小川の辺
カミーラとの関わりを持つ「魔神族」そして「鬼族」との死闘を経て、俺たちは随分とレベルアップを果たしていた。
マリーシェはLv15、カミーラはLv18、セリルLv9、バーバラはLv11と順当に1つずつ上がっていた。死力を尽くしたサリシュは2つ上がりLv17。そして、文字通り死にかけた俺も2つ上がってLv14になっていたんだ。
あまり褒められた結果ではないんだろうが、それこそ死ぬ思いを経験すればそれはレベルに大きく影響する事に間違いは無いだろうな。
それこそ1度死んで蘇生すれば、どれだけレベルが上がるのか知れたもんじゃあない。
もっとも、そんな危険な真似は出来ればしない方が良いのは当たり前で、だからこそ俺たちは今「採集クエスト」なんて基本的な依頼を熟しているんだけどな。
一足飛びで強くなると、基礎的な事を置き去りにしがちだ。力だけを求めても、いずれはその力に足元を掬われちまう。
殊更に慎重にならなくても良いけど、必要な事は多少手間でもやっておいて損は無いからな。
「ふぅ……。ほんま、今日は暑いなぁ。朝晩と日中の寒暖差があり過ぎるやろぅ」
午前中は陽射しも気持ちよく気温も申し分なかったんだが、昼を過ぎた頃から暑さが強まってきていた。所謂残暑ってやつだな。
ふと見渡すと、発言したサリシュだけじゃなくてマリーシェやカミーラ、バーバラにセリルも口には出さないけど疲労の色が浮かび上がっていた。
「それじゃあ、少し休憩にするか」
昼の休憩を取ってからまだ
俺なんかは、前世の記憶や経験から森の中の立ち居振る舞いも分かっている。自然と力の配分なんかも出来ているから、消耗は最小限に抑えられているだろうな。
でもマリーシェたちは森での探索は不慣れなんだ。
しかもここは山間にある森林だから、傾斜があって平地よりも遥かに疲れるかもな。
そこに気が行かなかったってのも、俺の未熟な証拠なんだが。
「ふぅ……。つっかれたぁ……」
セリルが疲労困憊と言った態で木の下に腰を掛けたけど、その言葉は決して大げさじゃあなかった。
他のメンバーも思い思いの場所で座り込んでいるが、一様に疲れているみたいだからな。
かく言う俺も、全く疲れていない訳じゃあない。近くにあった倒木に腰を下ろし、汗を拭って水を口にしたんだ。
「だが、そろそろ今夜の野営地を決めねばならぬのではないか? 水の補給も考えねば、一度『キント村』に戻る事も考えねばならぬだろう」
「うぇ―――っ! また戻るって事は、明日またここまで来るって事かぁ」
「……当たり前だ。……馬鹿め」
カミーラがもっともな事を提案し、それにセリルがまた弱音を吐き、そこへバーバラの辛辣なツッコミが飛ぶ。もはやお決まりのルーティーンだ。
しかしカミーラの話には聞くべき点が多く、少なくとも水場を見つけられなければ村へと戻る事も考えなきゃならないのは事実だ。
森の中を随分と進んで来たんだが、方向を見失っていると言う訳ではない。
地図は持って来ていないが、村へ帰るのが困難と言う事は無いだろう。
でも、すぐに見つかると思われた水場……川や池が見つかっていないのは誤算だった。
「……ねぇ、何か聞こえない?」
そんな会話を交わしていた矢先、マリーシェが耳をそばだてながら呟いた。
それを聞いた俺たちもまた、耳に手を当てて周囲の音を拾い出す。
「……なんか……聞こえるなぁ。……これって」
「……うん。これは小川が近くにあるな」
俺の耳にも、しっかりと水のせせらぎが聞こえて来たんだ。それも、耳にした感じではそう遠くない。
「なぁ。なら、今日は少し早いけど、そこで野営の準備をするってのはどうだ?」
そしてセリルが、珍しくもっともな意見を提案して来たんだ。
不慣れな森林探索、予想以上の暑さ、そしてクエスト初日と考えれば、ここで無理をする必要なんて一切ない。
それに順調とまではいかなくても、目的の希少薬草は採集出来ている。ここで焦る必要性は全くない。
「そうだな。セリルの言う通り、今日はその小川の
そうと決まれば、ここで腰を下ろし続けるのもバカな話だ。まずは場所を決めて落ち着いた方が良いに決まっている。
「そうね!」
「そやな」
「うむ」
「……そうしましょう」
他の4人もみんな同意を示した事で、俺たちは水音の聞こえて来る方へと移動を開始したんだ。
目的の小川は、思ったよりも近くを流れていた。
深さも申し分ないし透明度もバッチリで、飲料にも問題ないように思われた。
実際に俺が僅かに口に含んだ感じでも、全く異臭や雑味は感じられない。
とても冷たくて、今日みたいに暑い日は喉を潤して清涼感を与えてくれる。
「よし、ここを野営地にしよう」
俺は川の辺に少し広まった場所を野営地に決めてみんなに提案した。
俺たち6人が距離を置いて腰を落ち着けても十分な広さがあり、誰からも異論は起きなかった。
そこで次に問題となるのは、食材確保やら食事の準備になるんだが。
「……ねぇ、アレク。少し提案があるんだけど」
俺が次の指示を出す為に思案していると、マリーシェがオズオズと進み出て口を開いた。
その表情には、どこか照れている雰囲気がある。顔に赤みがさしているのも、決して暑いからだけではない筈だった。
「……ん? 何だよ、マリーシェ?」
今更俺たち仲間内で、話し難い事なんてそうは無いだろう。
心の内を全て暴露しろなんて事は論外だけど、パーティの行動に関してはみんな忌憚なく話してくれているんだからな。
それでもマリーシェが言い出し辛そうにしている事を考えれば、もしかすると俺に落ち度があったのかも知れない。
……なんて事を考えていたんだが。
「あ……あのね? もし良かったら、水浴び……して来て良いかな? 上流に滝もあるみたいだから……」
そこで俺は、女性ならではの問題……と言うか要望がある事に気付いたんだ。
今日は残暑が厳しい。みんな大量の汗をかいているし、森林探索で身体の至る所が汚れているだろう。
男の俺やセリルはそこまで気にしないし、それこそ寝る直前にでも体を拭けば良いと考えていたんだけど、女性としては出来れば身体を水で流したいんだろう。
マリーシェの提案を聞いてサリシュとカミーラ、バーバラの耳が全てこちらへと向いている事が分かった。
みんな切り出さなかったけど、実は水浴びで身体を流したかったんだなぁ。
「ああ。勿論、行って良いよ。俺たちはここで昼寝でもしておくから」
「ほんとっ!? やった―――っ!」
「でも、あまり遅くならないようにな。それから、周囲には十分に気を付けて」
「うんっ、分かった! みんな、行こっ!」
当然、俺は快諾した。今日の作業は終わりにする予定だったし、それならこの後は自由時間にするのも悪くないからな。
体の疲れの取り方はそれぞれだし、それで明日に繋がるなら言う事は無い。
マリーシェの音頭で女性陣は各々元気に返事をして、川沿いに上流へと歩いて行った。
そう遠くない所に滝でもあれば、絶好の水浴びポイントだろうな。
そんな彼女達を送り出し、俺はその場で寝そべった……んだが。
「おいおい……アレク。お前、何してんだよ?」
これから一眠りしようかって俺に近付いて来たセリルが、何だか信じられないものを見る眼をして問い掛けて来たんだ。
「いや……何って。俺はこのまま、夕刻まで昼寝でもしようかと……」
川べりと言うのは、非常に涼しくて絶好の昼寝ポイントだ。
森の中の小川と言う事で朝晩はそれなりに冷えるかも知れないけど、太陽が照り付けている今の時間帯は涼むのに丁度良いからな。
「ばっか! お前、何を考えてんだよ!?」
そんな俺に向けて、セリルは心底呆れたって声で批難して来た。
「何って……他にする様な事なんて無いだろ?」
食材集めやら薪集めは、マリーシェたちが帰って来てから手分けすれば良い。それこそ今日は、目の前の小川で魚を捕っても良いくらいだしな。
だから俺はそう答えたんだが。
「はぁ―――……。ほんっと、お前は男のロマンが分かってないなぁ……」
でも、俺の返答をセリルはどうやらお気に召さなかったようだ。
こいつは、これから何がしたいんだ? なんて疑問符を浮かべて奴の顔を見つめていると。
「あのなぁ……。女性陣が水浴びに向かったんだぜ? なら……やる事は1つだろが」
なかなか答えに辿り着けない俺に向けて、奴は整った顔立ちを更に引き締め、人差し指をぴんと立てて俺に答えを告げたんだ。
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