戦斧技の威力

 俺の助言? からか、セリルは戦斧技を身に付けるコツを覚えたみたいだ。

 そして「ジャスティアの街」へ向かう道中も、残すところ半日となった。

 このまま順調に進めば、今日の夕方には街に到着するだろう。


「……どうする、アレク?」


 もっとも、何事も始終問題なく済むと言う事自体が珍しい。

 大抵は、大なり小なりの問題が発生するものだ。

 そして俺たちの眼前には、巨大な昆虫の魔物「鎧虫デルゥビジョ」が姿を現していたんだ。それを確認したカミーラが、スッと俺の傍に寄り小声で指示を仰いできた。

 問答無用で襲ってくる怪物ならば、それこそ是非もない。

 ただ戦い、勝利し、目的地へ向かうだけで、そんな事をわざわざ俺に確認するまでも無いだろう。


「うぅ―――ん……」


 でも出現したのがこの「鎧虫」と言う事が、判断を難しくしていたんだ。

 なんせこの魔物、害がないからなぁ……。


 昆虫型魔獣「デルゥビジョ」。

 巨大な図体をしている、見た目は「ダンゴムシ」そのままだ。

 動きは鈍く、こちらから手を出さない限り触れても攻撃してこない程には無害と言える。

 ただ……その移動方法で度々問題が発生していた。

 殆ど全身を強固な外殻に覆われていて、初級冒険者にはそれだけで脅威だ。

 そして岩石みたいに全身を丸め、そのまま丸太の様に転がり移動する訳だが……。

 その行動先は鎧虫自身も決定していないのか、人里付近に出現したデルゥビジョが家屋に激突し被害を与える事例が確認されている。

 だから町や村付近でこの魔物を見かけたら、冒険者には率先して排除する旨の触れが出ている。

 でも、ここは街の付近と言うには距離があり過ぎる。

 望んで戦端を開こうとでも思わない限り、放っておいても問題ない怪物ではあるんだが……。


「……よし、やるか。……セリル!」


「お……おう!」


 それでも俺は、この鎧虫と戦う事を決めた。

 ……いや、正確にはセリルに戦ってもらう事を決定したってところか。

 俺の声に目的を察したんだろう、セリルが気合の籠った声で応じて皆より1歩前へと進み出る。

 セリルが覚えようとしている戦斧技「破砕衝スバオ・ベガル」は、他の剣技と違い素早い連続攻撃ではない。

 むしろ逆で、一撃必殺に特化した技と言って良いかも知れない。

 それだけに通常でも小回りの利かない戦斧での戦いでは、素早い相手が苦手だと言って良いだろう。

 でもこの敵「鎧虫」ならば、セリルの試し斬りにはもってこいだ。動きも鈍いし、攻撃力もそれほど高くないからな。


「マリーシェ、サリシュ、カミーラ、バーバラ。セリルのフォローを頼む」


 俺自身も剣を抜きセリルの背後に付きながら、4人の少女たちに指示を出した。

 それに彼女達は、それぞれに頷いて応えてくれていた。


「いっくぞ―――っ!」


「……初級火球魔法フェフ・ホール


 セリルが雄叫び(おたけび)の声を上げ突出するのに合わせて、サリシュが準備していた弱い火球魔法を放った。

 魔法は違う事無くデルゥビジョに直撃し、それまで愚鈍だった鎧虫が明らかな攻撃性を持ってこちらへと向き直った! 

 それに合わせて、セリルを除いた俺たち5人は不測の事態に対応出来る様に身構える!

 言うまでもなくこの戦闘は、セリルだけに行ってもらう。

 推定レベルが8からとなっている鎧虫デルゥビジョは、今のセリル1人でもかなり余裕で倒せる相手だろう。

 動きも緩慢だし、彼の習得した戦斧技を試すには持って来いの相手だ。

 ただし、不意打ちを食らわせて攻撃を当てるだけでは意味がない。それなら、そこら辺の岩石で練習するのと変わらないからな。

 ある程度相手も動き、そして攻撃してくる。そうでなくては、とはならないんだ。


「でああぁぁっ! ……って、うおっ!?」


 戦斧を振りかぶり、セリルはそれを強く振り下ろした! 

 相手を打ち砕く事に掛けては申し分ない性能の戦斧が、鎧虫の硬い甲殻を砕き本体にダメージを与えた! ……んだが。

 攻撃を受けた側のデルゥビジョも、彫像のように止まっている訳がない。

 攻撃を受けたと同時に身を震わせ、殆ど反射的にセリルへ体当たりを敢行したんだ!

 もっともその動きは鈍く、セリルも咄嗟の回避で躱す事に成功していた。


「油断しちゃダメでしょっ! 相手だって死にたくないんだからっ!」


 今更ながらに、マリーシェが当然の事をセリルに投げ掛け。


「……援護した方がえぇんかなぁ?」


「いや……。これくらいは1人で対処出来なければ」


 サリシュとカミーラがそんな事を話し合いながらも静観している。

 因みに、バーバラは槍を構えたまま微動だにせずに戦いの行方を見定めていた。

 普段はセリルに対して毒舌な彼女も、いざとなったらちゃんと気に掛けるところは流石だなぁ。

 勿論俺の方も、彼の動向には注意を払っている。

 でも、基本的にはサリシュとカミーラの意見と同意で、これくらいは1人で対応してくれないとそろそろ困るしな。


「へへ……へ。ま……任せろって!」


 よく考えれば、これまでの道中で彼が先頭に立って戦う事はかなり少なかったかも知れない。

 レベルや経験から考えれば、マリーシェやカミーラが前に出るのが普通だったからな。

 ここへきて、その経験不足が露呈している感じだ。

 それでもセリルは音を上げる事も無く、強気な発言を残して再び鎧虫へと踊りかかって行った。


「おおぉっ! って、はれ!?」


 しかし1撃目と違い、デルゥビジョはもうセリルを敵として捉えている。

 虫独特の横への動きを見せてセリルの攻撃を回避すると。


「ぐぶっ!」


 今度はタイミングよく、彼の身体に体当たりを食らわせたんだ! 

 その反動で、セリルは後方へと吹き飛ばされる!


「セリルッ! 大丈夫なのっ!?」


 もはや、出来の悪い弟を心配している姉の様な表情のマリーシェが、鎧虫の動きをけん制しながら声を掛ける。

 念のためには、サリシュもセリルに駆け寄り様子を観察していた。

 と言っても相手はレベル的にも下だろうし、横から見る限りで焦る様な攻撃を食らった訳じゃあ無い。

 俺の判断では、回復魔法を掛ける必要さえないだろう軽傷ってとこだな。


「……ああ! 大丈夫だ!」


 流石に余裕がなくなって来たんだろう、立ち上がったセリルはその顔から笑みさえ消し、軽口も叩く事なくマリーシェの隣へと並んだ。


「ギュギュッ!」


 謎の鳴き声を発し、狙いをセリルに定めたデルゥビジョは上半身部を持ち上げて彼へと突進しだした! 

 これは、鎧虫最高の攻撃方法だと言って良いだろう!


 鎧虫は、無数の節足を体の下で這わせ動かす事で移動している。

 しかしその節足も、単なる足だと言う訳ではない。

 1本1本は非常に強固であり先端が尖っている事もあって、デルゥビショに圧し掛かられた動物は体中に穴が開き大抵が絶命してしまうと言う侮れないものなんだ。

 それを鎧虫は、身体を起こしてセリルに対し見せつけ!


「うおっ!」


 そのまま突進して来たんだ! 

 正しく昆虫ならではの不規則な動き、そして忌避感を誘う可動に、セリルも一瞬動きを止めてしまう!


「……ふぅ!」


 そんな奴の前に躍り出た俺は、左腕に備えた盾でデルゥビショの動きを止めてやった! 

 すでにレベルで大きく上回っているであろう俺なら、如何に巨大であろうとも力負けする事はない。


「セリル、次の1撃で決めろ! ただし『破砕衝スバオ・ベガル』でな!」


 ここまでで、流石に時間を掛け過ぎだ。

 連続攻撃を仕掛けても倒し切れないのであればまだしも、実際は俺たちの方が遥かに強いんだからな。

 これ以上は、何だか弄んでいる風にも見えるし、何よりも戦闘に弛緩した空気が流れかねない。


「わ……分かったっ!」


 セリルはその場で、集中を開始した。

 本当なら、こんな隙だらけな状態を曝け出して言い訳がない。攻撃してくださいと言っているみたいなものだからな。

 でも今は、奴に経験を積ませるための戦闘でもあるんだ。

 兎に角、止めはセリルの戦斧技で決めないとな。


「こおおぉぉっ! おおぉっ! 『破砕衝』っ!」


 十分に集中し確りと気を籠め、セリルはその力を愛斧に込めて解放した! 

 いつもと変わらない剣閃を引き、その速さもこれまでと大差ない。


 大きく違ったのは……その威力だ!


「グギョバッ!」


「うおっ!」


「きゃあっ!」


 セリルの戦斧が鎧虫に着弾した直後、その部分が大きく弾け飛び胴体にはポッカリと大きな穴が穿たれていた。

 余りにも高い威力だったため、その肉片が周囲に飛び散り俺やマリーシェまで巻き添えにするほどだった!

 そして当のデルゥビショは。

 流石に胴体の大部分を失っては姿勢を保ってはおけず、重々しい音を立ててその場で横たわった。言うまでもなく、完全に絶命している。


「へ……へへ……。ど……どうだってんだ……」


 技を決めたセリルはと言えば、自分でもその結果に驚きを露わとしているんだろう、驚愕と興奮で声が震えていた。

 まぁ、初めてにしては上出来……と俺は思ったんだけどな。


「ちょっと、セリル。時間掛け過ぎよ」


「それに、気を練るんものんびりし過ぎやなぁ……」


「あれでは、まだまだ実践では使えるものではないな」


「……精進しろ」


 女性陣からは労いも賞賛もなく、ただダメ出しが投げ掛けられ、セリルも何故かシュンとして凹んでいる様だった。

 こうなったら、俺には何も声を掛けられないな……。


 兎も角セリルの実践演習は終わり、俺たちは再びジャスティアの街へと向けて動き出したんだ。

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