驚くべきスキル
これ以上ないって程シリアスな表情で、そしてその声に真剣味を持たせて、セリルは俺に対してこう口にしたんだ。
「男だったら……こんなシチュエーションならやる事は一つだろ? ……覗きに行くぞ!」
……ってな。
ったく、こいつはバカか? なんで今までの事で懲りないんだ?
こいつが覗きに行って、冗談ではなく死に掛けたのは過去に何度もあった。
以前の温泉街でもそうだったけど、ある時は目を潰されかけていたし、またある時は半殺しの目にあっていたっけ……。
その度に、俺はこいつにポーションを使って事無きを得て来たんだ。
「いや、でもな……。今までにも、散々酷い目に合って来ただろ?」
全く過去の経験が活かせていないセリルに、俺は諦念を抱きながらも諭すように話しかけた。
こいつの無謀な行動力は止める事が出来ないが、少しは無謀な挑戦を控えて貰う為だったんだが。
「ばっかだなぁ。障害は高いほど燃えるってもんだ!」
そんな俺の気持ちも、こいつには全然響いていないようだった。
それどころか、謎の自信に満ち溢れた何だか格好良いセリフで答えて来たんだ。
「お前……言っておくけど、今回はポーションを使わないからな?」
もしかするとこいつは、俺のポーションを当てにして毎回無茶な挑戦を繰り返しているのかも知れない。だから俺は、先んじてそう釘を刺したんだ。
こいつがどんな言い訳をしようとも、もしもそんな考えを抱いていたならば俺にはすぐに分かるからな。……でも。
「はぁ? そんなん、最初から当てにしてねぇよ。それよりほら、とっとと行くぞ」
セリルからは、即答でそう返されたんだ。
そこには、微塵も俺のポーションに縋っている様子なんて無い。
……なんて奴だ。
こいつは己の欲望の為なら命を失っても良いって、本気で考えてやがる……。
眩しい……なんて眩しいんだ……。
俺も昔は、若さにかまけて後先考えずに突進していたもんだ。……戦闘でも欲望でもな。
それがいつから、こんなに枯れちまったんだ……。
なんて、感心する訳ないだろう!
俺の周辺で、俺の知人が、俺の知り合いに殺されるのを指を咥えて見てる訳にもいかない。
それに、俺自身決して枯れたって訳じゃあないんだ。人並みに女性への興味は未だにある。
ただその好みの範囲が、今の身体での同世代じゃあないってだけなんだ。
そうだなぁ……マリーシェたちも、あと5年もすれば対象になるだろうか?
今でもベッドに居るところを裸で迫られれば話は違うだろうが、基本的には恋愛対象には程遠い……筈だ。
なんせ俺の中身は30歳のおっさんなんだからな。俺の半分しか生きていない少女に欲情する訳もない。
ともかく、現在進行形で己の欲望に忠実なセリルを抑える為、そしていざとなったら助ける為に、ズンズンと進んでいく奴の後を付いて行ったんだ。
小川沿いに上流へと歩いて行った女性陣とは違い、セリルは一旦森に入って大きく迂回するルートを選んだ。川沿いだと見通しが良く身を隠す所が少ないからだ。
何だか理知的な事を考えてはいるが、言うまでもなくこれはマリーシェたちの水浴びを覗きに行く途中なんだ。
普段はパッとしない思考と考えなしの行動が多いセリルだが、何故かこういう時の奴はとても冴えている。
愛用の戦斧を背負っては来ているものの、音が出やすい
自然とその準備が出来ている事を考えれば、空恐ろしいほどだ。
まぁ、普段からこの心配りが出来ていればなぁ……。
とにかくセリルは、迷いも見せずにどんどん森を進んでいく。
左手に小川を感じながら、それでも随分と大きく迂回してこちらの気配を悟られないよう慎重に……。
「……カミーラちゃんは特に気配に鋭敏だからな。……それに、サリシュちゃんも勘が鋭いし、マリーシェちゃんも侮れない。そしてバーバラちゃんは……良く分からない」
前を行くセリルが、聞いてもいないのに真剣な面持ちでそう呟いていた。
ただその分析は間違っておらず、言ってしまえば俺たちのパーティに所属している女性陣は誰一人として油断ならないと言っているみたいなものだが。
普段ならそれも頼もしいのだが、今俺たちがやろうとしている事にはハッキリ言って厄介極まりない能力だ。
カミーラは広範囲で気配を察する事に長けている。
戦闘ではこれで随分と助けられているんだが、今はいつ彼女の察知範囲に足を踏み入れてしまうかと考えれば気が気じゃあない。
サリシュもまた気配に敏感だ。カミーラほどではないのだが、その索敵能力はカミーラよりも正確なんだ。
カミーラが広範囲に何となく気配を感じられるのに対して、サリシュはそれよりも狭い範囲だが的確に場所と対象の意気を感じ取る。
敵意があるのかどうかは勿論だが、それがどの様な種族の発しているものなのかさえも大体で当たりを付ける事が出来る。
マリーシェに至っては、特に勘が優れている。
これは察していると言うよりも「何となく」なのだろうが、これがまた異常に良く当たるんだ。
レベルが上がるにつれてその確率も上がっているし、もしかすればその方向のスキルに目覚めるかも知れない。
そしてバーバラ……。セリルが言ったように、彼女については良く分からない部分が多い。
基本的には他の面子に決定権を委ねているのだろうが、要所ではしっかりと意見を口にして軌道修正を図っている。まるで……パーティをコントロールしているようだ。
その洞察力は優れたもので、恐らくはセリルの行動もすでに把握しているだろう。
そんな中に、無謀とも思える覗きを敢行しようと言うのだ。
セリルの逞しさや挑戦者魂には脱帽だが……賭けるのは己の命なんだぞ? 分かってるのかねぇ……。
「……ここからは、会話は無しだ。ハンドサインで対応するぞ」
セリル……。こいつは普段、何を考えているのか全く分からない。
冒険者として成功したいと言う願望はあるんだろうけど、どこまで達すれば彼の成功なのかが分からない。
より名声を高めたいと言う思いもあるんだろうが、そうと思えばこんな事に平気で命を賭けやがる。
自分の欲求に忠実と言う事は人生を楽しんでいるんだろうけど、俺には少し理解出来ないな……。
小川の気配が辛うじて感じられる距離で、未だマリーシェたちの姿を確認した訳じゃあない。俺の耳にも彼女達の声は未だ聞こえず、気配さえ察する事が出来なかった。
こういう女神の恩恵で発動される「
そしてレベルと肉体年齢を初期冒険者まで戻された俺だが、こういった能力は持ち越すことが出来ている。
つまり……このパーティにいる誰よりも気配を消す事に長け、気配を探る事に長じているんだ。
それなのにセリルは、そんな俺をあっさりと凌駕しやがった!
……まぁ、こういった場合に限りなんだが。
身を屈めて慎重に進むセリルの遥か前方から、何やら黄色い声が聞こえて来た。
まだ何を言っているのか分からないがこれは……確かに女性の声!
「……ビンゴだ」
ニヤリ……と奇麗な顔に凶悪な笑みを浮かべて、セリルは小さく呟いた。
なんて奴だ……俺でさえ探り切れなかった女性陣の気配を、こいつは知ることが出来たってのか!?
……まぁ、本当にある意味で凄いなとは思うけどな。尊敬はしないけど。
「……思った通りだ。日中の暑さ、そして疲労……。それを癒す冷たい水浴びで、カミーラちゃんの索敵網も隙が多い。それに、サリシュちゃんの警戒も薄れてるし、マリーシェちゃんの勘も鈍ってる。……バーバラちゃんは分からないけどな」
こ……こいつ! この距離で、そんなことまで分かるってのか!? さすがにそこまでは、俺でさえ判断付かないぞ!
こいつの覗きに対するスキルはどうなってるんだ!?
驚愕する俺をしり目に、セリルは慎重に歩を進めだしたんだ。……そして!
な……!? セ……セリルの姿が! 気配が……周囲に溶け込み……消えた!?
すぐ俺の前を歩いている筈なのに、セリルの身体がまるで周囲へと溶け込むように希薄となったんだ!
こいつ、こんな高度な技術も持ってやがったのか!?
い……いや、違う?
気配を消したのではなく、これは……気配を偽っているのか!?
その場に居ながらそうと悟らせない技術は確かに高等で難しい。
でも今セリルが使っているのは、周囲の風景に気配を偽り、可能な限り気付かれにくくしているんだ!
これならよほどの者でもない限りセリルの気配は小動物やら昆虫やら、その動きで発する葉擦れの音や風の悪戯と錯覚してもおかしくは無い。
それらの風情も、普段の自然体であるカミーラやサリシュ、マリーシェにはその違いを察せられてしまうだろう。
でも先ほどセリルが言った通り、気の抜けている彼女達にその違いを判断するなんて不可能!
……言いたくはないが、見事だ。
「……見えて来たな」
もはやどこの誰かも分からないようなキャラクターと化したセリルが、スッと前方に目をやり呟いていたんだ……。
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