第7話 やさしさでつつんで

「・・・・・・い、好き、嫌い、好き、嫌い、」

古代ギリシャを彷彿とさせる神殿のすぐそばにある花畑で、1人の少女が花占いをしている。プチ、と彼女の言葉に合わせてちぎられていく花弁が、風にのって遠ざかっていく。

「きらい、好き、好き、嫌い、すき、すき、すき、好き!」

彼女の手に最後に残った一枚の花弁は、彼女の思いの成就を約束した。その事実に大満足した少女は、その場でクルクルと回り始めた。大切そうに花を見つめ、愛しさが止まらないと言いたげな笑みを浮かべる。

その様子を、1人苦悶の表情で見つめる少年がいた。

「・・・・・・おい、。」


「あら、。どうしたの、そんなに怖い顔をして。」

私は自身の片割れに声を返す。どうやらその返答が彼にはお気に召さなかったらしい。怖い顔を崩さずに階段を数段降りて、こちらへやってきた。

「サクヤをやっと手に入れられて、嬉しいのは分かる。だがあまり思いを高ぶらせるな。俺の動きにも支障が出て、ひいてはサクヤを傷つけることに繋がるんだぞ。」

戦士らしい冷酷な目を向けられて、私はやっと自分の過ちに気づくことができた。

「あら、そうだったの?この体になってまだ慣れないせいか、今までの癖が抜けきってないみたい。ごめんなさいね、カイネウス。」

ワンピースの裙を持ち上げて、頭を下げると彼は罰が悪そうに「分かったのなら、それでいい」とだけ言って再び神殿の中へと踵を返してしまった。

「・・・変なカイネウス。あの子が大好きなのも、大切なのも同じはずなのに、心のままに愛の言葉の一つも囁いちゃいけないって言うなんて。」

だって私たちにとってあの子はこの世界で一番大切な宝物。私たちの腕の中からあの子を出すだなんて、天地がひっくり返ったとしてもありえない!だから、一秒でも長くあの子に愛をあげたいのに。

「私たちは二人で一つ、一人で二つ。貴方も同じくらいあの子を愛しているはずなら、私の様に愛を囁いていなければ苦しくてしょうがないと思うのだけれど。」


「ぁっ・・・くっ・・・」

なんとかカイニスにみられない様、自室の扉を固く閉ざし、俺はその場にへたり込んだ。

「くそ・・・・・・」

身体が焼けるように熱い。ケンタウロス族と戦った時も、こんな苦しさは感じなかったのに。やはり、彼女の方が格としては上だからだろうか。

「お前の様に、この先のほの暗い未来を知らずにいられたら、どんなに楽だったのだろうか。」

悔しいが、俺にそんな結末は無かった。・・・、何も残らなかった。

だから、

「彼女だけは・・・サクヤだけは、から取らないで」

解けそうな体を編みなおし、崩れる心をつなぎとめる。俺は、カイニスとは違う。

彼女は俺を同位体だとみなしているが、それは間違いだ。俺と彼女には明確な溝がある。それに気づいているのは、ただ俺一人だけだ。

「・・・嗚呼、ままならないものだな。」

虚ろな目で見つめた先には、少女趣味に溢れた、一生誰も傷つかない箱庭があるだけだった。


「まさか、即決でサインしちゃうだなんて。」

アタシはサクヤちゃんが病床で書き記した本契約書を空に透かした。

そこには平仮名で「きりしま さくや」と署名されている。さすがにあの状態では自分の名前すら覚束なくなってしまっていたらしい。全て平仮名なのも、どうせ投与されていた薬たちのせいなのだから、クソ上司にこのまま見せても差支えはないだろう。所長室へと繋がる廊下を歩きながら、そんなことを考えていると手前からアタシを呼び止める声がした。目線を少し下に下げると、腰まで伸びた豊かな髪を優雅になびかせながら一人の女性がこちらに向かって歩みを進めていた。

「アオイ、昨日はありがとうございました。わたくしの実家の方での仕事が立て込んでいまして・・・」

「おっつートウカ。もうすぐお盆の時期だもんね、しょうがないよ。」

「どうしてもお彼岸やお盆シーズンは法要が立て込んでしまって・・・寺の尼僧としては喜ばしい限りなのですけれど、わたくしは兼業なものですから、どちらかが疎かになってしまいそうで心苦しいですわ。」

彼女、榴御寺 藤花(りゅうおんじ とうか)はアタシの同僚で、元々実家の榴御寺の尼僧として寺を守っていた。しかしある時、所長三上にその素質を見出されプロセルピアの特殊研究職員として臨時採用されることになった・・・という背景を持つ兼業尼僧である。そのため、お寺としての仕事が繁忙期に突入すると半休を取って、ただの尼僧としての仕事をこなさなければならないのだ。

「昨日のデータ確認しましたわ、さすがですねアオイ。数値の記入漏れもありませんでしたし・・・やはり貴女に仕事を任せて正解でした。」

「いやー、買いかぶりすぎだって。アタシはできることをしただけなんだから。」

「またそんな卑下をして・・・いい加減にその癖、改めた方が宜しいと思いますわよ。」

ぷぅ、と咎めるように頬を膨らませるトウカにアタシは思わず、吹き出してしまった。そのせいで、トウカに思いっきり喝を入れられたのは、また別の話。


わたしは夢を見る。

今日も 明日も 変わることのない 永遠の夢

黒い手が私を追いかけてくる ずっと ずっと どこまでも

諦めてしまえ 早く死んでしまえ と 呪詛の様に 何度も 何度も 同じ夢を  

つらい こわい たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて

”グシャリ”

銀の切っ先が 暗い闇を 切り裂いて 

真っ暗だった世界に 一筋の光が差す

その景色を わたしは知っていた

ずっとむかし わたしが まだこの夢を見るたびに 眠れなくなっていた頃の

夜空に広がる眩しい星みたいな光が 一度だけ わたしを 守ってくれたこと

それだけが たった一度の奇跡やさしさが 

わたしには どうしようもなく うれしくて

どうしようもなく なみだが とまらなくなって

その日から 泣かずに眠れるようになった

きらめく宇宙に 一人きり だけど あの日の優しさは

ずっと ずっと 忘れない

わたしの だいじな たからもの


「・・・・・・・・・・・・・・むぅ」

いつもの見慣れた自室の天井。

だけどいつもと違うのは、腕に抱きしめた大きな槍。

一秒とまどって、二秒驚いて、三秒目でやっと思い出した。

「わたし、執行人になったんだった」

カーテンから差し込む日の光が、私と槍を静かに包んだ。




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