第3話:遊びの殿堂

 地下都市アスガルタの一般アバター行動不能領域にて――

「まだあの力技で『裏抜け』してる奴いるのかよ。もっと楽な方法流してるってのに、本当に在野の凡人は学ばないなぁ」

 薄暗い部屋に七つの席があり、それぞれに適当な格好をした六人のアバターが座っていた。どう見ても仲良し集団には見えないが――

「別にどんな方法で『裏抜け』しようと構わん。問題は『ウェスペル』のユオ、『ヌールアルカマル』のカヴォードだ。あいつらは明らかにやり過ぎている。特にユオは彼らがNPCではないと知りながら、戦いを仕掛けているからな。質が悪い。ロディニオンが解散してからここまで、連中の暴走は留まることを知らん」

「ですが、彼らの能力は非常に強力です。シックスセンスを発達させるためにもある程度の自由は容認すべきかと」

「その自由が行き過ぎていると言っている。彼らに悪感情を持たれてみろ。AOを得たとて、我々では及ばぬ文明があってもおかしくないのだ。レコーズによる破局の前に、他文明に滅ぼされてしまうこともあり得るのだぞ」

「そうさせぬための外交担当でしょうに」

「火種を消すのが星軍の役目だ。小娘」

 睨み合う両者を見て、

「はいはいやめやめ。ガキの喧嘩してんじゃないわよ。とりあえずウィンザーのお嬢さんはやるべきことやって。そのための星軍、第零世代なんだし」

 白衣を着たぼさぼさ髪の女性が苦言を呈す。

「……わかっています」

「ま、私らは表側だし気楽なもんだけど。ね、ドーキンス博士」

「君と一緒にされたくはないよ。こっちはプラントの管理もやっているんだしさ。ゲームが増えれば増えるほど、アバター造らないといけないからね。ゲームに見せるのも大変なんだよ。まあ、在野の凡俗相手だし、天才の僕ならどうとでもなるけどね。それはあくまで僕が天才だからであって軽んじられるのは――」

「はいはい。って言うか私が聞きたかったのは、あっち側で好き放題やってんのは何もプレイヤーだけじゃないでしょって話なんだけど。そこのところ、教授はどう思います? 私の言ってること、わかりますよね?」

 最も上座に位置する空席を除き、上位の席に座る男が苦笑する。

「残念ながら見当もつかないですね。何かお気づきのことでもありましたか?」

「……そうですか。私も確証はないので今日は黙っておきますけど……下の教育はしっかりしておいた方が良いですよ、とだけ」

「承りました」

 ボサボサ髪の女性は苛立ちと共に髪をかく。教授と呼ばれた者は惚けているのを隠そうともしていない。ここに座る者たちは皆、同列と言う体だが実際にはひどく歪なパワーバランスの下で、組織として活動していたのだ。

 研究者として、先達としての尊敬はあれど――

「では、今後とも皆さんよろしくお願いいたします。我ら賢人機関、大願成就のため粉骨砕身の姿勢で各人、仕事に励みましょう」

 教授が解散の音頭を取り、各人姿を消す。残ったのは、ボサボサ髪の女性とウィンザーと呼ばれた女性のみ。

「セレナ。教授子飼いの研究者、石動良治と『ビブラシオン』のヴァンガード、繋がっているわよ。上手くやれば、オーバーロード派の勢いを削ぐことも出来るわ」

「わかっています。ルーシー」

「再現性の低いオーバーロードの研究をやってる時間なんてないのよ。少しでも早く新人類の研究を進めて、絶望の明日を抜けなければならない」

「はい」

「ミイラ取りが何人ミイラになったと思ってんのよ。オーバーロードなんて夢のまた夢、そんな簡単なこと、何でわかろうとしないのかしら」

「……取りつかれているのだと思います。今までの、犠牲者たちに」

「……気持ちはわかるけどね。でも、感情に支配された者を、科学者と呼ぶわけにはいかないのよ。引き摺り下ろすわよ、教授を。賢人から」

「そのつもりです」

 彼女たちは共に新人類と言うプランを提唱する派閥であった。オーバーロードと新人類、この二つの計画の間でせめぎ合っているのが彼らの、

 賢人機関の現状である。


     ○


 結局、あの後何一つ収穫を得られなかった。こんなことの繰り返しばかりである。未知の存在、銀色の怪物、どんな攻撃も、シックスセンスすら飲み込む虚無。何も出来ず、何も理解することなく、自分の代わりに敬愛する男が消えた。

 最後で最高の音楽を、耳朶に響かせて――

「えー、今日の情報の時間は『アガルタ』に入ります」

「やったー!」

「遊びじゃん!」

「はいはい。遊びじゃありません。授業の一環です。本学の提携企業に『アガルタ』の運営会社があるのは皆も知っていると思うけど、今回はそちらのご厚意で新しいサービスの体験をさせて頂けることになりました」

「え、マジですごくない?」

「マジですごいです。理事長のコネに感謝! と言うわけで今回はうちのクラスとSクラスが選ばれたので、他所のクラスには漏らさぬように。SNSにも情報が漏れ出た場合、すぐに特定されますし、あっちの御国は即裁判ですので、親御さんを泣かせたくない場合は気を付けましょう。学校もそこは守りません」

「はーい!」

 ざわつく周囲をよそに、日野秀斗は腕を組み、薄目を空けながら寝ていた。長き時を経て編み出した授業中に指摘を受けぬ睡眠方法である。ここに至るまで教科書を壁にしたり、瞼に目をかいてみたりと様々な試行錯誤をしてきた。

 その男の総決算こそが、これ。

「日野、起きろ」

「……うす」

 ただし、それが通じるとは限らない。

 努力が全て報われるほど、世の中は甘くないのである。

 ああ無情。


     ○


「ようこそ遊びの殿堂、ハビリス研究所へ。私、こちらの所長を務めておりますルーシー・ハビリスと申します。以後、お見知りおきを」

 ふわふわと浮遊する女性、ルーシーが招待客である神山学院の生徒たちに挨拶する。飾り気のない実験室のような空間、とてもレクリエーションが存在するとは思えないが、案内人が陽気なお姉さんと言うことも相まって、男性生徒諸君のテンションは比較的高水準をマークしていた。逆に女生徒は低めである。

 日野も極めてテンションは低かった。

「えー、まずこのハビリス研究所が何をしているかと申しますと、『アガルタ』内における各種サービス、主にゲームの開発ですね、そちらをやっております。例えばあちら、味気ない球体の中、合計十個の四角形で構成された何かが動いていますね」

 ルーシーが指し示した場所には、彼女の言う通り何とも味気ない見た目の映像が映し出されていた。あれだけ見ると大変つまらなそうに見える。

 しかし――

「……バ、バトルシップギャンビット」

「正解! よくできましたァ!」

 生徒のつぶやきに、ルーシーは大仰な所作で褒め称える。そのつぶやきを聞いて、他の幾人かの生徒が「あ!」と反応を見せた。

 かなり有名なゲームのようである。

「正解者にはこちらを進呈。出来立てほやほや、大和の新LRスキンです!」

「ま、マジすか⁉」

 小躍りする男子。それを見て「ギギギ」と歯噛みするインドア系男子生徒諸君。女生徒は特に何の反応も示していない。

「はい、こちらは正式名称Battleship Gambitと言うゲームの雛型ですね。世界各国の歴史上における戦艦を今風にアレンジして、それらをプレイヤーが指揮して戦わせます。プレイヤー人口は五千万人を超え、『アガルタ』の中でもかなり人気のゲームになりますね。ゲームの種類としてはRTS、トッププロの年俸は一千万ドルとも言われております。いやはや、夢がありますね」

 一千万ドルと聞いて、女性陣も目の色が変わる。

「当研究所ではゲームの骨子を作成し、デザインの体裁や運営を任せられる外部の企業に委託する形を取っております。BGもそうですし、『アガルタ』黎明期を支えたゲームのほとんどが当研究所から生まれた、と言っても過言ではありませんね」

 あれ、こことてつもない場所なのでは、と生徒たちは遅ればせながら気づく。元々ゲームが主体の『アガルタ』における心臓部、それがハビリス研究所であり、その名を冠している彼女はもしかするととんでもない人物なのかもしれない。

 まあ、そんな雰囲気は皆無なのだが。

「名作ゲームの素体や、新作ゲームの雛型に触れ、最後は軽く感想文を書いて頂きます。皆さん授業とのことですので、そこはきっちりとやらせて頂きますね。私が先生方に怒られてしまいますから。では、楽しい時間をお過ごしください」

 ルーシーが指を弾くと、研究所の見た目が一新する。

 無機質な外観が、まるで遊園地のような色とりどりの色に染まり、ゲーム自体も先ほどまでとは異なり、リリースされているものほどではないが、かなりクオリティの高い仕上がり、見た目となっていた。

「ご質問は何なりと。私、ルーシー・ハビリスにどうぞ」

 さらに、ルーシーの身体が二つに、三つに増える。

 これにはシュートも驚き、眉をひそめる。そういうシックスセンスならばわからなくはないが、彼女がそれを用いた感覚は無い。今の自分と同じダミーを使った可能性もあるが、そもそもこれはチートの産物。

 おそらく運営側であろう研究所の人間がそれを使うだろうか。

「……研究所、ね」

 それなりに長く、深くゲームをやり込んでいるのだが、ハビリス研究所と言う存在は聞いたことがなかった。BGなどのゲームは当然知っているし、『ホーム』に戻ってきた際はよく皆でそう言うゲームも遊んだものである。

 キャプテンが遊びたがったのだ。そういう遊びをしたことがなかったから、と言って。少し浮世離れした人だったが――

 少し思考が逸れたが、BGなどあれだけの大規模ゲームを開発した施設にしては無名過ぎる、とシュートは思う。

 どうにもズレた感じが、ここにはあった。


     ○


「お疲れ様です、ハビリス博士」

「ん、ああ、デシリオン。そう言えば貴女、今高校生やっているんだってね。高校生活はどう? 楽しい?」

「特に何も」

「ふふ、そう言う性質だったわね。忘れていたわ、久しぶり過ぎて」

 研究所の地下、立ち入り不可領域に二人のアバターが立つ。

「こう見ると可愛いものね、『ガンブレイズ』も」

「……そう、ですね」

「アバターはダミー。本体は『裏世界』ね。今のあの子、ほとんどシックスセンスを用いないし、咎めてしまっても良いのだけれど……冗談よ、デシリオン」

 ルーシーは心底面白いモノを見る目でデシリオンと呼ぶ少女を見つめる。生まれついてのオッドアイ、蒼色と黄色の眼が僅かに揺れた。

 わかりやすく、それでいて優秀。

 どの陣営からも気に入られるわけである。

「私の担当はシックスセンスの拡張じゃない。それはセレナの領分、侵す気はないわ。今回は理事長様の顔を立てたまで。貴女も遊んで頂戴」

「御冗談を」

「あら、本気よ。遊びにも意味はあるもの。思考、反射、いずれもシックスセンスに影響を与える項目でしょ? 元は因果関係を調べるためにゲームを用いたわけで、その辺りのデータは嫌ってほど取らせてもらうから」

「なるほど。理事長と取引されたわけですね」

「ええ。ご自慢の生徒たちを観察させてもらう代わりに、私自らが道化を演じるってね。もちろん、貴女のデータも欲しいから、適当に遊んで頂戴」

「私のデータは十二分に所持されていると思いますが」

「今の貴女は知らないもの。変わったことも、あるでしょう?」

 デシリオンは「まさか」と首を振る。

「そう?」

 くすくす笑うルーシーは何でもないようにダミーの身体を三つ、操作しながら各計器の数値を見つめ、分析した上でシートにまとめていく。

 マルチタスク、それも世界トップクラス。

「……失礼します」

「はいはい。またね」

 彼女やその仲間たちが怖い。なまじ自分も賢い部類だからこそわかる。彼女らが別次元の天才であることを。世界でも七席しか存在しない、いや、実質六席しかない最高峰の頭脳を持つ集団、賢人機関の一員でありあの若さで四席に座す者。

 全てを見透かすような眼が、怖い。

「……あら、これはまた。面白い組み合わせね。観察観察」

 ルーシーは画面を注視する。

 そこには――


     ○


 日野秀斗、シュートはあるゲームを遠巻きに眺めていた。それはかつて、自分がやっていた競技である。それをこの『アガルタ』の中で、超リアルに出来るようになる、と言うのがウリらしい。正直、このゲームが普及するとは思えない。

 フットボールは現実で、フィールドでやってこそ、だろう。

 もはや自らの手を離れたそれを彼は眺める。無駄に体の大きい女子が実に楽しそうにプレイをしている。無駄だらけな動き、経験者だとは思うが技術的には未熟としか言えぬレベル。それでも、楽しそうなのは良い、とシュートは思う。

 折角プレイするなら笑顔の方が――

「そのアバター、ダミーですよね」

 突如声をかけられ、シュートは視線を声の方に向ける。そこにはシュートと同じように初期アバターの姿で、微笑む一人の生徒がいた。

 外見は女性にしか見えないが、アバターの初期服を見るに男である。

 そして聞かれた内容からしても、おそらく彼は自分と同じチーター。であればなおさら仲良くする理由は無い。ぶっきらぼうに――

「だったら?」

「僕も『裏世界』によく行くんですよ。なので、お友達になりたいと思いまして」

「結構だ」

「運営にチクっちゃおうかなぁ」

「つーか誰だよ、テメエ」

「申し遅れました。僕は神山学院二年、Sクラスの周防宗純です」

「あっそ。じゃあさようなら」

「アバター名はイシュヴァラ。所属は二つありまして、一つは――」

 イシュヴァラは微笑んだまま、

「ヌールアルカマルです」

「……カヴォードのとこか」

「はい」

 ロディニオンの残党が一人、『ヌールアルカマル』のカヴォード。最も歴は浅かったが、能力の強さは間違いなく怪物揃いの中に在っても頭一つ抜けていた。そして今は、『裏世界』でも指折りの難物として日夜暴れ回っている。

 その仲間だと、彼は言うのだ。

「用件は?」

「お友達になるのが第一。あとは、カヴォードさんからの依頼で会わせたい人がいます。前者はともかく、後者は……受けて頂きたいですね」

「断ったら?」

「次はカヴォードさんが来ます。意味は、わかりますね」

 かつての自分であればともかく、現状ではカヴォードに絡まれた時点で詰みのようなもの。極力絡みたくない相手。特にカヴォードとユオの二人には。

「……しばらくは本体を『ホーム』に戻す気はねえぞ」

「ええ。ダミーで構いませんよ。では、交渉成立ということで。記念に一つ、BGでもどうです? 僕、結構自信ありますよ」

「なんで俺がお前とやらなきゃいけないんだよ」

「前者の目的を果たしたいからですよ。友達なら遊ぶでしょう?」

「嫌だ」

「負けるのが怖いんですか?」

「上等だ」

「交渉成立ですね」

 あまりにもチョロいシュートを引っかけ、イシュヴァラは勝負を仕掛ける。自分の得意な領域、其処で噂の男がどれほどの人物なのかを推し量る。

 それが楽しみで、彼は昨日眠れなかったほどである。

 おかしな点を挙げれば、今日こうしてハビリス研究所に来ること自体、オフレコであり直前に知ったはずなのだが、どうにも段取りが良過ぎる点。

 まるであらかじめ、全てを知っていたかのような――

(ま、カヴォードの仲間なら考えるだけ無駄だな)

 とりあえず生意気にも喧嘩を売ってきた相手を〆ることしか考えていないシュート。普段、学校では誰とも会話しないため寝ているだけの印象だが、そもそも彼はカヴォード同様『裏世界』で暴れ回っていた荒くれ者である。

 当然、喧嘩っ早いし売られたら買う。

 買ってぶっ潰す。どんな勝負でも、それが彼の流儀である。

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