技の習得
立ち止まる事は許されないが、急いだところでどうにもならない……俺たちの旅は、正にそんな状態だ。
ガムシャラに行動しても、残念ながら人は一足飛びに成長はしない。いかにレベルの恩恵があるとはいっても、一段飛ばしで強くなれるはずも無いんだ。
それを……みんな分かってる。
「だめよ、セリル。そんな集中力じゃあ、武器を自在に操るなんて出来ないんだから」
キント村から先月歩いた道を戻る形で、俺たちはジャスティアの街へと向かっていた。
実のところジャスティアの街へと戻るだけなら、わざわざ徒歩を選択する必要なんてないんだよなぁ。
―――
これを使えば、魔力で「印」を刻んである場所へ瞬時に戻る事が出来る優れモノだ。
石の方に魔力を込める必要があるから短時間に何度も使用する事は出来ないが、複数持っていれば使用者に魔力の有無は関係なく何度も、そして何処にでも飛べるだろう。
……まぁ、一度行った場所って限定になるけどな。
印と魔石は対となってるから、1つの石で1か所と言う計算だ。
因みに俺は、今まで言った殆どの村や町、城や重要拠点に果ては地下迷宮や天界に繋がっている石を持っている。
「印」は自分で記す物もあれば、すでに記されているものを読み込ませるものまであって、俺の持っている石は15年後と言う事もありどこにでも行ける……と言う訳ではないんだけどな。
そしてジャスティアの街にあるクレーメンス伯爵邸の地下には、先日俺がその「印」を刻み石に記憶させてある。
だから前回戻った際は、その石を使用したんだが。
「ぬ……ぬぬぬ……!」
「あかんあかん。力んだらええってもんやないでぇ」
「逆に力を抜き自然体で、気力を全身に纏わせる気持ちで取り組むのだ」
「ん……んなこと言ったって……よう……!」
今セリルが取り組み女性陣からダメ出しされているのは、彼がLv10となった事で使えるようになった戦斧技「
この技は他の剣技とはやや異なり、連続技ではない。
逆に、力を込めた強力な1撃を放つものだ。
元々重量があり素早く動かす事に向かない形状の戦斧では、連続技自体がかなり少なくその使い道も余りない。
それよりも通常攻撃より遥かに強い一撃を放てる方が、決定打として役に立つ事が多いんだ。
外見だけは美青年然として優男の風貌を持つセリルだが、彼の愛用する武器は剣ではなく戦斧だ。
それ自体は本人の好みなんだ、誰も文句は言わないんだがな。
でも、やっぱり少し違和感があるよなぁ。
わざわざ歩いて帰る理由は、その道中でセリルに剣技を覚えさせる為でもあった。
因みに、一足先にレベルが10を超えているバーバラはあっさりと槍技をマスターしちまったけどな。
もしもこの道程でセリルが戦斧技を習得すれば、途中で怪物でも現れてくれればそのまま練習にもなる。
だから僅か3日の行程だが、野営を設けて夕食が終わった後、セリルはみんなに技のレッスンを受けているって寸法だった。
「アレク……。何か……助言をしてやれば……?」
一向に上手くならないセリルを見て、バーバラが俺に話を振って来た。
それに対して俺は、一瞬躊躇していたんだ。
教えるのにあたって、俺の方には何の問題も無い。
前世では実際に多くの武器を手にし、それなりにそれぞれの
勿論、戦斧技も幾つか知ってるし、セリルが取り組んでいる初歩の技なんて簡単に実演出来るだろう。
でもそれには幾つかの問題があって、その1つがやはり俺が教えても良いのか? と言うものだった。
言うまでもなく、俺は転生者であり中身は30歳のおっさんの元勇者で上級冒険者だった。多くの知識は、その時に得たものなんだ。
でも普通に考えれば、15歳の未熟者がそんなに色々と知っていると言うのはやはりおかしな話だろう。
これまでの経緯で、マリーシェたちは自然に俺の方へ相談を振って来るんだが、余りにも適切な対応を取り続けるのは彼女達に疑念を持たれるだろうなぁ。
……まぁ、もう手遅れかも知れないけどな。
それにもう1つの問題……と言うか心の話なんだが、俺が教える事にセリルは何も思わないか……って話だな。
今は異性であるマリーシェたちに教えられている。
レベルも上回っていて既にセリルよりも多くの経験を得ているマリーシェやカミーラ、サリシュに教授されるのには、奴も我慢出来るかも知れない。
でも同性である俺に稽古を付けられると言うのは、奴のプライドに関わるのではないかと考えられたんだ。
奴にだって、意地やら自尊心がある。
マリーシェたちにはレベルで上回れていると言う事もあってそれほどではないだろうが、同年代の男である俺に指導を受けると言うのには何か思う処があるかも知れない。
「……なぁ、セリル。良ければ……」
「ああ、アレク! 何か気付いた事があるんなら何でも言ってくれよ!」
でもそんな事は、必死な彼にとっては些細な事でしかなかったようだ。
どうやら俺は、奴の貪欲さを過小評価していたみたいだ。
セリルは、強くなる事が楽しい……今はそれに向かって、全力なんだろうな。
そしてその為なら、誰から教えを受けるかなんて本当に些事だったんだ。
「……あぁ。とりあえず、全身に力を籠めるのを止めるんだ」
だから俺の方も、惜しみなく奴に手解きする事としたんだ。
さっきから見ていると、セリルは技を出す事に捉われるばかりに、どうにも力み過ぎているんだな。
まぁ、マリーシェたちに見られてるんだ、少しは良い所も見せたいのかも知れないけど。
「……へ? だ……だけどよ、攻撃するのに力を抜いちゃあ……」
「……戦闘中だったらそうなんだけどな。今はまだ稽古だろ? とりあえず、技を出す感覚を身に付ける事を優先した方が良い」
まずは基本を身に付け、戦闘はその後の応用となる。
俺はそれをセリルに説き、奴も一旦戦う姿勢を抑えて自然体となりその場に佇んだ。
よっぽど早く「戦斧技」を身に付けたいんだろうなぁ……。
減らず口を叩く事なく素直に応じるセリルは、こうして見ると本当にただの美少年だ。
「……次に、腹の中心に『力』を溜める感覚を持つんだ。……ただし、本当に腹筋へ力を籠めるんじゃあ無いぞ。脱力を維持して、頭の中で腹の中に力が集約される……そんな状態を想像するんだ」
「ち……力を籠めないで、力を籠めるぅ……!? それって、どんなトンチなんだよ!?」
俺の話を聞いて、流石にセリルは不平を鳴らした。もっとも、それも当然だと言えるんだけどな。
初めてこの感覚を説明される側とすれば、それを理解するのには時間が掛るもんだ。
俺でも最初は、かなぁり時間を使ったしな。
それを考えればマリーシェやカミーラ、バーバラの戦闘センスには舌を巻く。
彼女達は少し教えただけで……練習しただけであっさりと習得してたからなぁ……。
そういえばマリーシェとカミーラなんかは、見ただけで魔法剣まで使えてたもんなぁ。
才能……なんて一言で括っちまうのもなんだけど、やっぱり違いってのはあるもんだ。
「そうそう! そんな感じよ!」
「……ふむ。確かに、力ではなく“想い”を籠める……。そんな感じだな」
「……感覚で分からないなら……お前には適性がなかった……となるな」
共感出来る部分があったのか、女性陣からも俺の話に賛同する声が上がる。
そうまでされれば、セリルの方もここで休む訳にもいかないんだろうな。
さっきまでとは違う、静かに目を閉じて立つセリルは深く息を吸い込みそのまま吐き出して自分の呼吸を整えた。
今の彼からは、静かだが確かに「気」の様なものが感じられた。
「……っ!? これ……か!?」
そして何かを察したのか、目を見開き感じ入っている。
どうやらコツを掴んだのかも知れない。
「……何か、分かったか? じゃあその調子で、今度は武器を構えてやってみるんだ」
今覚えた感触を、忘れないうちに反復する。面倒だけど、技を覚えるにはこれが一番だからな。
俺はその後、セリルの気のすむまで練習に付き合ったんだ。
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