エピローグ

 天界中心部に位置するとある居室。

 椅子に腰かけ備え付けの机に向かい合い、黙々と書面にペンを走らせる。

 そして最後の欄まで埋めきった私は、机の端に積まれた書類と合わせてトントンッと角を揃えた。

「これで事務仕事は終わりかな。……よしっ、だいぶ早く終わったね」

 いつぶりかの大きな案件だったし流石に疲れたなあ。

 グーッと伸びをしてから傍らに置かれた額縁の縁を軽く撫でる。

 ふと、伸ばした左指が視界に入った。

 たったそれだけの事なのに、自然と笑みが零れてくるのだから不思議な物だ。

「さて、それじゃあもう一仕事っと」

 元気を貰い意気揚々と椅子に深く腰掛けた私は、頭に流れ込んでくる信者達の声に耳を傾ける。

 魔王が討伐されて以来、モンスターに家族を殺された人の数は随分と減り、祈りのほとんどは日常における感謝だとか困り事だとか、そう言った系統が幅を利かせている。

 これこそが平和の証拠。

 誰しもが待ち望んでいた、理想的な世界だ。

「――やっぱり、皆さんの楽しい話を聞いていたらこっちまで嬉しくなるなあ。さて、それじゃあ私も帰るとしますか。『ココさん、エリスです。私は帰宅しますので、書類の回収をお願いします』」

『了解しました。しかし、終業時刻まではまだ……いえ、そう言えばこの後に大切なご予定があるのでしたね』

『! ええ、まあ……』

 弾みそうになる声を抑えて返答する私に、ココさんはクスリと笑い。

『それではカーラ様が持ち込んで来た案件は私が対処しておきますので、エリス様は存分に楽しんできてください。では、失礼します』

 定例句を述べると共に、ココさんは念話を終了させた。

 これで連絡もよしっと。

 ココさんには気を遣わせてしまったが、今日は有難く頼らせてもらうとしよう。

 本日の業務を全て終わらせた私は机の上を整理してから職場の明かりを消し、自宅直通の転送陣を展開させた――


 目を開けた先は、こじんまりとしながらも一流の匠の技が輝く綺麗な部屋。

 部屋の端にあるクローゼットを開き、ケープよりも左側から着替えを取り出していく。

 と、ツンとしながらも甘さを含んだ香りに混ざって、食欲をそそる香ばしい香りが階下から漂ってきた。

 どうやら私の好物も用意してくれているらしい。

「ふふっ、随分と張り切ってくれてるみたいだね」

 久しぶりに賑やかになるという事で、料理スキルを存分に駆使しているのだろう。

 これは私も早めに準備をして手伝いに行った方が良さそうだ。

 幅広のベッドに置いた服を手早く身に付け、姿見の前で自分の格好をチェック。

 おかしなところは……ないかな。

 ファサッと髪を搔き上げた私は廊下に出て、そのまま階段を降りていく。

 そして、賑やかな声が聞こえる広間の前に辿り着いた。

『こーら、つまみ食いはダメだよ! それは皆そろってから食べるんだからさ!』

『え? でもさっき……』

『おい、そう言った事は二人に教えないでくれと頼まれているだろう?』

『なんでよ! 私はただ、汝、我慢する事なかれって教えを実演してるだけなのに!』

『その教義の内容が悪影響を及ぼすからに決まってるじゃないですか』

 あっはは、いつになっても変わらないなあ。

 まだ扉を開けてもいないのに、中の様子がありありと目に浮かんで来るよ。

 口元に手を添えてくすくすと笑い、私は広間へと続く扉をガチャリと開いた。

「「あっ、かえってきた!」」

 相好を崩して温かく迎え入れてくれる、私が大好きな人達。

 そして――

「おっ、エリス帰ってきたのか。おかりー! 丁度呼びに行こうかと思ってたんだよ」

 台所から顔を覗かせ片手を上げて労ってくれる、私が愛して止まない人。

 そんな素晴らしい人々に囲まれながら過ごすこの時間が、堪らなく楽しい。

 両腕で力一杯抱きしめながら、私は心からの笑みを浮かべた――!


「ただいま、カズマっ‼︎」


                                       完

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

心憂い天運に一縷の望みを! バニルの弟子:ショーヘイ @VanirsDiscipleShohei

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ