く嫌なんだけど」
「我慢してください」
藤島奏も難色を示す奇妙な光景。漆黒の、夜色の球体が膨らみ、膨らみ、人が通れるような大きさになる。そして、膨張を止める。
「それ、どこで手に入れたんだ?」
「裏では結構出回っていますよ。座標、航路を把握した上での長距離ならば重力ゲートを用いますし、星系規模の移動ならばアルクビエレ・ドライブが無難かと。どちらもいつの間にか小型化され、市場に出回っています」
「……マジかよ」
「お譲りしますよ、友情の記念に」
「ならいいわ。まだ、お友達とは思ってないからな」
「それは残念です。そろそろ安定化したので潜りましょうか」
「うう、何か、嫌な思い出がぁ」
「それたぶんユオに飲まれた時だな。あいつ何でもかんでも飲み込むし、俺も一回飲み込まれたけど、最悪の気分だったから」
しかし、周防に押されて二人は無事、そこに飛び込むこととなった。そして、彼もまたその中に入り込む。しばらくすると、黒い球体は収縮し、消える。
跡には何も残っていない。
○
三人はとある星に降り立つ。そこは大気組成こそ人が住める環境ではあるが、知的生命体の存在しない未開の惑星であり、『ガンブレイズ』を隠しておくための拠点である。艦に影響を与えるような外敵がおらず、放っておけるのが利点だとか。
「あれが一番艦『ガンブレイズ』ですか」
「格好いいだろ」
「はい」
「私はちょっと……何かあれだね、中二病っぽいね」
「「は?」」
カナデの発言にシュート、周防、キレた。
「じゃ、俺ダミー切るわ。艦のハッチは開けておくから、好きに入ってくれ」
そう言ってシュートの姿は消える。今まで彼の身体はダミーであり、虚像でしかなかったのだ。本体を『裏世界』に置いたまま、『ホーム』で何かあった時に遠隔で操作するための機構である。『裏世界』を行き来する者御用達。
「さて、楽しみですね」
「なんで?」
「ロディニオンの残党、彼らは全員ひとかどの人物です。曲者揃い、正義とは程遠い方ばかりですし、正義に選定されるような方々ではない。でも、彼らは全員それに比肩するモノを持っています」
「それ?」
「正義の味方、ですよ。人はそれらを第零世代と呼びます」
「中二っぽい」
「……僕はもっと、そっちに振り切れた存在を期待していましたがね」
周防は苦笑し、何かが待つのであろう『ガンブレイズ』に乗り込む。カヴォードがあえて自分を、カナデを送り込んだ意味が、ようやくわかる。
何故、日野秀斗がロディニオンのメンバーだったのか。何故、神山学院に入るよう仕向けられたのか。何故、彼だけが特待生、Sクラス待遇で授業料や寮費を免除されているにもかかわらずSクラスにいないのか。
ある意味でSクラス以上、その扱いに値するのかが、これで――
「ニーハオ、ハロー、ナマステ、ブエナス・タルデス、アッサラーム・アライクム、ボア・タルデ、ドブリ・ジェン、こんにちは、ボンジュール、グーテン・ターク」
怒涛の挨拶。周防とカナデ、二人がブリッジに現れた瞬間、無表情極まる少女がまるで読み上げ機械のように平坦な発声で各国の『こんにちは』を紡いでいく。
「上位十ヵ国語、挨拶に被りが見受けられたためアラビア語とベンガル語は統合しております。スペイン語とポルトガル語も言語そのものが似ているため統合すべきかと思案したのですが、挨拶自体は重なりが少なかったため分けました」
「……驚いてるな」
「卓越した挨拶だったので当然かと」
「……そう言う意味じゃねえよ」
少女、シューニャを見て周防は首を傾げる。何と言うかユニークな少女ではあるが、あのシュートが部下としている人物であるにも拘らず、シックスセンスが感じられない。本当に、微塵も。まるでそこに存在しないかのような。
(……え?)
そこでようやく、周防宗純は一つの過程に行着く。シックスセンスが存在しない人類は、今のところ確認されていない。どんな人物にも大なり小なり存在する器官、第六感は誰しもが持ち合わせているもの。
それを持っていない人間はいない。そう、人間は――
「……シュート、私は、今、ありえないモノを見ています」
「何が?」
「あの人間です。性別は女性」
「藤島奏だと」
「フジシマカ・ナデですね。覚えました」
「フジシマ・カナデ。あれ、私、貴女に会ったことあるかな? なんか、前にもこんなやり取りしたような、しなかったような」
「……少し、触らせてください」
「おい、調子に乗るなよ」
カナデに手を伸ばそうとしたシューニャのこめかみに、シュートは銃を突きつける。その瞬間、びたりと制止するシューニャ。
「お前は誰にも触れるな」
「わかりました」
シューニャは無表情でシュートの言葉を受け入れる。そこに咎められたことによる感情の変化は存在しない。この存在にそんなもの無いとシュートは知っている。
「この、馬鹿たれ!」
「……⁉」
「おい、何してる。そいつに触るな!」
カナデはシューニャをがしっと抱きしめた。それを止めようとするシュートをぎろりと睨み、逆に彼を気圧す。
「女の子に銃を向けるなんてどういうつもり⁉」
「いや、そいつは、外見がそうなっているだけで――」
「言い訳無用!」
お宅に娘さんは任せられませんとばかりに、抱きしめながらシュートから距離を取る。どうすべきか思案するシュートに、状況が把握し切れていない周防、頑として離す気が無いカナデ、そして制止し続けるシューニャ。
「貴女は誰? どこから来たの?」
「……シュート、許可を。私はもう、収集しません。する意味がありません。私は、私たちから切り離されたのです。だから――」
シュートは迷う。こんな状況は初めてだった。
「シュート君、彼女は、まさか」
周防の問いをシュートはスルーする。どうせすぐにわかることである。今ここであれこれ説明するよりも、
「……傷つけたら、今度こそ殺す」
見た方が手っ取り早いだろう。
「許可と認識。では、カナデ。失礼します」
シューニャの美しい銀髪が形を変える。うねうねと、まるで形を持たないかのような、水銀のように不定形な姿に、髪だけが変わった。
「……そんな、これは、『レコーズ』、か」
周防は愕然とする。ありえない状況であった。ここに『レコーズ』がいて、それが人の形を取っていて、あまつさえ意思疎通が可能などと――
「うん、やっぱり、前に会ったね。ちょっと、思い出してきた」
「…………」
「え、そっか。近しい枝葉? なるほど、よくわかんないなぁ。姉妹みたいなもの? 違うんだ。同一、でもシューニャちゃんはシューニャちゃんだよ」
そして今、接触による意思疎通、会話をシューニャとカナデが行っていた。これもまた信じ難い光景であろう。『レコーズ』を、その知識を知れば知るほどに、これがありえないことだと誰もが思うはず。
「…………」
「ふむふむ。へえ、その名前、シュートにつけてもらったんだ。意外と良いところあるじゃん。ほほう、ふむふむ。なるほどなぁ」
「…………」
「……そっか。私は……ありがとね、教えてくれて」
シューニャを再度優しく抱きしめ、カナデは一歩距離を取った。それと同時にシューニャの髪も元に戻る。これで会話らしきものを、終える。
「と言うわけで、私たちは友達になったのだ」
「いえーい」
がっちり肩を抱き合い、親友っぽい感じになる二人。いや、一人と一つ。
「……彼女は、いったい?」
「……こいつは俺たちがあの日、接触した『レコーズ』だ」
「じゃあ、本当に……でも、何故――」
「あ、それだよ! さっき映像見せてもらったけど、あんなんいじめでしょ! 皆で寄ってたかって攻撃して、あれじゃあ誰でも反撃するでしょ! ああああ君も幻滅だよ、何さあの攻撃。滅茶苦茶してんじゃん。全員ね、全員!」
「……告げ口してんじゃねえよ」
「……はて?」
シューニャは何のことやら、と首を傾げて見せた。どうやらいつの間にかとぼけるという人間の行動を身に付けていたようである。
情報収集に余念がない。
(理事長はご存じなのか、それとも知らずとも特別扱いに値する男なのか、どちらにせよ異常事態だ。この光景一つで、世界が揺らぐぞ)
どんな研究よりもある意味で今、この場こそが最先端であろう。こうなってくるとまんざら馬鹿に出来ないな、と周防は思う。
賢人機関最弱の派閥、第一席の男とその部下である貴人から成る融和派。まともな研究機関を持たずに雲を掴むばかりの無駄飯喰らいと思いきや――
「シュート君、彼女は何故、人の形に?」
「それは本人もわからないって言ってたな。でも、それなりにいるらしいぞ。ああいう本体からはぐれた奴は。何らかの影響で収集作業に異常をきたすと、大元から切り離されるそうだ。永遠に。それがあいつってわけだ」
「……それを誰かに伝えたことはありますか?」
「トールぐらいかな。他に話すような知り合いもいないし」
(……なるほど。六番艦、『クードフードル』のトールか。漏れ出てこないわけだ。彼に関してはある意味、一番ノーマークだったから)
今日、この出会いが無ければ人類は『レコーズ』の研究を下手すると数十年、数百年規模で後れを取っていたことだろう。
ただ、これは同時に派閥争いにも大きな影響を与えることになる。使うかどうかは『上』次第、であろうが。それは周防の関知するところではない。
「シュート君、賢人機関をご存じですか?」
「いや、知らないけど」
「……一応、覚えておいてください」
「ん、ああ」
ただでさえ不安定な情勢、彼の持つ情報が起こす波紋は世界を割りかねない。もう少し落ち着いてくれたなら、まだ使いようもあるだろうに。
(……今は難しい。教授派閥が――)
この奇跡、果たして今の人類は活かせるのだろうか。
そんな中、何故かシューニャとカナデは人差し指を突き合わせ、
「「トモダチ」」
と謎の儀式をやっていた。残念ながらシュートも周防も世代ではないので動作の意味、元ネタは分からなかったが。
○
「こちら観測データのまとめになります」
「ああ。ありがとうデシリオン君。相変わらず仕事が早いね」
「いえ、ただデータをまとめただけですので」
ここは『アガルタ』内のとある研究所、その一角にある石動研究室であった。幾人かの若い研究者たちが実験データなどと睨めっこしながらうんうん唸っている。何か見えてくるものは無いか、と。科学の世界は積み重ねの上に閃き、もしくは総当たりしたデータを乗せるのが肝である。
凡人は総当たりして、閃いた天才はショートカットする。まあ、ショートカットしても逆算して過程などを導く必要があり、証明のためには知識が必要なため、結局は如何なる天才でも知識や積み重ねは必要なのだが。
「おや、珍しくご機嫌だね」
「いえ、その、少し、良いことがありまして」
「それは良かった。モチベーションは大事だよ、何事もね」
「はい」
石動良治は微笑む。彼女の口から聞いたことはないが、彼女のパーソナルな情報、研究内容から、彼女の目的を推察することは容易である。彼女の熱量は尋常ならざるもので、そのために手段を選ぶこともしない。
どんな手段を用いても、自らの能力をフル活用して資金を、伝手を得て、必ず目的を達成して見せる。そういう鉄のような意思が伝わってくるのだ。
石動はそれを素晴らしいことだと思う。
誰かのために人生を捧げる。あの若さでもう一人前。石動があの境地に達したのは随分後になってから、失って初めて――
「おや?」
「どうしましたか?」
「いや、何でもないよ。研究を続けよう」
「わかりました」
研究者にとって大事なのは情熱なのだと石動良治は思う。何かを成し遂げたい、その一念さえあれば何だって出来る。
例えそれが人の道を踏み外すような行いであったとしても。
○
それと同時刻、『裏世界』のとある星に設けられた研究施設。ここは石動良治が用意した禁忌に手を染め、超越するための足掛かりである。
「……良治」
「おや、珍しいな。末席、ウィンザーの犬。星軍所属の鉄臣君じゃないか。ここは猟犬風情が立ち入って良い場所ではないのだけどね」
賢人機関第七席セレナ・ウィンザーが率いる星軍(ステラ・マリーナ)の戦闘員が一人、安彦鉄臣。元は石動と同じ研究職だったが、ある事件をきっかけに研究職を辞し、実働部隊である星軍に志願した変わり者であった。
「ここの研究は度が過ぎている。そろそろ機関でも隠し切れなくなるぞ」
「それを手配するのもそっちの仕事だろうに。私は世の中のためになる研究をしているつもりだよ。他の研究者たちと同じく、ね」
「限度がある」
「ふは、この『アガルタ』を使っている時点でな、限度など超越しているんだよ、鉄臣。お前は愚かだ。天才の妹なくば、正しい道も見えなくなるほどに。お前は私を手伝っていればよかったのだよ。それが最善だった」
「お前たちの研究には再現性が無い。無駄にこれ以上、犠牲者を出させるわけにはいかない。これは俺の正義だ、石動良治」
「薄っぺらい男だよ、お前は」
石動は安い正義を振りかざす男を嘲笑う。
「禁忌を否定する気はない。『アガルタ』はそれを無視するための実験場だ。業の塊、俺もその一部である自覚はある。だが、だからこそ露見は許されない。秩序が必要なのだ。世界から真実を隠し通すために」
「同感だ。だが、私は『もしも』のために足を止めるほど暇人ではないのでね。愚民どもに真実が正しく届き、彼らがそれを信じて、何らかの行動に移す可能性。そんな億が一にもない可能性など、切り捨てで構わぬ誤差でしかない」
安彦鉄臣はシックスセンスを発動する。もはや問答は無用。この男を拘束して研究を止める。今回はウィンザー、ハビリス、王(ワン)の三票がある。如何に最大派閥である教授派とはいえ、所詮は一つの席、無視は出来ないはず。
「本当に愚かな男だ。私が何の準備もしていないと、思ったのか?」
石動はスイッチを押して扉を開ける。そこには別室でゆったりと読書に興じている男がいた。鉄臣はその姿を見て、目を細める。
「……驚かないのだな」
「情報通りだからな」
「……ほう。どうやら筒抜けのようだ。教授に伝えておかねばな、ネズミが数匹仕込まれていることを」
「それを伝える隙は与えん。『本体』の貴様をここで捕獲する」
「そうか。残念だよ、鉄臣」
石動は苦笑し、その男に目配せする。
「頼むよ、ヴァンガード」
男は本を閉じ、のそりと立ち上がる。首を捻りながら、軽く体をほぐした後、ゆったりと歩き始めた。一歩、一歩、進むたびに振動が伝わってくる。
まるで震源が近づいてくるような、そんな威圧感。
「おいおい、剣の王様じゃねえのか。俺も舐められたもんだぜ」
景色が歪む。足元が揺れる。
「ロディニオンの残党、四番艦『ビブラシオン』のヴァンガードか」
「テメエの面は見たことねえなァ」
「……たぶん今日、覚えることになる」
安彦鉄臣はさらにシックスセンスを高める。最新の調律手術を受け、星軍の中でもトップクラスの力を彼は手に入れた。
非凡なる者たちに対抗するための牙を――
「ほォ、確かに言うだけはある。相当なシックスセンスだ。雰囲気はなかったし、だいぶ体を弄ってんな。くく、良い趣味してるよ、お前ら賢人機関は」
だが、
「ただ、悪いな。たぶん、明日にゃ忘れてるわ」
それでも足りぬとヴァンガードは嗤った。
「才能の壁を教えてやる」
そこには断崖があった。才能の、途方もない開きが、在ったのだ。
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