第四歩 仲直り
10
翌日。
食後の紅茶を飲み干したあたしは、カップをソーサーに戻し。
「はあー、どうして昨日あんなこと言っちゃったんだろう?」
テーブルに手を投げ出し、深く沈んでいた。
やってしまった。
一夜明けて冷静に考えてみたが、あれは自分でもどうかしていたと思う。
今でもアンデッドは滅ぼすべきだという考えは変わらない。
でもそれはあくまであたしの観念に過ぎず、他人に強要していいものではないのだ。
だと言うのにあたしときたら、彼の意見を聞こうともせずに一方的に突っ撥ねて。
挙句の果てに糾弾するとか。
彼は純粋にあたしの身を案じてくれていただけなのに。
我ながらなんと言う身勝手さだろう。
「はあーあー」
「さっきからどうしたんだ、浮かない顔をして。溜息ばかり吐いていると、幸運値が低下すると聞くぞ。昨夜何かあったのか?」
「うん、まあちょっとね」
本日何度目かの大きな溜息を吐くあたしに、上品に紅茶を堪能していたダクネスが心配そうに声を掛けてきた。
「どうせアクアが問題を起こしてカズマが糾弾して事態がややこしくなって、最後にはクエストが失敗したとかそんな所でしょう。私達にとってはそれぐらい日常茶飯事です、クリスが落ち込む必要なんてないですよ」
台所から戻ってきためぐみんも、エプロンを畳みつつ励ましの言葉を掛けてくれる。
「ううん、クエスト自体は滞りなく達成してるよ。ただ、あたしのせいでカズマ君と口論になってね、少し負い目を感じてるんだよ」
あたしの言葉に、二人は意外そうに眉を顰めた。
「物腰の柔らかいクリスが口論とは珍しいですね。それも原因がクリスにあるとは」
「ん、お前達はあの盗ぞ……いつの間にか仲良くなっていたしな。一体何をしてカズマを怒らせたんだ?」
うーん、喧嘩の内容を人に話すのって、なんか愚痴みたいで嫌なんだけど。
……っま、一人で抱え込むよりはマシか。
「ええっとね、実は――」
昨日あった出来事を聞いたダクネスは、理解したと言わんばかりにこくりと頷いた。
「なるほど、大体の経緯は理解した。確かに今回はクリスに非があるな。私はてっきりカズマが何かクリスの気に障る事でも言って喧嘩になったのかと疑っていたのだが」
「私も、カズマにスティールでパンツを盗まれた為ボコるも過剰になってしまい、罪悪感から庇っているのかと」
「いくらなんでも、会う度にパンツ盗まれてる訳じゃないからねっ⁉」
流石の信頼関係だ。
一瞬、彼に同情しかけたが、先日も踊り子達の目の前でパンツをぶん回されたのを思い出し、当然の報いだと流す事にした。
「それで、クリスは何を悩んでいるのですか? 自分の非を認めているのなら、素直に謝ればいいではないですか」
普段それが出来てないめぐみんが言っても説得力が皆無だね。
「ごもっともなんだけど、彼が口で謝ったぐらいで許してくれるのかちょっと不安で」
「「あー」」
そんな遠い目をしないで欲しかった。
「慰謝料と言う大義名分がある以上、あの男なら多少の無茶なお願いぐらいはしてくるかもしれませんね」
「ああ、日頃から真の男女平等主義を主張するカズマの事だ。きっとここぞとばかりに足元を見て、それはもう凄い辱めを強いてくるに違いない。だが安心してくれ、クリス。私が代わりにカズマからの報復を被ってやるからな!」
「あ、あっはは。ありがとねダクネス、励ましてくれて。でも、そこまでしてくれなくていいから」
「そ、そうか。別に遠慮しなくてもいいんだぞ?」
あからさまにしょんぼりしないでよ。
「ですが、あんまり心配しなくても大丈夫だと思いますよ」
「どうしてそう言い切れるのさ」
余裕な表情で紅茶を一口含んだめぐみんは、ほっと息を吐き出し。
「素直じゃないだけで、根っこの部分であの人は優しいからですよ」
そう言ってにこやかに微笑んだ。
……それもそうか。
どっちにしろ、こんなの悩むまでもないよね。
「二人共ありがとう、お陰で勇気が湧いてきたよ。あたし、カズマ君が起きてきたら誠心誠意謝ってみる事にする。許してもらえるまで何度もさ」
堂々と明言するあたしに、二人は頬を緩めてくれた。
うん、二人に相談して正解だったな。
そうと決まれば、謝罪の言葉でも考えておこうか。
と、広間への扉がガチャリと開かれ、パジャマ姿のまま眠そうに目を擦っているアクアさんが入って来た。
「おはよー。めぐみーん、朝ご飯ちょうだーい」
「ちょっ、アクア勝手に開けんなって! まだ心の準備が……あっ」
そんなアクアさんを止めようとする、ほんのり頬を紅くしてどこか焦った様子のカズマ君は、あたしと視線が交差すると小さく声を漏らし。
サッと気まずそうに視線を外した。
うっ、やっぱり避けられてる。
そりゃ昨日あれだけ喧嘩したらね。
アクアさんに続いて、あたしの斜め前に着席した後も目を合わせようとしてくれない。
……き、気まずい。
「どうしたの、カズマ? さっきからドアの前でうろうろしてたり目が泳いでたり朝から挙動不審じゃない。普段から変な事ばっかりするあんただけど今日は特に変よ」
前置き無しにいきなりそんな事を言い出すアクアさん。
「べべ、別になんでもねえし! これから何しようかって考えてただけだし! おっと、今日の朝飯もうまそうだなー。ありがとな、めぐみん!」
「何そのテンション、気持ち悪いわよ」
「気持ち悪い言うな」
めぐみんが持ってきた食事を受け取ったカズマ君は、それを勢いよく掻っ込み顔をお皿の向こうに隠してしまう。
どうしよう、これ絶対話しかけにくい奴じゃん。
早めに謝ろうと思ってたけど、これはもうちょっと後にした方が……。
「カズマ、クリスがお前に話があるらしいぞ」
「ダクネス⁉」
ガタッと椅子から飛ぶように立ち上がる。
一方、カズマ君はピシッと身体を硬直させ。
「く、クリスが……俺に?」
手に取っていたお皿を恐る恐るずらし、あたしにチラッと視線を向けてくる。
「いや⁉ べべ別に、言いたい事があるとかないとかじゃ無かったような気もしない事もないかな⁉ あはっ、あはははは!」
「クリス、何を言ってるかさっぱりだぞ」
あたしも何を言ってるか分からない。
ダクネスってば、まだセリフを考えてる途中の段階だっていうのにとんだ爆弾を投下してくれたものだ。
恨みがましく睨んでみたものの、この事態を引き起こした張本人は平然と紅茶を嗜んでいた。
本当に、この空気どうしろって言うのさ。
「……カズマ君」
「は、はい! なんでしょう?」
声を裏返らせ、カズマ君は背筋をビシッと伸ばした。
……そんなに緊張されるとやりにくいんだけどな。
あたしはカズマ君の脇に立ち、大きく深呼吸をしてから。
「昨日はごめん!」
深々と頭を下げた。
「あの時はアンデッドを擁護するような言い方にカッとなって、キミに酷い事を。折角心配してくれてたのに、一方的に聞き捨ててしまってすいませんでした!」
頭を下げたままカズマ君の言葉を待つが、四秒五秒と経っても一向に返事がない。
……なんで何も言ってくれないの。
もしかしてこんな謝り方じゃダメだった?
もっと場所とか選んで工夫するべきだった?
反応がないのがこんなに怖いだなんて。
冷や汗が背中を伝うのを感じながら、それでもじっと動かずに待っていると。
「……な、なんだそっちか。よかったー、てっきり二度と話しかけんなぐらい言われんのかと思ってたから生きた心地しなかったぜ」
「えっ?」
バッと顔を上げた先では、カズマ君が心底ほっとしたように腕で額を拭っていた。
「いやほんと、お頭に嫌われたらどうしようかと」
「なんで? キミは何も悪くないじゃん。あれは完全にあたしの独善だったんだから」
問い詰めるあたしに、カズマ君は頭を掻きながら目背を逸らし。
「いや、だって。自分が正しいと信じてる事を否定されんのってなんか嫌じゃん? だから俺も言い過ぎたというかなんと言うか……その、悪かったよ」
恥ずかしそうに頬を染めながら、いつになく素直に謝ってきた。
予想外の彼の反応に、あたしは思わず呆気にとられ。
「ぷっ、あっははははは!」
「……おい、なんでこのタイミングで笑う? 笑いを取りに行ったつもりはないぞ」
「ご、ごめんごめん。キミが謝ってくれるだなんて思ってなかったから、何だかね」
「俺だって謝る時は謝るわ」
こみ上げて来た笑いを収め、あたしはニコッと笑いかける。
「それじゃあ、お互いに悪かったって事で、仲直りしよっか」
言葉を添えて、あたしは右手を差し出した。
それを見たカズマ君は、伸ばしかけた手を自分の服にこすりつけてから。
「あ、ああ。こ、今後ともよろしく頼むよ」
「こちらこそ、今後ともよろしく」
よかった、これで元通りだ。
こんな事ならあれこれ悩まずにサッサと謝っておけばよかったかな。
「いつまでそうやって握りあってるんですか。いい加減に手を離しては?」
「へっ⁉ あ、そそうだね、もう十分だったね!」
「そ、そうっすね!」
憮然としためぐみんの一言に、あたし達は慌ててバッと手を離した。
うぅー、すっごく恥ずかしい事をした気がする。
今更のように周りを確認してみたら、めぐみんはつまらなそうに横目で見ているし、ダクネスはダクネスで優しい微笑みを浮かべてるし。
アクアさんは……マイペースにご飯食べてるか。
いつも通りで安心した。
「そ、そうだ! ねえ、助手君。お詫びに何かあげたいんだけど欲しい物とかない?」
落ち着かない空気を誤魔化したくて、あたしは咄嗟に提案をした。
「いや、そんなのいらないですって。どっちかって言うと俺がお頭に詫びを入れるべきですし。逆にお頭は何かないんですか?」
随分食い下がってくれるけど、ここはあたしが折れる訳には行かない。
「いやいやいや、順番を考えたら先に無鉄砲な行動に出たあたしが渡すべきだよ。日頃のお礼もあるし、遠慮なく言って!」
しかし意外とカズマ君も頑固だったらしく。
「いえいえいえ、俺の方がお頭には返し切れないぐらいの恩がありますから。折角ですしこの機会に纏めて返還させてくださいよ」
「じゃあ間を取って私に……」
「却下」
「まだ何も言ってないじゃない! というか、私だって昨日とばっちりでおばさんに怒られたのよ。クリスだけじゃなくて私にも多少の誠意を見せてくれてもいいんじゃないかしら。具体的には高級シュワシュワとか!」
アクアさんに掴みかかるカズマ君を横目に、今まで黙っていたダクネスが。
「では、こういうのはどうだ――」
11
「納得いかねえ」
「まあまあ、あのまま話し合ったところでどうせ平行線のまま決まらなかっただろうし、これでよかったんじゃないかな?」
「そうかもしれないけど。だからって……」
ダクネスが提示した仲裁案。
それはあたしとカズマ君が好きな物を夕食に頂く事だった。
これなら双方でお詫びができると同時に、他の三人にも礼を尽くすことが出来る。
ただの夕食なので気を遣う必要もない。
そんな妙案だったので、あたし達はこれを受け入れたのだ。
なのにどうしてカズマ君がこんなに不機嫌なのかと言えば……。
「何で俺達がアクアの代わりに夕飯を作らにゃならんのだ!」
当番制の関係上とは言えアクアさんが得する形になったのが気に入らないらしい。
「そんなの五分の一の確率で回って来るんだから偶々じゃない。目くじら立てても仕方ないでしょ」
「それは分かってるけど、出掛け際に浮かべたあのアホのドヤ顔がすげえ腹立つんだよ」
あの程度の悪ふざけ、怒る程でも無いのに。
やっぱり、カズマ君はどこか子供っぽいと思う。
いや、日本での成人は二十歳からだって聞くし、その辺りが精神の成長速度に影響してるのかもしれない。
「ほら、文句ばっかり言ってても買い物は終わらないよ。パパっと買って準備を始めないとまたアクアさんに文句言われるんじゃない?」
「その光景がありありと目に浮かぶな。仕方ない、手っ取り早く終わらせるか」
今日の献立はカモネギ鍋だ。
秋も深まりそろそろ鍋物が恋しくなってきた時分。
更に皆でワイワイ食べるなら鍋でしょという事もあり全会一致での即決だった。
「そう言えばさ、クリスって普段から誰かと飯食ったりすんの?」
人参を前に火花を散らしながらカズマ君がそんな事を尋ねてきた。
「うーん、あんまりないかな。いつもいろんな地域を飛び回って情報収集してるから、なかなか時間を作れなくてさ」
あたしも水菜を気絶させて袋に詰めながら答える。
「本当に働き者だよな、休みの日ぐらいのんびりすればいいのに。でも、いろんな地域を飛び回るってのはちょっといいな」
「なんだったら今度一緒に行く? 回収しないといけない神器はまだまだあるからね」
「そうだな、暇になったらそれもありかもなっ‼ ……クッソ、ふざけんな人参!」
今だって十二分に暇だろうに。
「あっ、前に地上には遊びに来てる的な事言ってたけど、もしかしてここでの活動にも給料発生するのか?」
また随分と守銭奴な発想だ。
「ううん、女神の仕事はあくまで人々の監視。これはあくまであたしが個人的にやってるんだよ」
「サービス残業って事か⁉ 信じられねえ、休みを自ら壊していくスタイルとか。そんなブラック企業、俺なら真っ向からボイコットしてやるけどな」
「それはもっと自分が働いてから言おうね」
こら、耳を塞ぐんじゃない。
「そんなんじゃあ、いつかめぐみんに愛想付かされちゃうよ」
「っ⁉」
自分でも多少なりとも気にしていたのか、カズマ君はビクッと肩を震わせた。
「だ、だだ大丈夫だし、なんせめぐみんは俺にベタ惚れだからな! 俺のダメな部分も好きだって言ってくれたし⁉」
「キミって本当に最低だね、そのゲスな自信はどこから来るの?」
「ふっ、言った所でモテた事のないクリスには分からないだろうさ」
うん、殴りたいこのキメ顔。
……よし、ここは彼に自分の立場を思い知らせてやろう。
あたしはカズマ君に顔を近付け、クルッと左耳に髪を掛けた。
「甘いね。これでもあたし、『一緒にお茶しませんか?』って結構ナンパされるんだよ」
「お頭、ちょっと声かけてきた野郎の名前、教えて下さい。俺を差し置いてお頭をナンパする不逞な輩をちょっとしばき倒してきますんで」
間髪入れず詰め寄ってきたカズマ君に、あたしの方が及び腰にさせられる。
「助手君、真顔になってるよ。と言うか、盗賊を生業とする者として、個人情報をそう簡単に売るはずないでしょ」
「そこを何とか! 何処の馬の骨とも分からない野郎に、俺が唯一尊敬してるエリス様は譲りませんから!」
「エリス様はやめてってば!」
予想に反してカズマ君の押しが強い。
これは早急に撤回した方が良さそうだ。
「ナンパと言っても、声を掛けて来るのって女の人ばっかりだから! キミの想像してるのとは違うから! ああもう、なんでこんな事自分で暴露しないといけないのさ」
肩を落として項垂れるあたしに、先ほどまで激昂していたカズマ君は。
「そう言えばこの間も貴族令嬢達にちやほやされてましたもんね。さっすがお頭、男も女も手玉に取るとは格好良いですね。可愛いだけじゃなくて格好良いだなんて最高じゃないですか。俺と結婚しませんか?」
「キミって奴は、キミって奴は‼ いつもいつもそんな軽い調子で言わないでよ!」
からかうような口調で言ってくるカズマ君に手元のジャガイモを投げつけるが、あっさりとキャッチされてしまう。
不満を発散できずむっとなったあたしは、次弾として元気溌剌な玉ねぎを……。
「いやー、若いってのはいいね! いいもん見せてもらった礼に、一番粋のいい白菜まけてやる。これで別嬪さんな彼女に美味いもん食わせてやりなよ、兄ちゃん」
ちょっ⁉
「ち、違いますから! あたし達別にそう言う関係じゃ……っ!」
「ああ、料理スキルに物を言わせて最高の一品を作ってやるさ。俺の彼女に!」
「キミはちょっと黙っててくれるかな⁉」
横から茶々を入れるカズマ君に悪戦苦闘しながらも、ニヤニヤ笑う八百屋のおじさんに申し開きを続けた--
肉屋でカモネギの購入を終え。
「なあクリス、そろそろ機嫌直してくれよ。俺が悪かったって」
「ふーん、あたしはキミの心無い言葉で傷つきました。それはもう深く、深く傷ついたんです。そんな表面だけ取り繕った謝罪で許すつもりは毛頭ありません」
人混みをサッサと歩くあたしに、カズマ君は平謝りをしていた。
「敬語はマジで勘弁して下さい、なんかお頭とすっごい距離感を感じて哀しくなってきますから! 何でもし……何でもしますから許してください!」
逡巡しながらも、そっぽを向くあたしの周りをあたふた動き回るカズマ君。
あたしはあたしで、口角が緩みそうなのを堪えるのに必死だ。
「そうだね、だったら……」
辿り着いた店の前で立ち止まり、あたしはいかにも不機嫌そうに。
「このお店で一つ、何かあたしにプレゼントしてよ」
あたしの言葉に、カズマ君は哀れな人を見るかのような目で。
「それぐらい構わないけど、ここ酒屋だぞ? アクア並の思考回路だけどお前はそれでいいのか?」
「嫌なら百万エリスでもいいよ」
「酒でお願いします」
まったく、人をなんて目で見てくるのさ。
いろんな意味で失礼だよ。
「で、クリスはどれが欲しいんだ? 好きなの選んでいいぞ」
やれやれ、俺は太っ腹な男みたいな雰囲気出してるけどこれじゃあいけない。
「まったく、キミはアフターケアの何たるかをちっとも理解していないね」
「はあ、なんでだよ。自分の好きなやつもらえた方が嬉しいだろ?」
的外れな事を言い出す彼に、あたしはチッチッと指を横に振った。
「好きな物を選ばせたら女の子が悦ぶと思ったら大間違い。女の子の機嫌を取る時は、その子が悦びそうなのを内密に見繕うのが紳士ってものさ。ほらほら、ここが男の見せ所だよ」
親切に助言してあげたと言うのに、カズマ君は露骨に面倒くさそうな顔を浮かべる。
「んな高等技術を俺に求められても。分かった、どんなもの選んでも文句言うなよ」
「もっちろん。仮に変なのを持って来たとしてもあたしの不機嫌さが増すだけだから気軽にやればいいさ」
「シレッとハードル上げてくるな」
頭をガシガシ掻き文句を言いつつも、カズマ君は陳列棚のお酒を物色し始めた。
さあて、彼は一体何を選んでくれるんだろう。
眼を皿の様にしてラベルと睨めっこするカズマ君に、あたしは期待の視線を送る。
時々後方で待機するあたしをチラ見するが、ニコッと笑いかけてやるとすごすごとお酒選びに戻っていく。
そんな事を何度繰り返しただろうか。
遂にカズマ君はとある一本のボトルに手を……。
「まさかとは思うけど、高ければどれでも同じ、なんて適当な理由で選んでないよね?」
「っ?!⁉ ああ、当たり前だろ! 俺がそんな軽薄そうな男に見えるか?」
慌てて元の位置に戻したカズマ君は再び頭を捻り始めた。
更に時間が経ち。
「――お待たせ、クリス。これなんかどうだ?」
「連れを店先でこんなに待たせるだなんて紳士失格だよ。それで、どんなのを持ってきたのかな?」
「ぐっ、そこは大目に見てくださいよ」
バツの悪そうにカズマ君は小奇麗な袋を無造作に突き出してきた。
両手で受け取り中身を検めるとそれは……。
「……クリムゾンビア?」
「の数量限定品。なんか一部の地域でしか採れない果実を発酵させてるんだってさ」
綺麗にラッピングされた瓶をしげしげと眺めるあたしに、カズマ君が補足をしてきた。
へー、悪くないね。
そこそこの年代物だし、装飾は贈り物使用になっていて小洒落ている。
だけど。
「ねえ、これ選んだのキミじゃないでしょ?」
「ギクッ⁉ な、何を根拠にその様な事を?」
明らかに動揺しているカズマ君を、あたしは指でつんつんと突いてやる。
「さっき自分からバラしたんじゃないか。一部の地域でしか採れない果実を発酵させてるんだってさって。つまり、店長さんに聞いて選んでもらった、そういう事でしょう?」
「クソッ……俺とした事が!」
店先だと言うのに頭を抱えるカズマ君の肩をポンポンと叩き。
「まあ、過程はどうあれいい物をくれた事には変わりないし、さっきの件はこれで手打ちにしてあげよう」
「ありがとうございます、エリス様! それじゃあ、必要な物は買い揃えましたし、帰りましょうか」
「だから、エリス様って呼ばないでったら!」
悪戯っ子みたくニカッと笑ってるけど、あたしの正体がバレたらいろいろ困ったことになるってちゃんと分かってるのかな。
歩き出したあたしはふと、彼の手荷物が増えている事に気が付いた。
それは入店時には持っていなかったはずの紙袋。
はみ出したキャップシールから鑑定してみるに、かなり上物のシュワシュワの様だ。
「ふふっ」
「クリス?」
いきなり噴出したあたしに、カズマ君が怪訝そうな表情を浮かべた。
「何でもないよ、ちょっと思い出し笑いをね」
「気を付けろよ、路上でいきなり笑い出すとか、傍から見たらただの不審者だからな」
相変わらず口が悪いな。
でも、めぐみんの発言を改めて実感できた気がする。
「……あっはは!」
「……なあ、割と真面目に大丈夫か? もしかして昨日墓地で呪いかなんかに掛かった? 帰ったらアクアにブレイクスペルかけてもらえよ」
「キミって奴は本当に不躾だね⁉ ほら、バカ言ってないで帰るよ。屋敷まで競走だ!」
「あっ、おい待てっ! ズルいぞ、俺は大荷物持ってるんのに不公平だ‼」
一拍開けて慌てて追いかけ始めた彼を振り返りながら、あたしは朗らかに笑った。
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