2.新たな目的に向けて

女神のお告げ

 目を瞑っていても、光を感じる……。

 そういえば俺は、何で眠っていたんだっけ……?


「何言ってんの。あんたは、気を失ったのよ。怪物にやられてね」


 ああ……そうだったか。

 ……っていうか、あれ? 俺って、声に出していたっけ?


「べっつにぃ。あんたが声に出さなくっても、この世界じゃあ知ろうと思えばあんたの心の中なんて簡単に覗けるわ」


 感覚だが、俺はまだ覚醒していない。眠りから覚めていないと言う実感はある。

 それなのに、そんな俺の思考を読んで的確に返答してくる声がする。

 ああ……この声。このムカつく声には覚えがある。


「ムカつくって、何よそれ? あんた、この私に向かって良くもそんな口が利けるわね?」


 そう……この不遜な態度。

 全てはこいつのウッカリから始まったっていうのに、この恩着せがましく偉そうな態度に声音。……こいつは。


「そう。私は女神フェスティス様の忠実なる僕。『フェスティーナ=マテリアルクローン=プロトタイプ=Mk8』。特別に『女神フィーナ様』と呼ぶ事を許してあげるわ」


 そう……。そうだ……。


「なぁんで俺の夢の中に、お前が出てくるんだよ?」


 フィーナがフルネームで自己紹介をしたあたりから、俺の意識は一気に覚めていた。

 ……いや、ここはまだ俺の夢の中だとすれば、意識が目覚めたってのはちょっとおかしいな? ただ思考が明確になったって事か?


「どっちでもいいわよ、そんなの。それよりも、あんた全く私を呼ばないけど、どういうつもり?」


 俺が最後にフィーナとあったのは、確か鬼族との戦闘で重傷を負って意識を失った時だったか……? 

 まぁそれから数か月たってんだから、フィーナが文句を言うのも分からないではない。分からないではないんだが。


「そうは言っても、まだお前の力が必要な事態には陥ってないしなぁ……。っていうか、どのタイミングでお前を呼び出せば、俺はお前の協力を得られるんだよ?」


 彼女が戦闘時に直接協力してくれるとは考えにくい。

 もしも女神の僕とかいう者の力を借りれば、恐らくはどんな戦闘もあっという間に終結するだろう。

 でも、それを良しとするフィーナじゃないだろうなぁ。

 それを考えれば、強敵に直面した時の合力は余り考えられない。


「そうねぇ……。例えば……悩み相談とか?」


 なんで疑問形なんだよ。

 逆に問われても、俺に明確な返答なんて出来る訳ないだろうに。聞いているのは俺の方なんだからな。

 ……でも。


「悩み……悩み相談ねぇ……」


 確かに、落ち着いて戦闘や行動を起こす前ならこいつに意見を聞く事もありかも知れないな。

 何と言ってもこいつは、女神フェスティス様の眷属なんだ。万能とは言えなくても、それに近い存在……かも知れない。


「かも知れない……って、何よ」


 いちいち俺の思考を読んでは、それについてツッコミを入れてくる。

 腹立たしいなら覗かなきゃ良いのに、そう言う処は何だか人間臭いな。


 どうせこいつに「魔神族」の事やら「魔族」の事を聞いた処で、すぐに答えなんてくれないだろう。

 ついでに「未来担いし者ブレイバー」の事だって、大して教えてくれないだろうな。

 そうしてそうこうするうちに、大体自分たちで歩む道なり解決方法を見つけちまうんだ。

 ったく、勝手に任命しておいてその概要を一切説明しないなんて、何考えてるんだよ。


「うぅ―――ん……。そんな事ないかもよぉ?」


 でも今回は、どうやら何かヒント的なものをくれる気があるらしい。

 それはそれで有難いんだが、果たして今の俺に有用なのかどうか……。


「そうね……。それじゃあまずは、『魔神族』の動向についてね」


「……え? ……マジか?」


 フィーナの台詞を聞いて、俺は想わず聞き返すくらいには驚いていた。

 魔神族と言えば、カミーラの今後を左右するくらいに重要な問題だ。今の俺たちでは太刀打ち出来ない存在だけど、その動向を知れるのは有難い。


「ええ、マジマジ。って言っても、やっぱり全部は話せないんだけどねぇ」


 相も変わらず飄々としているフィーナは、そんな重要な話をするって事でさえどこか冗談めかしている。

 でも俺にとっては、どんな些細な情報でも有難い事に変わりはない。

 何せ、前世の俺でも「魔神族」には遭遇していないんだからな。

 知らないってのは、ただそれだけで不利なもんだ。


「まず今の状況だけど、東国『神那倭国』からはまだ上位クラスの「魔神」は解き放たれていないわね。どうやら結界を張る一族が頑張ってるみたい」


 まずは、安堵して良いと言って良い情報だ。これを知れば、カミーラは恐らく安堵するだろうな。

 今はカミーラに変わり、彼女の妹の「シレーヌ」がその命を賭して結界を維持している筈だ。

 未だにその結界が有効だと言う事は、シレーヌも健在だと言えるだろう。


「でも、下位の魔神族はかなりの数が広範囲の捜索を行っているみたい。標的は勿論……カミーラちゃんね」


 カミーラの一族である「真宮寺家」は、強力な魔神族が異世界より襲来する事を食い止めている。

 その代わり、力の劣る「下位魔神」が通り抜ける事については看過していた。

 それは偏に、下位の魔神族はまだ人族の手に負える存在だからに他ならない。

 解き放たれた下位魔神族は、すぐに「神那倭国」の「侍」たちによって討たれていたんだろうなぁ。魔神族も、まずは真宮寺一族をターゲットにしていたんだろう。

 真宮寺一族を倒し「封印の巫女」を亡き者とすれば、それはそのまま結界の無効化に繋がるからな。

 しかし次期巫女であるカミーラは、人身御供となる「封印の巫女」の役を妹に肩代わりしてもらい、自らの手で魔神族を滅ぼす為に海を渡ったんだ。……部類の強さを手に入れるためにな。

 その結果、魔人たちは真宮寺一族を襲うのではなく、東国を離れたカミーラを探してるって訳だ。

 カミーラを捕らえて結界の秘密を探り、用がなくなればそのまま処断するんだろう。

 しかしその結果、中級冒険者でも手に余る亜人が至る所に潜んでいるって事になる。

 まだまだ数は少ないかも知れないが、これからはどんどん増えてくるだろう。


「それから魔王だけど、もう出現しているわよ」


「な……何っ!?」


 これには、俺は驚きを隠す事が出来なかったんだ! 

 魔王はこの先10年後、遥か西の大陸で出現する。

 そしてその5年後、俺たちは魔王に戦いを挑む……ってのが、俺の知っている史実だったんだが……。


「これが……少し厄介な事になっていてねぇ……。。そして何故だか、のよねぇ……」


 驚きを隠せない俺に向けて、フィーナは理解出来ない言葉を次々に連発して来た。こいつは……何を言っているんだ?


 魔王の……転生?


 これで……3度目?


 俺と同じ……時間軸?


 これは、一体何を示している言葉なんだ?


「と言う事だから、魔王はすでに十分脅威よ? 今のあなたじゃあ、間違いなく勝てないわねぇ」


 俺が知る限りでは、出現した魔王はその西の大陸で「魔界」をする筈だ。

 そして、それを認めない東大陸の「人界」と全面戦争に突入する。

 その魔王を駆逐する為に、人界側からは少数精鋭部隊が送り込まれるんだ。俺も、その中の1人だったと言う訳だな。


 それにしても……魔王の転生がこれで3度目とは、どういう意味なんだ? 

 もしや魔王は、「記録セーブ」と「再開ロード」を駆使して何度も人生をやり直しているっていうのか?

 でも、一体それにどんな意味があると言うんだろう? 

 そして、人生をやり直すと言う〝苦痛〟を何故甘んじて受け入れる?

 もしも人生が自分の知っている通りに流れていったなら、これほど詰まらない事は無いだろう。

 何せ、歴史の展開を知っているだろうし何よりも……自分の先行きを知っちまってるんだからな。

 勿論、俺の様に選択肢を変える事で、全く違う「人生みち」を進む事が出来るかも知れない。

 でもそれを、わざわざ「記録」を使ってまでする必要があるってのか?

 それは言ってしまえば「人生の回廊」であり、ある意味では「魂の牢獄」に囚われているのと同じじゃないのだろうか?


 そして……俺と同じ時間軸を選んで、魔王は「再開ロード」したって言うのだろうか?

記録セーブ」を使ってやり直ししても、選択次第では違う「人生」へと足を踏み入れてしまう。……今の俺のようにな。

 そこは、以前の「人生」とは違う世界だと俺は結論付けているんだが……。

 魔王はもしかして、……つまり俺と対面する事になる世界に足を踏み入れたと言う事なのだろうか?


 それから……肝心の「未来担いし者ブレイバー」についてなんだが……。


「あっと、そろそろあんた、目を覚ますみたいね。今日の所はこれくらいで退散するわ。……それじゃ」


 俺がその事に思いを馳せると急にフィーナは会話を打ち切り、不自然なほど早口でそう告げるとシュタッと手を上げてその場から消え去ったんだ。

 ……ったく、肝心な部分になると誤魔化す処は変わらずだなぁ。

 それでも今回は、色々と興味深い事が聞くことが出来た。

 とりあえず当面注意すべきは、やはり下位魔神と言う事になりそうだな。


 そんな事を思いやりながら、俺もまた覚醒の光に包まれて行ったんだ。

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