第二歩 道

 5


 カズマ君の屋敷で生活するようになって早五日。

 すっかりここでの暮らしに慣れたあたしは――


「カズマ君! そろそろ何処かに出掛けようよ!」

「嫌だよ。俺は今日一日ここでボーっとするのに忙しいんだ、また別に日にしてくれ」

「そう言ってここ数日ずーっとダラダラしてるじゃないか!」


 怠惰を貪る我が助手に発破をかけていた。


 共同生活初日。

 目を覚ました時には既に、日は高く登り切っていた。

 どうやら自分の想像以上に身体は疲弊していたらしい。

 こんなにぐっすり眠ったのは随分と久しぶりではないだろうか。

 お陰ですっかり体力は回復出来た。

 かと言って、今のあたしは居候の身。

 住人を差し置いて遅くに起床と言うのは、なんとも居心地が悪い。

 なので心持早足に広間へ向かったのだが、そこにはめぐみんとダクネスの姿のみ。

 残りの二人が顔を見せたのは、お昼を回ったぐらいだったか。

 その後も二人は何をするでもなく、ご飯を食べて屋敷でごろごろしてお風呂に入ってまたご飯を食べて。

 いつの間にか二人は自分の部屋へと引っ込んでいた。

 何とも自堕落な一日だったが、こんな日も偶にはあっていいだろう。

 そう思ったあたしは、その日は特に何も言わなかった。

 だが甘かった。

 そのサイクルは次の日も、その次の日も続き。

 いい加減見てられなくなったあたしは、珍しく朝から起きていたカズマ君にこうして苦言を呈していたのだ――


「ほら、外はこんなにいい天気なんだし、部屋の中にばかりいたんじゃなんだか勿体ないでしょう? アクアさんも、その子と遊んでばかりいないで」

 カズマ君だけでなく、無駄に立派な名前持ちのひよことずっと戯れていたアクアさんにも外に出るよう促してみる。

 するとアクアさんは痛く真剣な顔を浮かべ。

「クリス、私は決して遊んでいる訳ではないわ。いつ襲って来るかもわからない強大な敵に備えて、切り札であるゼル帝を鍛えているの。そう、ドラゴン族の帝王たるこの子にスパルタ教育を施す事も、立派な私の使命なのよ」

 この人は何を言ってるんだろう。

 だってその子ひよこでしょ?

 ひよこが戦力になる訳ないじゃないか。

「そうだぞクリス、俺だって好き好んでダラダラ寛いでいる訳じゃない。実力者って言うのはな、ほんの少し動いただけでも周りに影響を与えてしまうものなんだ。だから俺は世界に変革を与えない様、こうして有事の際以外は停滞の道を選んでいるんだよ」

「ちょっと何言ってんのか分からない」

 一向に動こうとしない二人を相手に、どうすればいいだろうかと必死に頭を悩ます。

 そんなあたしに、手元で編み物をしているダクネスが諦めたように、

「何を言っても無駄だぞ、クリス。一度ああなった二人を動かすのは並大抵の事じゃない。それにお前だって折角の休暇なんだ、もう少し休んでもいいのではないか」

「どうしちゃったのダクネス⁉ この間と言い今回と言い、ちょっと朱に混ざりすぎじゃないかな? キミってば、一体どんな悪辣な方法でダクネスを懐柔したのさ‼」

「待ってくれ、私は懐柔などされていないぞっ!」

 カズマ君の胸元を掴み揺さぶりをかけるあたしに、ダクネスが焦った様子で訂正してくるも、

「そうだぞクリス、こいつは元から真っ赤だった」

 あたしに続き参戦してくるダクネス。

 と、足元にちょむすけを伴っためぐみんが、帽子の角度を調整しつつ二階にある自室から戻ってきた。

「クリス、ダクネスは懐柔などされていませんよ」

「め、めぐみん!」

 味方を得られて感動するダクネスをめぐみんは一瞥し。

「ただダクネスは、その男を甘やかす事で好感度を稼ごうとしているに過ぎません」

 ……えっ?

「ええええええっ⁉ ダクネスってばいつからそんな搦手を使うように? あの素直でお淑やかだったダクネスは何処に行っちゃったの⁉」

「ちち違っ! そんな事はこれっぽっちも企てていないぞ。……い、いないからなっ!」

 その間が凄く気になるんだけど。

「そうかそうか、これもお前なりのアプローチだったのか。ごめんなダクネス、気付いてやれなくて。だけどお前の場合はもっと積極的に来た方が良いと思うんだ。具体的にはそのたわわな実りを露出させてすり寄ってくるとか」

「誰がお前みたいな優柔不断な男に粉を掛けるか、自惚れも大概にしろ! それよりめぐみん、私の話を聞いてくれ!」

 驚愕の事実を受け揉めるあたし達の横をさっとすり抜け、めぐみんはカズマ君の前で仁王立ちした。

「さあ、カズマ! これから一緒に爆裂散歩に行きましょう!」

「断る」

「実は昨日、アクセル近隣で畑を荒らす害獣が群れているとの目撃情報が入ったのです。なので、そいつらのど真ん中に爆裂魔法を撃ち込んでやろうと思いまして。という訳で、早く準備をしてください」

「今俺断るって言ったよな?」

 カズマ君の塩対応など気にもせず、めぐみんはグイグイ食い下がって行く。

「ええ分かっています、分かっていますとも。本当は一緒に行きたいけど、素直に受け入れたら自分が安く見積もられると思って突っ撥ねているんですよね? 安心して下さい、そんな事ぐらいでカズマの価値は下がりませんから。ね、今の気持ちを正直に言ってみてください。私と一緒に出掛けたいですよね?」

 あれだけ無関心そうな人に対して、心も折れず朗らかに説得を続けるだなんて。

 てっきり短気で血の気が多い子かと思っていたけど、本当はこんなにも度量が広くて心優しい……。

「ぺっ」

「いいでしょう、そこまで喧嘩を売りたいなら買おうじゃないか! 今日の標的を雑魚モンスターから社会の産廃に変更してやりますよ‼」

「おいおいおーい、毎度その手が通用すると思うなよ。そんな小手先の脅しは、俺の必殺スキルの前では無力と化し……おい、お前なんでそんなに距離とるんだよ? まさか本気じゃないよな?」

 どうやら気のせいだったらしい。

 しかし、めぐみんを警戒して半分とは言え彼が腰を上げたのだ。

 この流れに乗っからない手はない。

「ほら、これだけめぐみんが情熱的に誘ってくれてるんだし散歩だけでも付き合ってあげたら? なんなら、めぐみんが打ち漏らしたモンスター対策であたしも付いてくからさ」

「情熱的でしたか⁉ い、いえまあ、否定はしませんが、そう冷静に言われると流石に恥ずかしいというか……。と、とにかく、どうするんですかカズマ?」

 あたしとほんのり顔を赤らめためぐみんとに詰め寄られたカズマ君は、悩まし気に呻き声をあげ。

「分かった付き合う、付き合えばいいんだろ! はあ、俺の甘美な休日が……」

 がっくりと頭を垂れながらも、最後には了承してくれた。


 6


 日差しが柔らかく差してくる昼下がり。

「「ばっくれっつばくれっつ、ランランラーン!」」

 ギルドで正式に依頼を受けたあたし達は街から少し離れた、両脇を程よく木々が生い茂る山道を歩いていた。

 この道を抜けた先に広がる平野が今回の目的地だ。

 ギルド職員の話によると、畑を荒らしていたのは猿や猪と言った小動物なのだとか。

 しかしモンスターに分類されていないからと言って軽んじてはいけない。

「「ばっくれっつばくれっつ、ランランラーン!」」

 この時期は冬に備え生きとし生きる者達は皆、食料集めに躍起になり大変気性が荒い。

 なので一般の人達にとっては十分な脅威であり、中堅冒険者でさえ重傷を負ってしまう場合がある。

 当然、あたし達とて決して警戒を怠ってはならず……。

「「ばっくれっつばくれっつ、ランランラーン!」」

「……ねえ、ちょっと聞いていいかな?」

「どうしたのです、頭なんか抱えて。何か悩み事ですか?」

 気にしないように努めてたけど限界だ。

 アクセルを出た時からずっと気になってたんだけど。


「さっきからエンドレスで歌ってるそれは何?」


 スキップまでしてるし、お呪いか何かなのだろうか。

 でもなければ、こんな無駄に体力を削るような頭のおかしい真似を戦闘前にするはずないと思うんだけど。

「ふふんっ、よくぞ聞いてくれました。これは我が至高にして最高の爆裂魔法を打つ為に必要な儀式。もし怠ろうものなら、周囲に大惨事が齎されるであろう」

「ふーん、ルーティーンみたいなものか?」

 気ままにやってるのかと思ったけど、意外とちゃんと理由があったんだね。

 やっぱり見た目だけで物事を判断してはいけないな。

「嘘つけ。単に気分が乗るからやってるだけだろ、何が大惨事だ」

「勝手にバラさないでくださいよ」

 どうやら頭のおかしい紅魔の娘の異名は伊達ではなかったらしい。

「とは言いましたが、気分が乗らず魔法の制御に失敗したら、周囲一帯がボンッとなるのは本当ですから、強ち間違ってもいませんけどね」

「おい、その情報初耳だぞ。爆裂魔法って失敗する事があんのか⁉ てかボンッてなんだよボンッて?」

「当たり前じゃないですか。爆裂魔法は最上級魔法、攻撃魔法の中でも一番扱いが難しいんです。まあ私クラスの大魔法使いにもなれば、そんな無様な失敗などありえませんけどね。それと、ボンッと言えばボンッです。それ以上でもそれ以下でもありません」

 それ説明になってないじゃん。

 効果音だけで内容が伏せられているのが地味に怖い。

「ま、まあいい、今更お前が爆裂魔法でミスるとかはないだろうし。でも惜しかったな、出会ってすぐの頃に分かってたら、これをネタにパーティー追い出してやったのに」

「良かったですね、私が真実を封印しておいたお陰で、カズマはこんな優秀な魔法使いを手放さずに済んだのですよ。まさにファインプレーと言えるでしょう」

「隠し事ってそんなに自慢げに言うものでもないと思うんだけど」

 眉をピクつかせているカズマ君に、少し同情する。

 と、腕を組んでふんぞり返っていためぐみんが突然、眼を紅く光らせた。

「隠し事と言えば。クリス、あなたは以前カズマとは秘密を共有してる間柄だと言ってましたよね?」

 何だろう、身体が今ゾワッとしたんだけど。

「そ、そうだったっけ? あたしは過去は振り返らない女だからね、あんまり昔の事は覚えていないんだよ」

 じわじわ詰め寄ってくるめぐみんから、あたしも微妙に距離を開けていく。

「ええ、言ったんですよ。ならば、あなたもこそこそ隠してないで、その秘密とやらを開示するのが筋という物ではありませんか?」

 ヤバい、いきなりのピンチだ!

 背中は山道の岩壁に当たりそうだし、前には眼を紅くしためぐみんが接近してる。

 まさに背水の陣。

 こ、この状況どうしたら……っ⁉

「めぐみん、クリス、敵感知に反応があったぞ。『千里眼』っと……いた。この距離ならあと一分も歩けば射程に入るな」

 目の上に手を翳したカズマ君が、敵の位置を報告してくれた。

「と、と言う訳だし、この話はまた今度でもいいかな?」

「……仕方ありませんね、今日の所は見逃してあげます。ですが、いつか絶対に話してもらいますからね」

 不満気ながらもめぐみんは数歩後ろに下がり、自前の杖をぎゅっと握り直した。

 た、助かった。

 久しぶりに自分の幸運値の高さを実感した気がするよ。

 ……うーん、でも。

 下調べの感じからして、これは伝えてもいいかな。

「うん、約束する。そう遠くないうちにちゃんと話してあげるよ。カズマ君と一緒にさ」

「今の言葉、忘れないでください。さっきみたいにすっ呆けたら痛い目見せますからね」

「わ、わかってるってば!」

 だからそんなに凄まないで欲しい。

「お前ら何コソコソ話してるんだ?」

 めぐみんに耳打ちするあたしを見て、カズマ君が不思議そうに尋ねてきた。

「何でもないよ。強いて言うなら女同士の秘密ってやつかな。そうだよね、めぐみん?」

「そうですね、そうとも言います。カズマには関係ないようであるのであまり気にしないで下さい」

「どっちだよ、余計に気になるだろ」

 カズマ君は不服そうにしていたが、めぐみんはクスリと微笑むだけでそれ以上は何も言わなかった。

 そんな二人を振り返りながら、あたしはダガーを抜き出し。

「それじゃあ二人共、討伐クエストいってみようか!」

 こくりと頷くのを確認してから、あたし達は爆裂魔法の射程まで歩を進めた――


 7


「相変わらずめぐみんの爆裂魔法は凄いね、あたしの出番はなかったよ。あれだけの火力があるなら、ドラゴンだって葬れるんじゃないかな?」

「ふっふっふっ、クリスは見る目がありますね。この間は下っ端に譲ってやりましたが、次はこの私がドラゴンスレイヤーの称号を頂くとしますか!」

「言っとくけど、俺は二度とごめんだからな」

 アクセルの街への道すがら。

 クエストを無事終えたあたし達は、とりとめのない会話を続けていた。

「そう言わずにやりましょうよ、ドラゴン退治! 大丈夫です、私がちゃんと一撃で仕留めてみせますから」

「その一撃を食らわせる舞台を誰が整えると思ってんだよ、お前は。俺達みたいなポンコツパーティーが、そんな大それた奴を相手に出来る訳ないだろ」

「私達は数多の大物賞金首を討伐しているのですよ、今更ドラゴンぐらい余裕だと思いませんか?」

「ちっとも思わない」

 背中越しに延々と会話を続ける二人に、頬をポリポリと掻きながら。

「ねえ、もしかしてあたしってお邪魔だったりする? 何だったら一足先に帰るけど」

 あたしの言葉に、二人はビクッと身体を震えさせた。

「そそそそんな事ないぞ! べ、別にクリスの事を忘れてた、なんて事はないからな!」

「え、ええそうです、そうですとも! 全く迷惑だなんて思ってませんから、変な気を遣わないで下さい!」

 その慌てようが半ば肯定してるようなものなんだけど。

 二人の空気に中てられかけているあたしに、めぐみんはコホンと咳払いをした。

「クリスの言う様に、私にとってカズマと二人きりの時間はとても大事です。ですがクリスがいなければ、今日カズマを外に連れ出せていません。だから気にしないで下さい」

「お、おう、そうかい? 何と言うか、相変わらずめぐみんは真っ直ぐだね。何だかあたしの方が恥ずかしくなってきたよ」

「クリスも変に絡まないでくれ、大概の場合俺にまで流れ弾が飛んでくるんだよ」

 熱く火照った顔にパタパタと風を送るあたしに、同じく顔を真っ赤に染めたカズマ君が文句を言うので。

「そ、そういえばさ! 前々から気になってたんだけど、めぐみんは爆裂魔法しか使わないじゃん? でも、それってかなり茨の道だと思ったりする訳で。今までに挫折しかかった事とかなかったの? あっ、嫌なら答えなくていいんだけど」

「ちょっ、それは……っ!」

 空気を換えようと強引に持ち出した話題に、何故かカズマ君が焦り始める。

 そんな彼とは対照的に、めぐみんは冷静な口調で。

「クリスの言う通り、爆裂道と言うのはとても崇高で嶮しい道のりです。周囲の人達には理解されず、友人にだって何度も止められました。情けない話ですが、私も何度か心が折れそうになったのも事実です。ですが……」

 一度言葉を止めためぐみんは、心底嬉しそうな、幸せそうな表情を浮かべ。

 先程から頑なに顔を俯かせたカズマ君を、背中から愛しそうにぎゅっと抱きしめた。

「爆裂道を諦めかけた私の背中を、カズマがそっと後押ししてくれたんです。浪漫を追い求める私の存在を、カズマは認めてくれたんです。だから私はもう迷いません。例え魔王が立ちはだかろうと爆裂魔法で捻じ伏せてみせます! どんな難題が私達に降り懸かろうと爆裂魔法で路を示して見せます!」

 固く握った拳を突き上げ宣言しためぐみんは、

「これが私の爆裂魔法への覚悟です」

 そう言って、ふっと朗らかな笑みを浮かべた。

 めぐみんはあっさり言ってのけたが、これだけの決意を口にするまでには何度も葛藤があったはずだ。

 いくら爆裂魔法は最強魔法とは言え、使い勝手が悪い魔法である事には変わりない。

 それでも彼女はきっと、この先もずっと前につき進んで行ける。

 だって彼女には、それを支えてくれる良き理解者がいるのだから。

 いつも自信満々に笑って未来を語り、周りを顧みず常に全力で夢を追い続ける。

 そんな彼女の姿はとても眩しくて尊い。

 だから自然とこう思ってしまう。


「やっぱり、人と言う存在は素晴らしいですね」


「何か言いましたか?」

 耳まで赤くしたカズマ君を楽しそうにからかうめぐみんが、あたしの独り言を聞き返してきた。

「助手君は本当に愛されてるよねって言ったんだよ」

「クリスまでコイツに乗っかんのはやめてくれ! ただでさえ一杯一杯だってのに……。はいっ、この話は終わりだ終わり! さっさと帰るぞ‼」

 そう言ってカズマ君は露骨に歩く速度を上げたが、

「勿論ですとも。今では爆裂魔法と同じぐらいカズマの事が好きですからね」

「終わりだって言っただろ! ほんとマジでこれ以上は勘弁して下さい」

 カズマ君の悲鳴は山彦となって、遥か彼方へと飛び去って行った。

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