国の第三王子

御等野亜紀

初のお忍び

むかしむかしそれは異世界でのお話。それは長髪の似合う優しそうな顔をした王子様が居ました。魔法も剣術も器用に使いこなす少年王子はいつもにこやかに人々の前にたたずみ手を振り民衆に応えます。これは彼のお話になります。


その日王子は13の誕生日を迎えました。一人で街に行くことがゆるされる年齢になったのです。少年が急ぎお忍びの支度をします。近衛隊長のカロルも支度をします。王子はため息をつきました。


「カロル、13歳からはひ・と・りで街に行くことが許されるのだぞ」

カロルはにこやかに言います。

「シューランデルス王子が傭兵50人一人で倒せれるようになったら、このカロルもお忍びのお供を時には遠慮させていただきます」


「なんだよ。それ。お前、王の近衛隊長より強いくせに50人なんて一生かかったってわたしには無理そうだ」

「だからついていくのです。距離は開けますよ。充分お一人の気分を味わってくださいませ」


「20歳でその強さだ。出来る限り伝授してくれ。わたしも強くはなりたいからな。いつか運命の姫君に出会うためにも」

「運命ですか期待しないほうがいいですよ。王がシューランデルス王子にいくら甘いといえど三男。政略結婚の可能性の方が強いですから」


「カロル、子供の夢を摘むんじゃない。それからフルネームやめろ。わたしはこれから街にでるんだぞ。名前がほしいものだな」

「サランはいかがですか?妹の名ですが?」


「サラン(気高きもの)にカロル(雄雄しきもの)かたいそうな名前だよな。わたしの名前など意味さえない」

「それが王族に与える名前の条件ですから。意味は後から自ずとつくものです」


とりあえず魔法を唱えて髪と瞳を黒く染め上げる。王子は美しい。黒く染め上げてもまた別の美しさをかもしだす。だが美しいゆえに13歳。まだ少年とも少女とも判断しかねるような危うさがある。それでも剣技はカロル以外相手にならないのだが。


「では妹君の名前借りるぞ。初めての体験なんだ。視界には入るなよ」

「御意に」

こうして仮称サランとカロルは街にでかけていった。


王も兄君もあまり町に下りようとしない。国の民の99%が一般の民にも拘わらずだ。シューランデルス王子にはそれが不満だった。だからこの日を待ちわびていたのだ。街は思った以上に活気に溢れている。わたしの国は裕福で民は幸せそうだ。


まずそれを確認してサランは胸を撫で下ろした。王政もだが何より武官文官たちの功績が大きいのだろう。そう思った矢先だった。女の泣き叫ぶ声が聞こえる。行ってみると店の品の肉半分を金も払わずに兵士が持っていく。


「そこの兵士達、店の主が困っているだろう。相応の金銭を払うのが常識だとわたしは思うのだが?」

「これは、身分のよさそうな…お坊ちゃまかな?我らは国を守る巡回兵です。市民が私達に自ら品を奉仕するのは義務です。この女が無礼なのですよ」


「隊長の名はなんという。いつからそんな義務が市民に生じてる」

「身分良くても子供ですな。巡回兵は国直属ですぞ。言葉がすぎるとお困りになるのは坊ちゃんのお父様ですぞ」


「わたしは止めはせん。名前といつからだと聞いている」

「…今の隊長ダラムスさんになってからです。もう一年近くなるかな」

兵隊達は好きなだけ持って笑いながら立ち去った。


サランは他の店に知られないようにそっと女の手の下に金貨をしのばせる。

「お坊ちゃま、私らにはおつりが払えませぬ」


「全てを常に助けることは不可能だ。目の前で見てしまったのが縁であり、略奪はこれが始めてではないのであろう?受け取っておけ、次回は助けられないだろうしな」

「ありがとうございます。恩に着ます。お名前を聞かせください」


サランは眉をひそめる。ため息をついて

「サランだ。忍び中ゆえにわたしの詮索はそれ以上やめてくれ」

「それは気が利かなくてごめんよ。本当にありがとう」


「あーあ、世間知らずのお坊ちゃまだぁ。余計なことすると兵も店主も自分も困ることになるぞ」

みると美人の黒髪をポニーテールにしている少女が一段高い柵のうえから声をかけてきたらしい。くせ毛だろうか異様な髪のボリュームが美しさを半減していた。


柵までひととびして少女の横に並ぶと

「承知はしている。細心の注意は払ったつもりだが?わたしはサランそちは?」


「身分たかそーね。王族、公爵にサランの男の子はいないはずだけど?私はシャルファーサ。黒髪を見ての通りお忍びだけど来てる数が違う。まずは言葉遣いを崩しなさい。それじゃいいカモよ。口の悪い見本いないの?」


「これでもわたしは口の悪い方だ。身近に居るものが口がわるいからな。お前こそ、王族、公爵の名前を把握してるのなら身分は高かろう」


「そんなことどーでもいいよ。私の事はシャーと呼んでくれればいいからさ、そのお人よしを見込んで付き合ってよ。ちょいやばいとこ行きたいんだ。それからここには当分来ない方がいいよ。ほらあの女金貨みせびらかしてる」


「…何故だ。配慮して隠して渡した物を…」

「だから馬鹿だって言うの。兵士も兵士なら市民も市民よ貴族なんて金ずるにしか考えてないのよ。次来たらたかられるわよ」


それぐらいでなければ世の中は渡っていけない。だがサランはそれをはじめて体験したのだ。裏切られた気持ちの方が強い。それよりも女の子ひとりで、そのやばい場所に行かせるのも気が引ける。サランはシャーについていった。


裏通りの女が平気で客引きをしている場末に、その酒場はあった。

仲介屋との話は難航していた。シャーが細かいことを聞いても馬鹿の一つ覚えのことしか言わないからだ。せめて相手が誰かまではわからなくても目印か容姿の確認できるものが欲しいと言ってるのに…品物の中身の確認さえさせてもらえない。


「だから、言ってるだろうが金貨1枚。大金だぜ?その隣の大国テマルの王城広場にこの屑ダイヤを持って立ってれば向こうから来てくれる。後は案内に従うだけだ。変装はするなよ。わからなくなっちまうから。その髪は変装しようがないか。なぁ銀貨30枚が金貨1枚に化けるんだちょろいもんだろう」


「その金額じゃ受けられない。それに話が大雑把過ぎる。目的は運び屋じゃなく私でしょう?生憎、私はそんなに安くは買えないわよ。欲しければ城一つでもよこすのね。それでも一晩限りの契りなぞ断るけど。私は身持ちは固いのよ」

そういうと男に頭から水をかける。


「逃げるわよ、サラン」

ひっぱっていかれて入り口まで来たところでサランは立ち止まり剣を抜く。

「シャー君は女の子だ間違いがあっちゃいけない。急いで逃げろ。ほとんどが酔っ払いの雑魚だ。わたし一人でも片付く」


「嘘でしょう。この数相手に喧嘩する気。私は逃げるわよ」

「そうしてくれたまえ」

それだけ言うと剣にエンチャントを体に身体強化の魔法を唱える。


一斉に向ってこようとする中、後ろから切りつけられていく者たちがいる。慌てて敵が二人になったことを知り二分して戦い始める。サランの言葉通り雑魚ばかりだ。一人でかたづかないことはないのをカロルがでてきては、ほぼ見物状態だった。


城に帰ってから怒られること怒られること。詳細を話したらカロルから大目玉だ。

金を渡したことと女の子についていったことは特に怒られた。だけどサランは間違った事などひとつもしてはいない。世間を受け流しきれなかっただけだ。


だから拗ねてみせる。反省の色もない。そのままほっとく方がどうかしている。だから謝りもしない。結局カロルの方が折れた。


「下々の者が生きてく為には卑しくなくてはならないことも多いのです。とにかく、そのダラムスとかいう男の隊長権限は剥奪しましょう。今できるのはそれだけです。市民の意識を変えるのは一代でできることじゃありませんよ」


「父様や兄上が悪いのだ。貴族達ばかりの私欲を満たし、市民に心をくばらないから市民の心が荒むのだ」

「そうはいいますが王子、陛下や兄君たちはよくやっている方です。他国を見れば解ります。ここは豊かでおおらかな国ですよ」


「…市民の使う言葉遣いを教えろ。女の言う話じゃ位のわかる口の聞き方らしい」

「まぁ、俺としゃべってますからね。随分と崩れてはいますがやはり王族の口の聞き方が残っていますね。わかりました、少しずつ教えます」


それが運命の相手となるシャルファーサとの初めての出会いだった。そして人それぞれの価値観を思い知った一日でもある。


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