第5話 三者三様

「・・・・・・」

気づかれぬように、そっと寝所の様子を窺うと、少女は寝台の上で横になっていた。震えを自分の力で抑えて、ほんの少しだけ覚悟を決めた表情で再度目を閉じる。手には、漏れ出す程の輝きを放つ星があった。

(これなら、大丈夫だな・・・)

ほっと胸をなでおろした俺は、音を立てずに再度彼女のいる寝台へと向かった。

先ほどは触れることがかなわなかった少女の手に思い切って触れてみると、小さく身じろぎはしたが覚醒にまでは至らなかった。この様子なら、一歩彼女の中へと踏み込める。

「すまない、サクヤ。ほんの少し、お前のパンドラの箱を開けるぞ。」

そう彼女に断ってから、俺は少女の手を自分の手と重ね合わせた。目を閉じると、そこには青い宇宙があった。小さな星々が瞬く中に、いくつものブラックホールが見受けられる。一つ一つはとりとめのないものであるが、幾重にも重なって彼女の根幹の恒星を今にも捉えんとしていた。俺はグッと力を込めて、その暗雲から恒星を遠ざけると目を開いた。

(これで・・・少しは楽になれるか。彼女は元来、確固たる意志を持って生きるべき者だから、ほんの少しのテコ入れがあればできることも増えるだろう。)

手を解いて、元の場所に戻す。ふと目にした彼女の顔は、少女らしいあどけなさを感じさせる。少女の過去は、今まで一方的に遡って観てきたが、彼女の中に入り込むことでさらに解像度を上げられた。

「つらい、痛い、助けて・・・・・・悲痛な叫びの中に一つ光る星があった。たったそれだけが、お前を守っていたのか。今まで本当に、よくがんばったな、サクヤ。」

小さな少女の中で渦巻く銀河を見て、零れた感想はその言葉にしかなりえなかった。

そして、最期の別れを済ませた俺は、背後に控える少年に声をかける。

「・・・・・・これで、今の俺にできることはやり切った。お前たちの望みの通りこの体を捧げ、サクヤの隣に相応しい姿に作り替える・・・それで、いいな?」

振り返った先にいた少年は、跪いてもなお神託を受けるものとして相応しい美しさを放っている。神殿に入り込んできた風によって、揺れる深緑色の髪から覗くルビーの瞳は、俺をまっすぐに見つめていた。

「はい、カムヒ・カイネス様。貴方様の献身、愛情、其の全てを僕は・・・いいえ、プロセルピアは生涯忘れることはありません。」

その言葉と共に差し出された手を取る前に、一つ念押しするように疑問を問いかけてみた。

「俺が神器となった暁には、サクヤをプロセルピアの元で保護し、神器化した俺を傍に置けるということだったが・・・相違ないな?」

「はい、勿論です。こちらからお願いしている以上、カムヒ様のご要望は全て叶えられて然るものです。それ故、今のカイネス様の問いにつきましては、今後担当者が何と言おうとも、『よすが』である僕の権限において保障されます。」

「そうか、なら良い。よろしく頼むぞ、チヒロ。」

「はい、カイネス様」

少年の手に触れた瞬間、俺の身体は溶け、組成を変えて組みあがっていく。そしていつの間にか、一双の槍へと姿を変えた。

「・・・カムヒ・カイネス様の神器化、完了いたしました。今からラボスペースへと運搬します。」


『お疲れ様、チヒロ。今そっちに槙屋を向かわせたから、神器は彼女に引き渡して。』

「・・・了解いたしました、三上所長。」

静かに電話を切ると、僕は宙に浮遊した槍を両手で抱えて部屋を出た。僕が持つには少し重い槍だけれど、先ほど見た寝台の女性になら問題なく扱えるだろう。そんなとりとめのないような事を考えていると、あっという間にラボへとついてしまった。プシューという無機質な音に促されるように入室したラボには、いつもより薄着の女性が立っていた。

「よっ、ちー君。お疲れ様~」

「アオイさん」

重かったでしょ、と僕の手からあっという間に神器を取り上げると、そのまま近くにあったポッドに収納した。しっかりと槍が収まったのを視認してから、アオイさんは手慣れた様子で端末を操作していく。

「ごめんね~、今日トウカ半休で帰っちゃってるんだ。だから、今日はアタシがこのまま引継ぎとかやっとくよ。」

「・・・そうですか、いつもありがとうございます。僕では、アオイさんやトウカさんの様に電子機器の操作が上手くできないので・・・。」

ポツリと呟いた一言に、アオイさんはポッドを保管スペースへと格納するボタンを押して微笑んだ。

「ちー君はアタシたちじゃできないこと、たくさんやってるじゃない。そこまで気負わなくていいの!こういうことは、お姉さんたちに任せときなさい!」

僕よりずっと傷の多い手で頭を思いっきり撫でられてしまった。僕は未だに、彼女のこの行動の真意をつかめずにいるのだが・・・少しだけ最近は肩の力を抜いてしまいそうになる。どうして、なのだろう。

『おかあさん』

そしていつも頭に響く、この声は一体誰のものなのだろう。僕にはなにも分からない。


「っは~、もう疲れた。」

ちー君を自室へと帰るよう促し、彼が扉を通り抜けたのを確認したアタシは、そのままデスクに突っ伏した。というか、これ残業代発生するよね?こんな糞みたいな仕事続けてられるのは、給料がバカみたいにいいからなのに。

「めんど・・・報告書とか、検体回収とか、ほんとやりたくないんだけどなー。」

そう嘆いたところで助けてくれる同僚はいないし、そもそも神域と現実世界の狭間に創られたこのラボスペースに入れるのも、アタシかトウカだけなのだからこの空間で発生する神羅万象はアタシたちで片づけなければならない。まぁ例外的に入れる人物がいない、というわけではないが。

(ちー君、また痩せてた。・・・そーいや『よすが』部門が新しい触媒開発とやらで実験するとか言ってたし、ほんとウチには腐りきった外道しかいないよねー)

ねー、と目の前に置いた小さな花に声をかける。いつだったか、ちー君が神域で見つけた、と言ってくれた花は少しも変わることなく一輪挿しの花瓶の中で咲いている。その姿があまりにも空虚に思えて、私は迷うことなく飾ることに決めた。

「永遠を生きる、神と呼ぶのも恐れ多い何かのなりそこないの世界にも、命はあるんだよね。・・・・・・ほんと趣味悪い。」

吐き捨てるように顔を背けたまま、花びらを突いてみるけれど、花は少しも気にすることなく、そこに佇んでいる。そのあり方はあの子そっくりに思えて、アタシは拭い去るようにその場から逃げた。

(あーあ、これじゃあ明日の仕事もきっつくなるな)

そんな現実逃避をしながら。

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