と、ある日のこと

むかしむかしそれは異世界でのお話。

王子の名はシューランデルス。だけど町にお忍びに行くときにはサランと名乗っていた。お忍びで町を歩き始めて一年サランもお忍びというものがわかってきたころでとんでもないやんか坊主と化していた。今日もまた盗賊と剣を交えている。


カーン!勢いよく飛んでいくショートソード。レイピアで肩を叩きながら悔しそうに顔をゆがめている盗賊にサランが言う。

「俺の三連勝だね。女は貰うよ」


盗賊はブチブチ言いながらも去っていく。

「さてと、お姉さん。勝った人間の言うことならなんでも聞くと言ったね。身売りが目的でしょう?でも玄人さんじゃないよね。こんな真似はしないほうがいいと俺は思うけど?片手にリングの後がある結婚しているね?」


「お金が必要なのよ。好きにしていいからお金を頂戴。…って坊やに言っても無駄よね。帰るわ」

「待ってよ。今晩は俺のもんだろう。言うことは聞いて貰うよ。金もある」


「なら好きにするといいわってほど経験はなさそうよね…」

「生憎、俺、まだ女抱いたことない。初体験が人妻なんて泥沼嫌だよ。とりあえずお姉さんがお金必要な理由だけ片付けようか。気持ちよく付き合ってほしいからさ」


道すがら聞くと旦那が不治の病で魔法使いにしか治せないという。魔法使いに頼みごとをするのはとてもお金がいることらしい。医療大国サガスセスまでいけばもしかしたら助かるかもしれないが費用は似たり寄ったりだしもう間に合わない。


「ふーん。お姉さん口は堅い?これから見ることは無かった事にして、もし喋ったら本気で捕えて娼館に売り飛ばすからな」

お姉さんの家に入るとすごい腐臭がした。これは自分一人じゃ無理だなと思う。

「カロル、近くに居るな?カデリアを呼んできてくれ」


しばらくするとカロルが連れて顔をみれば誰もが逃げ出しそうな恐ろしい形相をしたいかにも魔術師らしい女が入ってくる。そしていきなり。

「酷いもんだね、蘇生のほうが楽なくらいだ。坊や手伝いな」

「もともとそのつもりだよ」


「おや、カロルの格好といいお前さんの黒姿や口調と言いお忍びかい」

「まぁ、そうなんだけどね。かかわった手前ほっとけなくてさ」

「相変わらず、おせっかいな坊やだねぇ。長生きしないよ」


それだけ言うと沈黙していくつもの小瓶の蓋を取り出す

「さて呪文を唱えるよ」

その一言でサランも唱えだす。二人の詠唱が重なってくると小瓶から液体が気体になって立ち昇り病んでいる男の口に吸い込まれる。最初に詠唱を止めたのは魔女カデリアだった。


「坊や、もう止めてもいい。お忍びならまけないよ。金貨12枚払いな」

サランはあっさり12枚払い、魔女は帰っていく。カロルはもう姿がない。女は口をぱくぱくしてなにも言えないでいる。サランはいたずらそうに笑い。


「口外したら娼館に売り払うのは本気だからね。それでも足りないくらいだ。旦那の様子をみて安心したら付き合ってもらおうか」


中央の広場にむかうと噴水のところに大きな琴が置かれていた。

「今日はここで楽器を弾いておれ稼いでたの。何か歌える?」

「国の子守唄くらいなら歌えますが後は好きなハーバエルの恋歌くらいしか…」

「いいね。二曲続けて弾くよ」


曲が流れる。歌声が混じる。人々が立ち止まり群集となる。二曲奏で終わると人々が散っていくその中の三割ほどの人間が小銭をタライに放り込む。ほとんどは銅貨。

今日一日の成果は10回も食事をすれば使い切ってしまう額だ。


それを見て改めて金貨12枚の大金を払った少年に頭を下げる。どうやって稼いだのだろうか?それを見透かしたサランは言う


「黒髪黒瞳の噂は知ってるよね。さっきお忍びだと言われたし。金貨は俺にとってこづかいにしか過ぎない。でもこうして得た銅貨は労働の賃金なんだ。得られる金額は別として金の重たさが違うんだよ。だから金貨のことは気にしないで街に還元したにすぎないからさ。


町で琴弾いてたらお姉さんが剣術で勝負し、一番強い者に私の一晩をさしあげます!なんて叫ぶから客取られた。でも綺麗だから10人は集まるだろうと思って俺も参加したのさ」


「ごめんなさい。商売の邪魔したのね。でも女の子みたいに綺麗な坊やがそんなに強いとは思わなかったから参加を許したのよ。まさか勝たれるとはおもわなかった。

綺麗というのは坊やのような子を言うんだわ。私なんか…」


「綺麗でいるのは俺にとっては商売の一つだからね。素の綺麗さを持ってるのはお姉さんみたいな…」


その時、影が走った度々見られている。その存在をサランは気付いていた。

「お姉さん。ちょっと待ってて」

そういうと全力で追いかけるここは広場だ。どの道を抜けても市場に続いてる。


みつけた。サランは確信したシャルファーサ、通称シャー彼女もお忍びっぽいが街と隣の国を行き来して運び屋の仕事をしているらしい。身元は割れなかったがそれぐらいは調べ上げてた。始めてのお忍びの日に始めてであったお忍びの人だ。


「待てよ。シャー!時々ちらちら見られてるのはわかってたんだ。やましいことがないなら声ぐらいかけろよ。もう知った仲だろう。それとも俺調べられてるの?」

シャーが振り向く、ぽりぽりと頬をかきながら、少しばつの悪そうな顔してる。


「だって私、最初のとき貴方を置いて逃げたし、調べてるっていえば調べてるし、気になるといえば気になるし、でも声をかけるほどの仲じゃないでしょう」

「君は女の子だからあの時逃げて良かったんだよ。最初はそっちが声かけてきた」


「そりゃそうだけど身分違いだったら?それに私は運び屋トラブルメーカーだわ」

「俺は街の友達として君を求めてる。身分は関係ないよ。それに運び屋してるのも、もう知ってるよ。俺のほうも調べれることは調べた。謎だらけだけどね」


「一年のうちにすっかり街に馴染んだね。あまり仲良くはならない方がいいよ」

「何故?」

「私は拠点をここにしてるけど、隣の大国テマルの人間なんだ。身分も低くない。何かあった時巻き込まれても責任をとるのはそっちになる。首をはねられるよ」


サランは考えた。どうりで国を調べてもでてこないわけだ。巻き込まれても首をはねられかねないと言うことは王族か公爵家。最初に彼女がこの国の人物を把握してたのもその身分だ。いくら大国でも俺の首をはねれば戦争になるからしないだろうが…低い方でなく高い方で気にしていたのなら王宮で逢うこともあるかもしれない。


「いいよ。俺三男坊だから巻き込まれて首はねられても構わない。それよりシャーと友達になりたい。お忍びの先輩だしね。歳も近そうだし、俺14歳」

「私は15歳。ひとつ年上ね。敬ってよね」

「女の人は誰でも敬うよ。と、しまった。今日はレディのエスコート中だ。これで失礼するよ。今度は声かけてね」


それだけサランはいうと女のもとへ戻る。随分待たしたことを謝り楽器を魔法で部屋に転送すると遅い食事に誘った。あれではろくなものは食べてないだろう。決して高くはない食事をとりながら、それでも女は感謝する。


サランは銅貨を並べ女に渡す。

「うたった取り分。なにもしないときがひけると思ってね」

「それじゃ多すぎます二人の一食分でいいですから」

と10枚だけとって後は返してきた。サランはにこやかに笑う。


「金貨1枚渡したら見せびらかされて困ったこともあるのに謙虚だね」

「なにの代金かしりませんがそれは渡し過ぎです。私らには金貨なんて夢の夢」

「それでも1枚や2枚もってるのだろう?魔術師を探していたのなら」

「…はい。後でお返ししますね」


「あーそんな意味で言ったんじゃないよ。大事にするといい一生ものの働きだ。俺が心配してるのはね身売り始めてだよね?ってこと繰り返してるなら…」

「夫に追い出されても仕方ないですよね。助かりました。今日がはじめてです。夫の状態がもう無理かもしれないのはわかってましたから…」

「それならいい。そろそろ送るよ。家に帰ろうか」


家に帰ると明かりがついている。魔法は完璧だったから助かってはいるはずだが寝込んでいた分の体力低下までは治せないはずなのに…もう起きたのか?二人で家に入っていく。やはりさっきまで死掛けてた旦那がごそごそしている。


「あなた、まだ寝てなきゃ駄目です。五時間ほど前に魔法で病気を治してもらったばっかりなのですから」

「魔法で?魔術師なんかどう見つけた。それより支払いは多額だと聞くぞ」


「この子、魔法が使えるのですよ。仲間の魔法使いを呼んできて二人がかりであなたを助けてもらいました。支払いもこの子がすませてくれました」

「それはいかん。一生かけても返すからいくらだ?」

「聞かないほうがいいと思うよ。その代わり俺は貴方達から心をもらった。こんな素晴らしい夫婦もいるんだね。俺には羨ましすぎるくらいだ」


「坊やは魔法使いじゃなくお忍びか。貴族の結婚はひどいものだと聞くからな。そのかわりに得られるものが富、権力、時間に学問や武術だ。魔法もその一つだな」

「全く持ってその通りです。俺たちはそれらを得るために犠牲にするものもある」


「私は今外で食べてきてしまって…すぐに何か作りますからね。動けるなら食べてください」

「あー俺もまだまだ餓鬼だな。何か買ってくれば良かった。…食事が出来るまで変わりにこれでも食べといてよ。栄養がある」


「これは…もしかして砂糖菓子!!こんぺいとうか?」

「そうだよ。遭難時用にいつも持たされている」

「いいのかね?」

「さすがに俺ももう帰るだけだから遭難はしないと思うよ。食べて食べて」

「一生、坊やのことは忘れないよ」


「そんな今生の別れみたいなこといわないでくれよ。夕食くらいたかりにくるからさ。今度は三人で食事をしよう」

「そかそか、また来てくれるか。なら礼を考えとかなきゃだな」

「俺かたっくるしいのは家だけでいいからな」


「あなた、楽器職人もしてたでしょう?ハープを作ってあげたらどうかしら、この子ったら魔法で据え置きのハープ転送して広場で弾いてたのよ」

「それじゃお忍びばればれだな。よし、久しぶりに作ってみるか」



そして手元に手持ちのハープを手にすることになる。シューランデルス王子は手に取り弾いてみながらカロルの顔を見る。

「作りは上々ですが調律の腕はいまいちですな」

「わたしも同意見だね。自分で治すよりサラリーに願った方がよさそうだ」


「そう言えばあの時、よく金貨12枚も持っていましたね」

「この一年で大方のことは金と力でかたがつくことを学んだからね。少し多めに持ち歩いていたのだよ。そんな世の中も悲しいものだと思うのだけどね」


「金じゃ買えないものも学んでいるでしょう。それで今は充分です」

シューランデルス王子はカロルを見る。

「なんですか?」

「7つ年上のカロルは私にとってはかけがえのない存在だよ。消えないでくれ。むやみに命をおとしたりはするんじゃないよ」


「承知しております。このカロル、王子が結婚すれば近衛を辞してもついて行く覚悟をきめております」

「ありがとう。とりあえずは茶の相手でもしてくれたまえ。一人で飲むのは好きじゃない」

「その傾向、お忍びするようになってから強くなりましたね」


「孤独だと思わないか?わたしたち王族、貴族はまるで闇の中一人で立っている」

「決して王子を一人になどさせませんよ。かならず側におります」


二人は静かに茶の時間をすごした。


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