罪と罰

 俺は、ゆっくりと覚醒していった。

 どうやら俺は、硬い所に横たわっているらしい。

 この感じは……土の上か……? 

 そこに俺は、横倒しとなっていたらしいな。

 静かに目を開いて行くと、真っ先に目に飛び込んできたのは……セリルの姿だった。

 更に良く見る為に目を見開くと、彼はこの硬い土の上で……座っている様だった。


 しかも……正座だ!


 ただその姿を見ただけで、俺はかなりまずい状況にいる事を悟ったんだ。

 そして、本能が激しく訴えかけて来た!


 ―――目を……開いてはいけない!


 ―――まだ……目覚めたと! ……ってな。


「あら、アレク? お目覚めのようね?」


 でもどうやら、それも遅かったらしい。

 俺が覚醒したことをその気配で察したんだろう、マリーシェが不自然なほどの優しい声音で声を掛けて来た。

 ……ふっ。僅かな様子の変化で俺が目覚めた事を察するなんてな……。マリーシェも成長したもんだ。


「起きたんやったら、早う身体起こしいや」


 そこへ、サリシュが淡々と命じて来た。その声色には、一切の感情が込められていない。

 だからこそ……だからこそ、彼女の怒りが伝わって来ようってもんだ。


 俺は無言で体を起こすと、セリルの様に正座をして4人の少女たちと正対した。

 俺がリーチシェルから受けた唾液による攻撃は、どうやら治療済みみたいだな。

 それがポーションによるものなのか、サリシュの魔法効果なのかは不明だが。

 顔を上げてマリーシェたちを見る事が出来ない俺は、俯いたままそっとセリルの様子を伺って……ぎょっとした!


 あのセリルが……容姿だけは端麗だったセリルの顔が……!


 今は無残にも腫れあがり、原形を留めていなかったんだ!


「あ……あ……」


 声にならない声を上げて驚きを隠せない俺に、セリルからではなく女性陣の方から声が掛けられた。


「セリルがこの様な姿となった理由は、もう言うまでもない事だろう」


 説明を始めたカミーラの声音も冷淡だ。

 そして彼女が言う通り、その理由には嫌と言うほど心当たりがある。


「……ついては……アレク。あなたの処遇についてなんだけど……」


 告げるバーバラの声音も何処か冷たい。

 普段から半眼の眼をしているけど、今はそこに侮蔑の色を感じるのは俺の気のせいか?

 ぐぅ……。絶体絶命と言う言葉があるが、正に今がその時だ。

 今の俺は、正しく蛇に睨まれた蛙……。生殺与奪の権利を、眼前にいる4人の少女に握られているんだからな。


「……アレク。何か言う事は無い?」


 腕組みをして仁王立ちしているマリーシェが、ズイッと一歩踏み出して問い質してきた。

 ……ぐぅ。笑顔がトレードマークのマリーシェに、こんな冷めた表情で見つめられると精神的に堪えるな。

 言いたい事は、本当は山ほどある。

 自身の助命を乞いたい気持ちもあるし、本当は俺は止めようと言う気持ちがあった事も説明したい。

 でもそのどれもが、本当に単なる言い訳でしかない。

 結局俺はセリルに同行した訳だし、奴を説き伏せる事も出来なかったんだからな。


「……ありませんスミマセン」


 だから俺の返答は、これしか無かったんだ。

 上手い言い訳も浮かばないし、それなら謝るしかないからな。

 ……ったく、とんだとばっちりだぜ。

 まぁそのお陰で、マリーシェたちの危機を先んじて防げたんだ。

 セリルも本当は褒められて然りなんだろうけど、あの場所に居合わせた理由が理由、普段の行動とも相まってこの仕打ちなんだろうなぁ。


「……そ。まぁ素直に非を認めて謝ったんだから、今回は許してあげるわ」


「……それに……助かったのも事実」


 もう少し罰を受けるかと思っていたんだけど、殊の外あっさりと許して貰えた。これは有難い事だ。

 それにバーバラの言葉通り、助けに入った事も評価されているらしい。


「しかし、二度はないと心得よ」


「次は、こんなもんや済まへんからなぁ……」


 ただし、しっかりと釘を刺されたんだけどな。

 俺としては、もう二度とこんな事をしたくは無いんだけど、問題は……。


「……セェリィルゥ? あなたも良いわよねぇ?」


「……はい」


 マリーシェのドスの効いた声を受けて、セリルは項垂れたまま小さく答えていた。

 でも……俺は見たんだ!

 許されたと悟った瞬間小さく……本当に小さく、奴は口角を釣り上げていたんだ!

 な……なんて奴だ! こんな目に合ったってのに、全く堪えてない!

 もっとも……それがセリルって奴なんだけどな……。




 それから俺たちは、2日を掛けて希少薬草の採取に取り組んだ。

 勿論ただそれだけじゃあなく、それ以外の売れそうな草花やら鉱石も可能な限り集めたんだ。

 目的の物のみを集めて納品するだけじゃあ、このクエストの報酬じゃあハッキリ言って赤字だからな。

 そしてキント村へと戻りギルドへ報告と納品、新たなクエストを受けて遂行……と、精力的に様々な依頼を熟していった。

 ユックリだけど色んな経験を積み、結果。


 マリーシェLv16、サリシュLv18、カミーラLv19、セリスLv10、バーバラLv12になった。

 俺もレベルは15になり、それと同時にこの辺りで得られるものは無くなっていたんだ。


「よぉしっ! これで俺も剣技が使えるぜっ!」


 レベルが二桁となった事でセリルも攻撃技が使えるようになり、パーティの攻撃力は格段に上がったと言える。

 今まで倒すのに時間が掛っていた体力の高い魔物や防御力のある怪物も、これで随分と楽に相手できるはずだ。勿論、油断は禁物だけどな。


「……調子に乗るな。……死ぬぞ」


 バーバラの辛辣なツッコミに、さしものセリルも口を噤んでしまった。

 それでも、嬉しい気持ちが溢れているのは隠しきれていない。

 まぁ、セリルの気持ちも分からないではないな。

 俺も初めて「剣技」が使えるようになった時は、早く実戦で使いたくってウズウズしたもんだ。


「……しゃぁないわね。セリルの特訓に付き合うかぁ」


 そんな彼の気持ちが分かるんだろう、マリーシェがため息交じりにそんな提案をし。


「うむ。実戦でいきなり使えるものでもないからな。まずは練習だ」


 カミーラもそれに同意していた。

 サリシュやバーバラも同じ気持ちのようだし、当然俺も異論はない。


「へっへへ! 宜しく頼むぜ!」


 聞きようによっては明らかに上から目線ではあるのだが、剣技においてはマリーシェたちの方が先達なのはセリルも理解しているんだろう、彼女達の態度に気を悪くした様子は伺えず、それよりも早く稽古をつけて欲しいと言う気持ちで一杯みたいだ。


「それじゃあ、東へと進みながら少しずつ練習するか」


 そこで俺は、そう提案をしたんだ。

 キント村から東に向かうと言う事は、来た道を戻る……となる訳だが。


「あ、そろそろよねぇ? 丁度タイミングが良かったのかもね」


 その事について、誰からも異論は上がらなかった。

 そろそろ、ジャスティアの街を最後に訪れて1か月が経とうとしている。

 俺たちは、にもあの街へ戻る必要があったんだ。


 俺たちは月に1度の割合で、ジャスティアの街へと戻る約束をしている。

 約束相手はクレーメンス伯シャルルー、そしてその父親であるクレーメンス伯グラーフ。

 俺たちはこの2人と、眠れるエリンの面倒を見てもらう代わりに月に一度の帰還と報告を約束……と言うか義務付けられているんだ。

 と言ってもこれは、俺たちがシャルルーや伯爵に請うての責務じゃあない。

 どちらかと言えばこれはシャルルーの願いであり、俺たちはそれに手を貸していると言う方が正しいだろう。

 でも俺たちの中で、伯爵の依頼をと言う気持ちを抱いている者はいない。

 全員、自らこのクエストを完遂すると言う強い意志を持って取り組んでいた。

 エリンは確かにシャルルーの従者で、無理を言ってクエストに同行して来たシャルルーを庇って傷を負い、長い眠りに着いてしまった。

 でもその過程で俺たちは仲良くなり、決して他人事とは思えなかったんだ。

 それに、俺たちにもう少し技量があればこんな事にはならなかったのにと言う後悔もある。

 そんな仮定を論じていても仕方がない事は分かってるんだが、感情ばっかりは誰にも制御出来ないからな。みんな、エリンを助けたいんだ。

 そしてその為には、伯爵であるクレーメン=グラーフの助力は不可欠。その為に俺たちは、定期的な報告をすると言う約束をしたんだ。

 シャルルーの下へ定期的に戻って来るし、エリンの様子も見なきゃならない。伯爵の事はついでになるんだろうけど、それも彼の了承済みだから俺たちにとっても問題じゃあない。


 みんな、その事を忘れた事なんて無いだろう。


「じゃあ、明日からジャスティアの街に向かう。みんな、準備を整えるんだ」


 俺がそう締めくくり、その場の全員が頷き返してきたんだ。

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