嵌められ勇者のRedo Life Ⅲ
綾部 響
1.プロローグ
初秋の山中にて
木々の隙間から射す木漏れ日が気持ち良い。夏ももう終わりに近付いているのが実感できるなぁ。
こんな過ごし易い気候の時は、正しく森の中で採集に勤しむ様な
……なんて考えていたんだが。
「おい、アレクゥ。いつまでこんな事するんだよ?」
そんなセリルの台詞が、せっかくの気分を台無しにしてくれていた。
「いつまでって、今日来たばっかりだろ? 依頼内容は『この山でしか手に入らない希少な薬草を出来るだけ沢山持ち帰る』なんだから、あと数日はここで過ごす事になるだろうな」
俺は大きく溜息をついて奴の方へと向き直り、改めて今回のクエストを明瞭簡潔に説明してやった……んだが。
「うぇえ!? 何日も山の中で過ごすってのかよぉ!? 勘弁してくれよなぁ……」
それを聞いたセリルは、更に嫌そうにそんな事を口にしたんだ。これには呆れるって言うよりも、苦笑を漏らす以外に無い。
「ちょっと、セェリィルゥ? あんた今更、なに泣き言いってんのよ!?」
そんな俺とセリルやり取りを聞きつけたんだろう、前を行っていたマリーシェが大仰に振り返ると、半眼に怒気を込めてセリルを睨め付け、たっぷりと嫌味を込めて会話に割り込んで来たんだ。
普段は笑顔が眩しいくらいに可愛らしい彼女にこんな表情を向けられると、たぶん俺でも怯んでしまうだろう。……実際。
「うっ……」
セリルの奴は思いっきり絶句して狼狽していたんだからな。まぁ本人も詰まらない愚痴だと言う事を理解しているんだろうから、反論のしようも無いんだろうが。
「そやなぁ……。これかてウチ達には必要やぁってアレクが判断したから選んだクエストちゃうんかなぁ? なんせウチ等は、まだまだ経験不足なんやし」
そんな奴へと向けて、やんわりだがどこか棘のある言い様でサリシュが言葉を続けて。
「うむ。何も魔物や敵と戦うだけが経験ではない。様々な事から色んな事を学び得て行く。それも確かに必要な事だ」
更にはカミーラが重々しい言い方をセリルへと投げ付けていた。
止めて! 止めてあげて! セリルの体力は、もう殆ど残ってないのよ!
「……分かったら……真面目に……周囲を散策しろ。……
そして最後には、バーバラのこれ以上ないと言う止めが奴に突き刺さったんだ!
彼女達の4連攻撃により、セリルはその場で四つん這いになって静かに落ち込んでいた。
……うわぁ。何だか居た堪れないなぁ……。
確かに今俺たちが取り組んでいるクエストは、報酬も安い割に時間と手間が掛かりハッキリ言って面倒臭い。
だけどカミーラが行った様に、何も戦うだけが成長する要素じゃないんだ。
……いや。逆に戦わない事で様々なものを得る事が出来る。
「……ねぇ、アレク。でも、このクエストにはどんな効果があるの?」
地に沈んだセリルは放って措かれ、マリーシェが興味を抱いた目で俺に質問してきた。
それは他の3人も同様みたいで、マリーシェへの回答を期待を込めた表情で待っている。
……まいったな。そんな浮きたった眼差しを向けられたって、驚く様な返答なんて出来やしないってのになぁ……。
「い……良いか? この採集クエストには、場合によっては色々と期待出来る効果があってだな……」
だから俺は、少し照れながら緊張した面持ちで説明する羽目になったんだ。
1つは言うまでもなく、心身のリフレッシュだな。
戦いに明け暮れると言う事は、心も体も疲れを溜め込み荒んで来ると言う事にも繋がる。戦闘能力はそれなりに向上するかも知れないが、全体的な成長には至らない事も多い。
そういう場合に必要なのは休息な訳だが、これも体が悲鳴を上げてからでは遅過ぎるんだ。
回復にも時間が掛るし、長く休養を取り過ぎると今度は復帰出来るまでの体調を取り戻すのに時間が掛っちまう。
そうならない為にも、適度に気持ちがリラックス出来るクエストを取り入れるのが効果的なんだ。……報酬も出るしな。
「……なるほど。……確かに……森の中を行くのは……気分が良い」
俺の1つ目の答えを聞いて、バーバラが珍しく笑みを浮かべて呟いた。その微笑はどうにも柔らかく、心底リラックス出来ているみたいだ。
考えてみれば、彼女は未だに人目を気にしている節がある。特に街中では、周囲をかなり警戒して行動しているからな。
何もしなくとも人の眼を……特に異性の注目を惹きやすいバーバラは、こう言った人里離れた場所だと気持ちが楽になるのかも知れない。
「そして、2つ目なんだが……」
そんな意外な発見をして、俺はみんなに更なる説明を続けたんだ。
2つ目は、実は戦闘で使用する以外の能力向上もこういったクエストで出来るって事だ。
ただ単に山へと分け入り希少な薬草を採集する……と侮るなかれ。
希少だからこそ見つける事が困難な植物や鉱物を探すには、それなりに集中力が必要だ。
しかしそればかりに捉われてしまっては、全体の景色や足元さえ見落としてしまう。うっかりと足を取られて怪我をする……なんて事も、大いに考えられるんだ。
更に言うまでもなく、目的のものは森や山に溶け込んで発見は困難だ。
おかしな言い方かも知れないけど、集中しながら全体も把握する……こんな能力を鍛える事が出来る……かも知れない。
……まぁ、こればっかりは適正やら才能が必要なんだが。
また森や山には往々にして魔獣が潜んでいる。それらとの戦闘も、やっぱり俺たちの経験やレベルの糧になるからな。
実は色々と有用なんだ。この採集クエストって奴はな。
「ふむ……。アレクは色々と博学なのだな。私などは、つい武芸の修行を優先してしまいがちになる処だ。とても同じくらいの歳だとは思えぬ見識ぶりだな」
何だか含みのある言い方で、それでもカミーラは心底感心している様だった。
実際彼女には色々と勘付かれているだろうし、俺の素性なんかを疑われているかも知れない。
それでもカミーラはそんな事を口にするような無粋な真似もせず、俺の言う事を全面的に支持してくれるんだから有難いよなぁ……。っていうか、俺の方が何だか申し訳ない気分になって来る。
「でも、私たちって実はラッキーだったんじゃないかな? 早い段階でアレクに会えて、こうして着実にレベルも上がってるんだから」
そして盲目的に信じてくれているマリーシェが、頭に浮かんだ感想をそのまま口にしていた。その笑顔は心より楽しそうであり、実際彼女はこのクエストを満喫しているみたいだ。
「まぁ、レベルは各自の努力の賜物だからな。俺のお陰ってのは言い過ぎだ。それよりもみんな、ちゃんと集中して周囲の散策に努めるんだ。でないと、本当にいつまで経っても帰れないぞ?」
このままだと、何だか俺がこの場から逃げ出したくなるような話になりそうだと察し、俺は全員に話の打ち切りを暗に示したんだ。
各々が返事を俺に返し、再び希少薬草の散策が始まった。
こう言った知識は、言うまでもなく俺が博学だったから気付いた訳じゃあない。
俺は以前の冒険で死んで、当時の仲間たちに嵌められた結果、15年と言う歳月を遡って人生をやり直しているだけなんだ。
言うなればこれは、俺の経験則から出ていると言って良い。
魔王の間で全滅を食らっちまった前世の俺たちは、本当ならば女神の奇跡「
それを守銭奴だった俺の仲間たちが高いお布施の必要な「記録」を俺だけせずに、そのまま魔王城攻略へと連れだしたやがった。
結果……パーティは全滅。
仲間たちは多分最後に「記録」した所からやり直してるんだろうけど、「記録」されていなかった俺はそのまま死亡する……筈だった。
それが本当にたまたま15年前の記録が残っていて、何とかそのまま死ぬと言う事は避けられたんだ。
でもその代わり、それまでのレベルや武器防具希少アイテムは全て無しになり、俺は無力なレベル5の15歳へと戻されちまった。
その際に与えられたスキル「ファタリテート」により対象の運命を見る事が出来るようになった俺はマリーシェとサリシュを救う事になり、カミーラの目的にも手を貸す事になったんだ。
非力な駆け出し冒険者に戻っちまった俺だけど、女神フィーナにより特別に与えられた前世でのアイテムや金の詰まった「魔法袋」を駆使して、やれ魔神族だとか鬼族、果てはかつての仲間たちとの死闘を乗り越えて今に至る……って奴だな。
正直再び15年の歳月を歩み続けるってのは気が狂うかとも思われたんだが、今はそれなりに楽しいと思えてる。
そんな俺たちには、最終的にクリアしなければならない幾つかの「グランドクエスト」がある。
俺たちはそれを目的に、今は地道な努力をしているって寸法なんだ。
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