反省会

 ……重い。……そして苦しい。


 昨日使った「戦硬防御壁バリガサブル・ディファー」の影響で、俺は疲労の極致にある。今日だけなら、どれだけ寝ても飽きないって程にな。

 もっとも。

 眠ると言う行為にも体力は必要で、疲れ過ぎていると眠れないって話だからどのみち目は覚めるんだろうけど。

 ……ああ。どれだけ寝ても眠る事の出来た時代が懐かしい……。


 兎も角、そんな俺がまだ睡魔を満足させていないにも関わらず、強制的に覚醒されようとしていた。

 ……その理由は。


「ゆっうしゃっさまぁ、ゆっうしゃっさまぁ!」


 俺の腹の上でピョンピョンと飛び跳ねて起こそうとするメニーナと、暴れはしないもののシッカリと俺の上に乗りどこか楽しそうなパルネのせいだった。


「お……お前ら、もっと静かに起こせないのか?」


 今の俺は、目覚めたからと言ってすぐに動けだせる状態にない。

「戦硬防御壁」は「勇敢の紋章フォルティス・シアール」よりもまだましだとは言え、使うと翌日1日は動きが愚鈍になっちまう……それほど疲れる技なんだよなぁ。

 それを使用したんだから、今日1日はのんびりしたい……と思っていたんだが。

 ……まぁ、俺の中におわす「クウフク様」次第なんだけどな。

 そんな俺の安息をあっさりと覆しやがったんだ。

 俺がメニーナたちにジト目を向けたとしても、それはそれで仕方がないよな。


「あ、起きた! おっはようっ、ゆうしゃさまぁっ!」


「……ゆうしゃさま。……おはようございます」


 彼女達に声を掛けた事で、メニーナたちも俺が目覚めたと理解したんだろうな。

 メニーナは元気に、パルネは丁寧に朝の挨拶を返してきた。


「お……おう、おはよう。……って、良いから早くそこからどいてくれ」


 俺も朝の挨拶で応えるんだが、メニーナたちは俺の身体に跨ったまま降りようとしない。

 いい加減俺は苦しくなってきて、思わず早くそこから降りる様に懇願していたんだ。

 うぅ―――ん……。この光景、どこかで見た事があると思ったら……。

 遥か昔に、俺や弟妹たちが親父を起こす時にしていた行動そのまんまじゃないか。

 多分毎朝親父はこんな気分だったんだろうとは思うけど、結婚もしていないのに親父の気分が分かるなんてな……。何だかちょっとだけ悲しくなる。


「えぇ―――!?」


 ぶぅぶうと文句を垂れながらも、メニーナとパルネは俺の腹の上から降りてくれた。

 それで漸く、俺も体を起こす事が出来るってもんだ。


「ねぇねぇ、ゆうしゃさまぁ! 今日は何するの!?」


 床に降り立って開口一番、メニーナはワクワクした顔つきで俺に質してきた。

 いや、昨日の今日で元気だよなぁ……。

 ふと見ると、パルネもどこか期待感を浮かべて俺の方を伺っている。

 倒れるまで魔力を放出したくせに、ほんっと子供は元気だなぁ……。


「それよりも、先に朝飯にしよう。話はそれからだな」


 彼女達のバイタリティは凄いんだが、まずは腹を満たさないとな。


「ああ! そういえばお腹空いたね、パルネ!?」


「……うん」


 何で、お腹が空いている事に気付かないかなぁ……。

 子供は自分の欲望を優先するって事か。

 この突進力、行動力にも舌を巻く。


「それじゃあ、食事に出るか」


 普段は雑貨屋「コンビニ」で済ませる事が多いんだが……って言うか殆どそれなんだが、育ち盛りの子供には出来るだけ良い物を出来立てで食べさせてやりたいからな。

 何とかベッドから降りて着替えた俺は、メニーナたちを連れて近所にある食事処「ファミレス」へと向かったんだ。




 朝食を終えた俺たちは、一旦俺の部屋へと戻ってきていた。

 それは当然、これからの事を話して聞かせる為でもあるんだが、それよりも大事な事があったんだ……が。


「ねぇねぇ、ゆうしゃさまぁ。次はどこに行くの?」


「……あんまり……怖くない所が良いなぁ」


 活発なメニーナとパルネは、もう次に向かう場所に胸を膨らませている様だった。

 そりゃあ、子供には反省や後悔って気持ちは少ないだろうからな。

 あるのは、ただ前へと進む行動力と想いを馳せる想像力だろう。


「いや……。それよりも今日は、昨日の反省を行う」


 だから俺は、ちゃんと真剣な表情をして彼女達に今日の予定を伝えたんだ。

 ……でも。


「えぇ―――っ!? そんなの、また今度でいいじゃん!」


 殆ど考える時間も置かずにメニーナが不平を漏らし、それに呼応するようにパルネも激しく頷いている。どうやら彼女達は、昨日の失態を全く覚えていないようだ。

 ……いや、無かったことにしているのか?


「だめだ。何事も行動を起こしたら、その時の反省を後で確りしないと身にならないからな」


「むぅ―――……」


 当然のごとく、俺は2人の要望を却下した。

 それ以上不平を口にしない2人だったけど、唇を尖らせるメニーナと頬を膨らませているパルネを見れば、不満一杯なのは明らかだった。

 2人の気持ちは十分に分かるんだが、これも大切な事だ……許せ。


「……お前たちは、昨日の事を確りと覚えているのか?」


 俺が出来るだけ真剣な声を発したことで、それまでどこか浮ついていたメニーナとパルネに緊張感が走った。

 ……と言うか、怒られると思って委縮しているときの顔だな、こりゃあ。……いや、怒ってる訳じゃあ無いんだけどな。


「うぅ―――ん……。途中で寝ちゃってから覚えてない」


「……メニーナが眠らされて倒れた所から……余り……」


 ……まぁそうだろうな。

 メニーナは眠っていたんだ、覚えてなくて当然。

 パルネも頭に血が上って、意識があったかも怪しいからな。あの後、倒れたし。


「それで、お前たちはあの塔を攻略したと思っているのか?」


 だから俺は、そのままその事を指摘したんだが。


「ん―――……。でも、あの塔の魔物は弱かったよ? それに、私もパルネも怪我して無いんだから、あのおっきな蝶も倒しちゃったんじゃないの?」


 メニーナのいい加減な意見に、パルネも頷いて同意している。

 つまり彼女達は、結果として生きていたから、塔の魔物を圧倒していたから問題ないと言いたいんだろう。

 もっとも、もしも俺があの場に居なければ、多分2人とも無事では済まなかったろうけどな。

 メニーナは眠っちまった訳だから実際手も足も出せなかったろうし、その後のパルネの暴走にも対処出来なかっただろう。

 パルネはパルネで、その場で気を失ったんだ。

 一時的には魔物もおらず問題ないかも知れないが、その後はどうなっていたか知れたもんじゃあない。

 つまり、2人の認識なんてこんなもんなんだ。

 これじゃあ、次の場所へと送り出す事なんて出来やしない。

 ……それに。


「おいおい、メニーナ。俺がお前に伝えたのは、あの塔の魔物を倒す事だったか?」


 そもそもの目的が違う事に、彼女達はまだ気づいていない。

 俺がこの2人に命じたのは、最上階でデスパピヨンを倒す事でも、最上階部分を吹っ飛ばす事でも無かった筈だ。

 ……しかし、とんでもない事をしてくれたな、この2人は。


「あ……と……。ゆうしゃさまは『とうたつのあかし』を持って帰ってこいって……」


 完全に失念していただろうメニーナは言い難そうに答え、それを聞いたパルネもバツが悪そうに俯いてしまった。

 それまでの気の抜けた雰囲気なんて、今の彼女達からは感じられない。


「……そう。そして、お前たちはそれを手に入れることが出来たのか?」


 まるでネチネチと追い込む様な言い方だけど、子供相手には順を追って理解させてやる必要がある。

 こう言うやり方は、実は前のパーティの「僧侶マリア」が子供を叱る姿を見て覚えたんだ。

 マリアは修道院出だけあって、子供の扱いに長けていた。

 そして怒る時は静かに、ゆっくりと、言い聞かせるように話さなければならないらしい。

 怒鳴っちまえば子供は委縮して言う事を聞くわけだが、それじゃあダメみたいだからな。

 面倒でも俺は、メニーナたちに考え、反省してもらう為に、静かに言い聞かせる様な口調を心がけて話し続けたんだ。

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