第6話:藤島奏
地下都市アスガルタの一角、そこには年齢制限が設けられた特殊な区画があった。俗に言う歓楽街、である。この『アガルタ』のアバターには五感が備わっており、人体と同じように各種刺激を受けることが出来る。ただし、上層の方では制限が厳しく、正負問わず強烈な刺激を受け取ることは出来ない。
ただ、この区画においては制限の一部が緩和されており、強烈な刺激を求めて大人たちが繰り出す紳士淑女の社交の場と化していた。
そんな中をシュートは歩く。目的地は、いつの間にかこちらの連絡先を掴んでいたイシュヴァラから届いた住所。
「……ここか」
寂れた裏路地、小さな扉、の横の壁。
「面倒事だけは勘弁だ」
壁を通り抜け、階段を下り、突如開けた場所に出る。重低音が凄まじいボリュームで鳴り響き、それに合わせて男女入り混じり嬉々として踊り狂う。上層では許されぬ服を脱ぐ行為も、この区画ならば出来るし、本来この区画でも出来ないはずの下着を脱ぎ、致す行為すら、何故かこの場では出来るようである。
どう見ても場所そのものが規約違反。
「ようこそ、Not in Education, Employment or Training. NEET同盟『自由(フリーダム)』へ。僕はすーちゃん。で、こちらが――」
「ああああ、だ。よろしくなァ。シュートくゥん」
「……何やってんだよ、カヴォード」
シュートは自分の前に現れた二人を見てげんなりとした表情になった。片方は今日BGで対戦したイシュヴァラで、もう片方は元ロディニオンの一員、カヴォードその人である。隠す気ゼロ、堂々とシュートの知る顔そのままであるが、アバター自体の名前、設定は別物のように見えた。
「……ダミーじゃなくて別垢か。よくやるな、バレたら一発BANだぞ」
「ふはは! 俺たちが今更BANを怖れてどうする? 出来るならとうにやっているとも。特に、俺とユオに関しては現実でもお尋ね者だからなァ」
「どうやって運営の目くらまししてんだか」
「それは企業秘密だァ。場所を変えるぞ」
ああああことカヴォードが指を鳴らすと、景色が一変する。宇宙空間に流れる星の上に立つ三名。突然の変化だが今更シュートに驚きはない。
カヴォード相手に一々驚いてもキリがなく、それを見せるのが癪であるのだ。
「動く足場ね」
シュートはため息をつく。カヴォードはあまりPCに強くないロディニオン勢の中で唯一、高度なハッキング技術を持っていた。本人曰く知りたいことを知ろうとしたら自然と身に付いたスキルだそうだ。
大概ろくなことではない。
つまりこの流れ星も足場に星のテクスチャを張っているだけ、いわばハリボテだとシュートは看破していた。昔驚かされた経験がここで生きる。
「察しが良いのは詰まらんな。流れ星に乗っていると思え」
「流れ星に乗ったら進んでいる感覚なんてねえだろ」
「ふは、しかり」
シュートとカヴォード、当時から別に仲が良かったなんてことはない。そもそも仲良しなのは女二人のみ。しかも一方の片思いだけ。他は全員隙あらばぶち殺してやる、ぐらいに思っていただろうか。今も根っこは変わっていない。
特に――
「最近、良い噂聞かねえな」
カヴォードと言う男は微塵も変化がない。常に泰然と、自由気ままにやりたいことだけをやる。その邪魔をする者は如何なる者であれ、力ずくで取り除く。
ただ、それだけを徹底しているのだ。
「そちらは噂自体聞かんな、何を燻ぶっている、シュートよ」
「やることやってるだけだ」
「間違った方向の研鑽は努力ではなく徒労と言うのだ」
「ぶっ殺されてえのか?」
「貴様では無理だァ」
戦意が両者の間で爆ぜる。イシュヴァラが身震いしてしまうほどのプレッシャー。シックスセンスは制限されている場所で、そもそも他のアバターの認識を誤認させるだけのダミーである今のシュートに気圧される理由などないのに。
今の彼は力無き、ただの案山子。それでも――
「で、何の用だよ」
「貴様はあの日、俺たちが遭遇した存在を追っている。相違ないか?」
「……テメエには関係ないだろ」
「くだらん言い草だな。それを言える時点で貴様は、あの日から一歩たりとも真実に近づけていないのだ。まあ、確かに関係は無い。貴様がただの凡俗で、何一つ歴史に寄与しない存在であれば、俺も捨て置く。何も持たぬ男であれば、な」
「何の話だ」
「貴様が、スピットファイアが、俺たちに秘匿している存在の話だ」
「……知らねえ」
今にも殺し合いが始まってしまいそうな雰囲気にイシュヴァラは息を呑む。ロディニオンの残党、今彼らが『裏世界』でどういう存在かを思えば、この状況を楽観視できる者など無知蒙昧な者でしかないだろう。
エーテルすら焼き尽くす炎か、万物阻めぬ自由の光か。
「あれの名は『レコーズ』だ」
「……は?」
「このゲームの管理者どもがそう呼んでいる。別に反発する理由もないから、俺もそのままこの呼び方を使っている。Records、記録するモノであり、媒体。奴らは単一であり常に複数でもある。成熟した文明を収集し、滅ぼす存在だ」
「……馬鹿馬鹿しい。ゲームの設定かよ。俺はもっと――」
「馬鹿なのは貴様だ。俺たちの中でこれをただのゲームと、遊興だと思っている者は誰もいない。たかがゲームにこれだけの資本が、企業が、国の垣根を越えて集まることなどありえん。絶対にな」
「……検索エンジンみたいなもんなら、どの国も使うだろ。おかしくはない」
「運営元が米国で、やろうと思えば各国の情報にアクセスすることも容易だ。いち国家が制限を設けられる権限もない。それをな――」
カヴォードはにんまりと下種な笑みを浮かべる。
「独裁国家でさえ垣根を超えて、皆が使っているのだ。この『アガルタ』を。検索エンジンすら自国産のモノを作って使っていた国ですら、なァ」
「……それは」
シュートは言葉に詰まる。引っ掛かる部分はあった。いや、あり過ぎた。それなのに誰も言わない。この世界の禁忌。
この世界は本当にゲームなのか、と言う根本的な疑問。
「俺が何を言っても貴様は信じまい。別にそれはそれで構わん。貴様に信じられても気持ち悪いからなァ。だが、ゴスペルと言う男が認めた貴様が、徒労に汗を流し続ける醜態は、誰が許そうと俺が許さん。泥を塗るな、キャプテンに」
先ほどまでの挑発とは違う、本気の眼。
シュートは視線を逸らす。
「俺の知識は全て、運営をクラックして得たものだ。先ほどの『設定』、信じる信じないは勝手だが、少なくとも頭の片隅に入れておけ。連中は『レコーズ』に関する知識を持っている。そしてそれを秘匿している。鍵は『オーバーロード』という言葉。それが『レコーズ』と関係しているようだ。俺の知る情報はここまで。あとは自分で調べろ。外側を模索する前に、まずは内側を洗ってからにすることだ」
言いたいことを言い切ってカヴォードは宙に浮き、発光し始める。
「……おい、どういうことだ⁉ なんで、こっちでシックスセンスが⁉」
「シュート。表裏は見方だ。表側から見れば逆は裏だが、裏から見れば表が裏と言うこともある。常識を疑え。今からの出会い、無駄にしてくれるなよ」
そして光が最高潮に達した瞬間、カヴォードの姿は消えた。表側で使えるのはエーテルの操作程度。自身固有のシックスセンスを発動することは、誰にも出来なかったはず。それなのにあの男は、大して鍛えてもいない別垢でそれを成した。
力の大小ではない。それこそ、認識の違い。
「……あいつは、何を考えている?」
「僕にもわかりませんよ。あの人の考えていることなんて」
「……だよな」
あの男のことは考えるだけ無駄。かつて仲間だった皆、そう思っているだろう。だが、本当にそうなのか、とシュートは疑問に思う。
知らないことが急に怖くなった。
○
カヴォードは気圧の変化、極低温の空間によって自身の肉体が崩壊していく様を感じながら、皆が『ホーム』と呼ぶ星を見つめる。
「ハリボテよなァ」
そう言って微笑み、死んだ。
そして遠く、星々の彼方で目を覚まし、
「さて、自由を謳歌するかァ」
自由を求め、暴れ出す。
『許さんぞ、未開の●●がァ!』
「ふは、俺たちの語彙に存在せぬ何か、か。文明が異なると、ふはは、挑発の一つも受け取れずに不自由だなァ。これは困った」
正真正銘『ヌールアルカマル』のカヴォードは飛び込んできた敵に対し、自らの輝ける手を添える。彼の力は光、質量をマイナス方向に支配する力。
『なんだ、これは⁉』
「光に、成ァれェ」
限りなくゼロに近づいた質量、それを優しく押して、飛ばす。それは凄まじい勢いで加速していき、相手が絶命したとしても関係が無い。
重要なのは、
「タイミングがミソなのだ。わかるかね、諸君」
質量を元に戻すタイミング、である。
「あーあ、可哀そうに」
彼の部下たちは口々に相手への憐れみを口にする。だが、そこには微塵も彼らを滅ぼすことへの罪悪感、と言うのは存在しなかった。
「提督の進路に母星なんて存在するから、こうなっちまうんだよ」
「イシュヴァラの代わりに祈ってやれよ。南無阿弥陀仏だっけ?」
「知るか。とりあえず衝撃に備えとけ。そろそろだぞ」
「誰も答えてくれん。つまらんなァ。まあいい、この辺り、だ」
光速に達した物体を元の質量に戻すとどうなるのか。それはこの景色を見ればわかること。質量を持った光速の物体、その破壊力たるや――
「俺が自由にしてやろう!」
凄まじい光と共に、敵対勢力の母星が砕けた。この男はただ一人で、星を、文明を滅ぼす力を持つ。これがロディニオンの残党が一人、『ヌールアルカマル』のカヴォード。自由のためならば大虐殺も辞さぬ、追跡不能の男である。
「ふはははははははは!」
嗤うカヴォードは自らのいる星の、地面を足蹴にして礫を舞い散らせる。そこから飛び散った礫を粒子に変えた。
「あらら、絶滅だな、こりゃ」
そして、敵対者の文明に絶望的な――光の雨が降り注ぐ。
○
流れ星の案内によって辿り着いた場所には、一台のピアノがあった。それを楽しそうに、嬉々として奏でる少女の姿に、ほんの僅かだがシュートは船長を見る。
彼の方がずっと上手かった。彼の演奏ほど響かない。
だけど何故だろうか、ひたむきさだけは同じであった。
「あれ、すーちゃんどうしたの?」
少女は演奏をやめて、すーちゃん、イシュヴァラに近づいてくる。
「紹介したい人がいまして、案内いたしました」
「あ、例の人か。オッケー」
見た目はシュートと同じ日本人。美人ではあるが、取り立てて特筆した雰囲気はない。もちろん、平凡ではなく、どちらかと言えば優秀、なのだろう。
そう言う意味ではイシュヴァラ、周防宗純と少し被るか。
「初めまして。私の名前は藤島奏です。一応『自由』の創始者だけど、リーダーじゃないんだ。だってそう言う縛りがある時点でニートじゃないし――」
「え、リアルの名前?」
別に禁忌と言うわけではないが、『アガルタ』で本名を尋ねる者はビジネスでもない限りそうそういない。必要が無いから、興味が無いから、誰も尋ねない。
名乗らない。
それを求められるケース自体が稀、だから。
ゆえにシュートも驚いたのだが――
「んー、と言うか私にとってはここがリアル。帰る場所が無いんだな、これが」
「……どういうこと?」
「その前にお名前くださいな」
「シュートだけど」
「フルネームで」
「日野、秀斗。普通、『アガルタ』で本名尋ねるか?」
「まあまあ、怒らない怒らない。で、質問に答えると。私さ、異世界からやって来たんだよね。マジな話」
「……は?」
「異世界転移ガール、カナデちゃんをよろしく」
いきなり意味不明なことを言い出す少女、藤島奏。理解が何一つ追いつかない日野秀斗。そしてその様子を見てケラケラ笑う周防宗純。
この出会いが真実への扉を少し、開く。
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